表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/160

目に見えないからこそ 2

 

「きみは、なにを……」

 

 彼は、組んでいた腕をほどき、サマンサに視線を向けた。

 瞬間、ぱたぱたっと、サマンサの瞳から涙がこぼれ落ちる。

 とたん、彼は動揺した。

 

 あえて冷たくしたが、彼女が傷つくとは思っていなかったのだ。

 サマンサには、レジーがいる。

 彼女が選んだのはレジーであり、彼ではない。

 だから、彼の言葉に傷つくはずがなかった。

 少なくとも、彼は、そう考えていたのだ。

 

(……どういうことだ……ああ……まずい……なぜ、こうなった……っ……)

 

 サマンサを傷つけるなど、彼の本意ではない。

 彼女がここに来たのは、うっかり彼がジョバンニに漏らした言葉が原因だろう。

 ジョバンニから「気持ちを伝える」よう言われ、つい本音を漏らしている。

 彼が、サマンサの愛を望まない最も大きな理由だった。


 愛する人から愛されたい。

 

 あたり前のことだ。

 そんな、あたり前のことを、彼は望めずにいる。

 彼にしても、サマンサの求める「愛し愛される関係」を築けるものなら、と考えなかったわけではないのだ。

 その気持ちが、話すつもりのなかったことを、ジョバンニに打ち明けさせてしまった。

 

 ジョバンニから、その話をサマンサは聞いている。

 そして、婚約者としての義務感から来たに違いない。

 サマンサは、真面目で実直な「ティンザー」だから。

 

 そう思い、一刻も早く、義務から解放しようとした。

 サマンサが彼のことで思い煩うことのないよう、突き放したのだ。

 ただ、彼女は聡明なので、彼が見守り続けるつもりだと、気づかれる可能性もあった。

 そのため、ジョバンニの示唆した「もう守られたくない」と言われるのを()けたくて、早く幕引きをしたかったというのもある。

 

「……あんまりだわ……こんなのって……」

 

 ぽろぽろと涙をこぼすサマンサに、彼は狼狽(うろた)えた。

 イスを蹴飛ばす勢いで、駆け寄る。

 

「きみを傷つける気は……」

「あなたは、なにもわかっていない……話も聞いてくれない……」

「ああ、いや……それは……きみが傷つくとは……」

「……なんてことを言うの……ひどいじゃない……私、とても傷ついたわ……」

「…………頼むから、泣かないでくれ。きみの泣き顔は見たくない……」

「違うでしょう? 私が泣いているのじゃなくて、あなたが泣かせているのよ?」

 

 ぐっと、言葉に詰まった。

 頭の隅で、こういう時、フレデリックならどうするだろうと考えてしまう。

 女性の扱いには、フレデリックのほうが手慣れているのだ。

 彼は、サマンサを怒らせる才能しか持ち合わせていない。

 

 そうっと、サマンサの両頬を、両手でつつむ。

 涙のあふれる薄緑色の瞳を見つめた。

 

「サム、サミー……どうすればいい? きみが泣きやむのなら、道化の真似だってする。脛を蹴飛ばされたってかまいやしないよ?」

 

 情けない。

 

 我ながら、そう思う。

 とはいえ、ちっとも気の利いた台詞が出て来ないのだ。

 サマンサを泣かせたティモシーに腹を立てていたが、よもや、自分が彼女を泣かせることになるとは、思いもしなかった。

 

「だったら……教えてちょうだい。私の知りたいことを……」

「きみが知りたがるような……」

「………………」

「ああ……わかった。わかったよ、サミー……私の負けだ」

 

 サマンサの涙には、到底、勝てない。

 というより、サマンサには勝てた試しがなかった。

 体型を変えたいと言われた時もそうだ。

 結局は、彼が折れている。

 

「だが、ここでは落ち着かない。いつもの場所にしよう」

 

 彼は、ふわっと、サマンサを抱き上げた。

 点門(てんもん)を開き、別邸のサマンサの私室に入る。

 サマンサは、彼の行動に対し、黙っていた。

 そのため、彼は、サマンサを降ろし難くなる。

 彼女をソファに座らせ、向かい側に座っても良かったのだけれども。

 

 サマンサは嫌がるだろうか。

 

 気にしつつ、彼女を膝に、ソファへと腰かけた。

 だが、サマンサは、じっとしている。

 怒ったり、嫌がったりする様子はなかった。

 それだけで、彼の胸に暖かいものが満ちる。

 

(完敗としか言いようがない。本当に、重篤に過ぎるな)

 

 これでは、サマンサに、打ち明けないわけにはいかない。

 適当な話で誤魔化すことはできなかった。

 サマンサの金色の髪を、そっと撫でる。

 まだ潤んでいる目元に口づけたかったが、それは我慢した。

 

「順を追って話をしよう」

 

 彼の中でも、整理のついていない事柄でもある。

 簡単なことではないとの自覚があった。

 それでも、サマンサを、これ以上、突き放すなど無理だ。

 彼は、今まで1度もした経験のないことをしようとしていた。

 

 誰かに、心を差し出す。

 

 小さく息を吐いてから、サマンサに微笑みかけた。

 彼女が、どう受け止めるかは、わからない。

 ただ、彼の結果は変わらないと、知っている。

 

「きみも知っている通り、私は、黒髪、黒眼の人ならざる者だ。この世界に、ただ1人と言われている。私の曾祖父は、この人ならざる者の力を使い、たった1人で戦争を終結させた。以来、英雄と呼ばれているわけだが、同時に、恐怖の対象ともされている。力が大き過ぎるからだね」

