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多くは望まないよう 4

 

 マルフリート・アドラント。

 

 美しく輝く透き通るような白金色の髪と瞳に、細いが肉感的な体つき。

 その場にいる誰もが、マルフリートに注目している。

 とくに、男たちは、マルフリートから目が離せずにいるようだ。

 なにしろ、とても「大胆な」ドレスを身にまとっている。

 

 以前、彼がサマンサに贈ったものより、さらに「大胆」だった。

 とはいえ、このドレスは、彼の贈り物ではない。

 マルフリート自身が用意していたものだ。

 

(やれやれ。久しぶりの外出が楽しくてたまらないのだろうな)

 

 マルフリートは、アドラント王族の皇女であり、今年で20歳となる。

 ただ、アドラント王族は、アドラントでのみ許されている存在に等しい。

 本人らも、ロズウェルドの王族と比較されるのを嫌がっており、併合以来、本国には出向いたことがなかった。

 

 とはいえ、マルフリートは、少し変わっている。

 前々から、何度か、彼に打診をしてきていたのだ。

 お忍びでもかまわないので、本国を訪ねてみたいと言われていた。

 好きにすればいいと、彼は思っていたのだが、好きにはできなかったらしい。

 

 領主の許可が必要だとか、危険だからだとか。

 なにかと理由をつけられて、アドラント王族の宮殿から出してもらえずにいたのだそうだ。

 今回、彼が直々に宮殿を訪れたことで、皇女を外に出さない口実がなくなった。

 もとより、外に出たがっていた皇女が浮かれるのも、わかる。

 

「もう少し、控え目なドレスはなかったのかい?」

「あるにはあったけれど、臆していると思われたくなかったのよねえ」

「誰も、きみを侮ったりしないと思うがね」

「あなたがいるからではない、などと言わせはしないわよ」

 

 マルフリートは楽しげだ。

 周囲にいる貴族たちを見回し、微笑んでいる。

 いかにも「王族」といったふうに、時折、軽く手を振ったりもしていた。

 

「貴族の夜会というのは、もっと華やかなものかと思っていたわ」

「きみたちの贅沢と一緒にされては困る」

「だって、ねえ、それくらいしか、私たちには楽しみがないのだもの」

 

 言いながらも、マルフリートは、少し緊張しているのだろう。

 彼に、ぺっとりとくっついて、無意識にだろうが安全を確保しようとしている。

 あまり、ぴっとりされても困るのだが、皇女を押し返すことはできなかった。

 アドラントの宮殿から出たことがないのだから、しかたがない。

 

「きみの護衛騎士が長く務まらない理由には、感心しない」

「あらあら、あなたって、存外、倫理的なかたなのねえ。でも、誤解しないでいただきたいわ」

「誤解などしてやしないよ。私は正しく理解している」

 

 マルフリートが、彼の耳元に口を寄せてくる。

 そっと囁いてきた。

 あまり外聞の良くない話なので、人に聞かれたくないのだ。

 人から「どう見えるか」はともかく。

 

「彼らが、私に奉仕したがったのであって、私は、彼らに“奉仕”してはいない。それって、どういう意味か、おわかりかしら?」

 

 彼は、あえて、マルフリートの耳に口を寄せた。

 白金色の髪を手で軽くよけ、囁く。

 この際、親密に見えようが、どうでもいい。

 皇女に対し、まったく関心がないため、むしろ、平気でいられる。

 

「きみが口づけさえしたことのない無垢な女性であろうと、興味はない」

 

 言うだけ言って離れようとしたのだが、首元に手をかけられ、引き寄せられた。

 女性相手に、力任せに振りほどくわけにもいかない。

 マルフリートは、彼の肩に頬をつけるようにして、さらに言い募ってくる。

 皇女とて、彼に関心などいだいていないと、知っていた。

 

 皇女付きの護衛騎士は、この程度でも、コロリと参ってしまったようだが、彼にすれば、子供の遊びのようなものだ。

 アドラント王族の中で、マルフリートは、それほど注目されていない。

 そのため、人の気を引くことにも意味があると考えている。

 

 憐れな護衛騎士は弄ばれたあげく、ふた月もしないうちに役を降ろされていた。

 子供が、いっとき玩具を大事にしたり、飽きたら放り散らかしたりするのと同じように。

 

「子を成す行為をさせてはいないのだから、無垢と言っても、差し支えないのではなくて? 我慢をさせている時の、彼らの顔を見ていると、笑えるのよねえ」

「皇女様は、下品な趣味をお持ちのようだ」

「そのくらいしか特権がないということを、ご理解くださいな」

 

 まったく呆れた皇女だ。

 連れ出したことを後悔しそうになる。

 (はた)から見れば、仲睦まじく会話をしているように見えるはずだ。

 だが、実際には、互いに牽制し合っているだけだった。

 

 皇女とは、取り引きをしている。

 

 マルフリートは、彼に条件を提示した。

 彼も、同様に、皇女に条件を課している。

 

 この夜会への出席と、彼のエスコート、そして皇女を最優先とすること。

 許可なく、ほかの女性とダンスをしたり、皇女の側を離れたりしないと約束させられている。

 対して、彼はアドラント王族が備蓄している食料を街に流すことを条件とした。

 

 あと半月もあれば、カウフマンとは決着がつくと、彼は見込んでいる。

 だが、その半月の間に、食糧事情は、ますます悪くなるに違いない。

 あと少しの辛抱ではあるが、確約はできないのだ。

 トリスタンがうまくやったとして、即座にアドラントを改善するのは困難だった。

 以前と同じ生活を取り戻すには、相応に時間がかかる。

 