 

 自然の脅威にも似た力。

 彼は、その力を、自らの意思でもって使う。

 文字通り、自然を操ることもできた。

 魔術師が、外気の温度調整をするのとはわけが違う。

 洪水を引き起こしたり、逆に干ばつにしたり、星を降らせることもできた。

 

「だが、実は、私の叔母も黒髪、黒眼だったのだよ」

「叔母様も、人ならざる者だった、ということ?」

 

 彼は、サマンサに軽くうなずいてみせる。

 叔母が黒髪、黒眼であったことを知る者は多い。

 そして、誤解している者が、ほとんどだった。

 

「叔母が魔力顕現(けんげん)したのは、16歳を越えてからのことでね。曾祖母も黒髪、黒眼だったが、魔力顕現はしていない。そのせいか、ロズウェルドでは、人ならざる者となるのは男だけだと、勘違いされている」

「実際は、女性でも関係ないの?」

「そうだ。叔母の力は、私と同等だった」

 

 彼は、また小さく息をつく。

 心が揺れ始めるのを感じていた。

 

「叔母は他国に嫁いでいる。だから、なおさら、叔母が魔力顕現していることは、知られていないのさ。きみを助けたラスとノアは、私の従兄弟だ」

「ロズウェルドの人ではないと思ってはいたわ。そう……あなたの従兄弟……」

「……叔母は……46で他界した」

「え…………」

 

 ロズウェルドの女性は、男性より20歳は寿命が短い。

 それは知られていることだ。

 だが、40代半ばでの死は、早いと言わざるを得なかった。

 まったくいないわけではないが、稀なことではある。

 

「私は、アドラントにいて、当時……酷く体調を崩していてね。叔母の死に目には会えなかった。3ヶ月ほどの間に、みるみる体力を失くし……あっという間だったそうだ。それを聞いたのは、葬儀の時だったよ」

 

 ようやく体調が回復した際、彼は、テスアからの緊急用の連絡が来ていることに気づいた。

 よほどのことがなければ使われることのない魔術道具だ。

 テスアから彼に連絡を取る方法は、それしかない。

 

「私が26歳になる少し前……8年ほど前の話だ」

「……それは、あなたが体調を崩していたことと、関係があるのね?」

「私も……そう考えざるを得なかった。なにしろ叔母が亡くなるまでの3ヶ月と、ちょうど一致していたのでね。無関係と考えるほうが不自然だ」

「でも、どうして……?」

 

 彼も同じことを考えた。

 だから、サマンサの言いたいことが、わかる。

 

「なぜ、その時だったのか、だろう?」

「そうよ。だって、それまでは、何事もなかったのでしょう? あなたか叔母様のどちらかが、とても大きな力を使ったとか、なにかなければ……」

「叔母も私も、変わりなく暮らしていたよ。平和な世で、大きな力を使う必要などないし、叔母は嫁ぎ先で、魔術は、いっさい使わないようにしていた」

 

 彼自身、その時は、体調不良の原因すら掴めずにいた。

 26年間の人生で、病に(かか)る自分を想像したことがなかったからだ。

 

「誰かに魔術をかけられた形跡はなかったが……呪いでもかけられたとしか思えないほどだったな。魔力は削られていくし、治癒も効かない。体は動かず、意識も常に朦朧としていた。このまま死ぬのだろうと、本気で思っていたよ」

「でも、あなたは死ななかった」

「こうして生きている。亡くなったのは、叔母だけだ」

「……原因を、調べたのでしょう?」

 

 そう、彼は原因を調べている。

 自分の体調不良と叔母の死は、絶対に無関係ではないと感じていた。

 そして、ひとつの結果を得ている。

 彼が「いつ死ぬかわからない」理由でもあった。

 

「自然淘汰さ」

「……どういうこと……?」

 

 彼は、サマンサの瞳を見つめる。

 彼女を、とても愛おしいと思った。

 だからこそ、サマンサには愛されたくないのだ。

 彼が、彼女を愛することは良くても。

 

「もう1人、この世界には、人ならざる者がいる」

 

 彼と、彼の叔母、そして、もう1人。

 

「おそらく、先に生まれた者が、淘汰される。この力は大き過ぎるから、3人目は許されないのじゃないかと思う」

 

 結果、最も先に生まれた叔母が命を失った。

 力の引き合いに、体が耐えられなかったのだろう。

 同じことが起きれば、淘汰されるのは、彼だ。

 

 次に、黒髪、黒眼の子が生まれ、その子が魔力顕現する日。

 

 その3ヶ月後には、彼は命を失う。

 どんな治療も魔術も、役には立たない。

 これは「自然淘汰」なのだ。

 

「それじゃ……あなたの言う……いつ死ぬかわからないというのは……」

「次に、黒髪、黒眼の子が生まれたら、という話さ」

 

 彼は、サマンサの頬を撫でる。

 彼女に愛されたいと願うことは、彼女を嘆かせることを願うに等しい。

 愛する者を失う痛みを、彼は誰よりも深く知っている。

 

「ほらね、言っただろう? 明日や明後日の話ではない、とね」

 

 だが、いつ来るかわからない死の可能性であるのは、間違いなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[一言] セスよりティファの方が先に亡くなったのかな…ディーンもいるであろう時代というのはそういうことになるのか…。 この法則が確かならチェットのばらまき自体が一歩間違えばやばかったのではないだろうか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