 想定済みのことではあったし、多少の弊害はやむを得ないと考えていた。

 だが、彼はアドラントの民への負担を軽減すると、アシュリーに約束している。

 しかも、早急に、だ。

 

「ねえ、あのかたたちは、どなた?」

 

 ぴたっとくっついたまま、皇女が、視線だけを、彼とは別のほうに向けている。

 彼の胸が、きゅっと締めつけられた。

 今夜の主役であるケンドール、その隣にはケンドールの義理の姪エスティエラ。

 薄茶色の髪はふわふわしており、瞳には、純粋な好奇心を漂わせている。

 

 さらに、隣には、ライナール・シャートレー。

 やはりというべきか、サマンサを連れていた。

 挨拶をすべきなのは、招待された側ではある。

 だが、4人は揃って、彼らに挨拶をしようとして近づいてきていた。

 

「銀髪がケンドール。シャートレーの当主であり、今夜の主役だ」

「隣の女性は、とても控え目そうなかただわ」

「シャートレーの分家の令嬢で、ケンドールの義理の姪にあたる」

「ご当主は、彼女を大事にしているのねえ。彼女は気後れしているみたい」

 

 皇女が2人に気を取られている間にも、彼の前に、4人が立ち並んでしまう。

 サマンサとレジーについては、説明できなかった。

 とはいえ、彼は、半月ぶりのサマンサに意識が向いている。

 相変わらず、美しく、魅力的に感じられた。

 

「ケンドール・シャートレーにございます。マルフリート皇女殿下」

「まあ、遠いアドラントにいても、名を知っていてくださったの?」

「もちろんにございます。アドラントは特殊な地域とはいえロズウェルドの一部。そこにおられる王族がたを、存じ上げないはずはございません」

 

 皇女が、スッと手を差し出す。

 ケンドールは腰をかがめ、その手の甲に口づけを落とす。

 これは礼儀であるため、ケンドールの本心がどうかは関係ないことなのだ。

 

「あら? もしかすると、このかたなの、ジェレミー?」

「今のところは」

 

 皇女が、レジーからの挨拶を待たず、サマンサに視線を向ける。

 それから、彼に向かって、優雅な微笑みを浮かべてみせた。

 王族らしい、ゆったりとした笑みだ。

 

「私の我儘を叶えるために、ほかのかたに、婚約者のエスコート役を任せることになってしまったのねえ」

 

 サマンサの眉が、ぴくっと引き攣っている。

 皇女の「誤解」に、不愉快になっているに違いない。

 

「そういうわけではないのだよ、皇女殿下」

「いやね、ジェレミー。いつものように、マルフリートと呼んでくれなきゃ」

「……マルフリート、きみの我儘以前、私は夜会が苦手でね。レジーが自ら彼女のエスコート役を買って出てくれたのだと思う」

「あら、そうなの?」

 

 マルフリートは邪気のない笑顔を、サマンサに向けていた。

 本当に悪気があってのことではないのだ。

 初めて出た夜会が、ものめずらしくて、はしゃいでいるに過ぎない。

 会う回数は多くもないが、マルフリートとは親交がある。

 彼はアドラントの領主であり、時には宮殿に出向くこともあった。

 これでも、アドラント王族の中で、マルフリートは「マシ」なほうなのだ。

 

「ねえ、貴女にも、エスコート役のかたがいらっしゃるわよねえ? どうかしら、私にジェレミーとのファーストダンスを譲ってくださる?」

 

 彼は、するっと皇女の腰に腕を回す。

 きょとんとしたように見上げてくる皇女に、微笑んでみせた。

 内心では「大人しくしていろ」と思っている。

 皇女も気づいたようだったが、彼と視線を交え、微笑み返してきた。

 お互いの「条件」はわかっているはずだ、と言っている。

 

「聞くまでもないさ、マルフリート。私のファーストダンスは、きみのものだ」

「ねえ、私が、どうして聞いたと思うの? 自分のものだとわかっているのに」

 

 皇女には、本当に悪気はない。

 嫌がらせをするつもりではなく、ただ楽しんでいるだけだと、わかっている。

 宮殿に閉じこめられて暮らしていたこともあり、今後、いつ「外出」できるかもわからないのだ。

 注目を浴びておきたいとの欲求に抗えずにいる。

 

 ふっと、彼は息を吐いた。

 気は進まないが、条件である「皇女を最優先とすること」を実践する。

 膝を折り、(ひざまず)いて手を伸ばした。

 彼の、そんな姿に周囲がざわめく。

 

 彼にとっては、なにほどのこともない。

 跪くのを屈辱だと捉えてはいないのだ。

 皇女が、新しい玩具を見せびらかしたいだけだとも、わかっている。

 大人が子供の「ままごと」につきあっているとの感覚しかない。

 

「どうか、私と踊っていただけませんか、マルフリート」

「よろしくてよ、ジェレミー」

 

 皇女の手が、彼の手に乗せられた。

 彼は、すっと立ち上がり、その細い腰を抱く。

 同情はしていないが、マルフリートが窮屈で退屈な生活にうんざりしているのは、以前から察していた。

 

「こうして、貴方が私を選ぶ日が来ると、わかっていたわ」

「ずいぶん待たせたようだが、これが、いい機会になるのではないかな」

「あなたこそ、忍耐強いのねえ。かなり我慢をしていたことも知っているのよ?」

 

 彼は、肩をすくめてから、レジーたちのほうに視線を向ける。

 あえて、サマンサとは目を合わせずにいた。

 感情が乱れ、抑制が効かなくなるに決まっている。

 

「挨拶はこれくらいでいいかな? 私の皇女が踊りたがっているのでね」


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