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過程と結果4

 3日が経った。

 サマンサは、決意を翻しているだろうか。

 家族と話して、気が変わっている可能性もある。

 

 便宜上とはいえ、婚約者と「特別な客人」とでは、大きく意味が異なるのだ。

 それについては、サマンサもこだわっていた。

 おまけに、家族に少なくない心配をさせることになる。

 両親や兄に説得され、なかったことにしたくなっていても不思議ではない。

 

 ただ、彼にとっては、どちらでもよかった。

 サマンサがいたほうが都合がいい、というだけのことだ。

 彼女の存在には、事態を動かす力がある。

 

「偶然というのは、恐ろしいものだ」

 

 つぶやいてから、点門(てんもん)を開く。

 点門は、特定の場所に作っておいた点と点を繋ぎ、移動を可能にする魔術だ。

 3日前、サマンサを王都の屋敷に易々と帰した時にも、これを使った。

 

「やあ、ごきげんよう」

 

 彼は点門を抜け、サマンサの部屋に入る。

 そこには、サマンサと、サマンサの兄レヴィンスがいた。

 きっと兄は妹の心配をして、ここにいるのだろう。

 彼は、2人へと穏やかに微笑みかける。

 

 反応は、見事なまでに違っていた。

 レヴィンスは顔を蒼褪めさせ、いかにも貴族らしく怯えている。

 だが、妹のために必死で踏み止まっているらしい。

 顔に(へつら)うような笑みはなかった。

 

 対して、サマンサは、彼の存在が、とても腹立たしいようだ。

 うっかり笑ってしまいそうになるほど、瞳が怒りに燃えている。

 家族に不本意な話をしなければならなかったのが、気に食わないのだ。

 とはいえ、決断は彼女自身がしたため、己にも腹を立てているのだろう。

 

「きみは、レヴィンスだね。ドワイトとリンディは、いないのかな?」

「両親は体調が芳しくなく、代わりに私がご挨拶をすることになりました。お目にかかれて光栄にございます、ローエルハイド公爵様」

「いやぁ、とても21歳の若者とは思えないよ、レヴィ。聞いていたより、ずっと立派じゃないか」

 

 彼は、明るい口調で言った。

 唐突に愛称で呼ばれたレヴィンスは、戸惑ったような表情を浮かべる。

 冷や汗をかいて逃げ出さないのが、いかにもティンザーらしい。

 ドワイトも怯えは見せるものの、逃げ出したり諂ったりしたことはなかった。

 

 なぜなら、彼らには後ろ暗いところがないからだ。

 

 ティンザーは「人ならざる者」の逆鱗とは無縁でいられる。

 実直さと誠実さの恩恵と言えた。

 格上にはなれないが、一瞬で吹き飛ばされることもない。

 

「きみは、妹の心配をしているのだろう? 実に当然のことだよ」

「畏れながら……妹は、ごく最近まで別の男性と親しくしていたものですから」

「ああ、知っているとも。あのティムだかティミーだかいう奴だね?」

「ティモシー・ラウズワースですわ」

「知っているよ、サム」

 

 口を挟んできたサマンサに、わざと、にっこりと微笑みかける。

 ものすごく嫌そうな顔をされたが、気にしない。

 兄がいたのはともかく、彼女は部屋にいた。

 つまり、交渉を決裂させる気はないのだ。

 

「ただねえ、レヴィ。きみ、本当に彼がサムを幸せにできると思うかい? だってティンザーとラウズワースでは考えかたが、まるきり違うじゃあないか。しかも、ラウズワースは、本家の正妻が権力を持っている。サムが、頭を押さえつけられる暮らしに耐えていかなくちゃならないなんて……私には、到底、我慢ならないよ」

 

 レヴィンスが、ハッとしたような顔をする。

 サマンサの言った通り、若くて経験が不足しているため、言われて初めて気づくことも、まだ多いのだ。

 

(確かに、これではラウズワースにいいようにされる。良い兄であることも、利用されそうだな)

 

 レヴィンスは馬鹿ではない。

 だが、聡明さで言えば、サマンサのほうが、かなり上だった。

 彼女が男性であったなら、兄弟でティンザーを支えていけただろう。

 しかし、残念にことに、サマンサは女性だ。

 貴族社会が男性優位で成り立っている以上、今の彼女にできることは少ない。

 ラウズワースのように裏から男性を操る器用さが、サマンサにはないので。

 

「確かに、外聞は悪いかもしれないがね。私は、サムに惨めな思いはさせない」

「公爵様には、ご婚約者がおられると聞きました」

「ひと足違いで、そのようなことになったのさ。アシュリリス・セシエヴィルとの名に覚えはあるかい? 彼女は、14歳の少女だよ」

「そっ……そうでしたか……なるほど……」

 

 レヴィンスは、こう思っている。

 14歳の少女では、恋の相手にはならない。

 もっとも、彼自身、恋はしていないので、あながち間違いとも言えないのだ。

 レヴィンスの想像を後押しするため、彼は軽く肩をすくめてみせる。

 

「わかってくれたかな? 私は、とても……そう、とてもサムを気に入っている」

「そういうご事情なら……理解もできます。あの……」

「考慮するとも、レヴィ」

 

 先んじて、うなずいた。

 兄が安堵の表情になるのとは逆に、サマンサは頭から火を噴きかけている。

 彼は口元を緩め、彼女へと、わずかに首をかしげてみせた。

 なにをそれほど怒っているのかわからない、とばかりに。

 

「妹を、よろしくお願いいたします、公爵様」

「もちろんだよ。ああ、それと、ラウズワースのご子息には、しばらくこのことは黙っておいてくれないか? アドラントに押しかけられても迷惑だし、なにより、筋違いな非難で、サムを傷つけられたくはないのでね」

「かしこまりました。私たちからは、なにも伝えないようにいたします」

「お兄様、彼には、私が手紙を書いておくわ」

 

 すかさず、サマンサが割って入った。

 きっと家族に嘘をつかせたくなかったからだ。

 黙っている、というのと、積極的に嘘をつくというのとでは、心にかかる負担が違ってくる。

 それを心配して先回りしたのだと、わかっていた。

 

 彼は、兄のレヴィンスと話しているのであって、そのほかの者が口を挟むのは、本来、失礼なことだ。

 実際、レヴィンスは、サマンサが口を挟むたび、視線で注意を促していた。

 だが、彼は気に()めず、それを許している。

 

「レヴィ、私はね、彼女の言いたいことを言う姿を愛らしいと思っているのだよ。だから、叱らないであげてほしいな」

「公爵様が、そう仰るのなら。妹は社交に関して少し疎いところがございますが、寛容に受け止めていただけているようで、安心いたしました」

「外聞や体裁などといったものより、大切なものはあるさ」

 

 レヴィンスは、彼の、そのひと言で、すっかり「こちら側」に転んだらしい。

 とても「きらきら」した瞳を、彼に向けていた。

 内心で、苦笑する。

 

(本当に、ティンザーだな。人が好過(よす)ぎる。だが、念押しはしておくとしよう)

 

 彼は、サマンサの隣に立ち、その腰を抱き寄せた。

 サマンサは、体をこわばらせつつも、彼の腕を振りほどこうとはしない。

 できないとわかっていて、やっているのだが、それはともかく。

 

「サム、サミー、きみと3日も離れていて、私は非常に味気ない時を過ごしたよ。まったく、なぜ彼は、きみとの婚姻を何年も先送りにできたのだろうね」

 

 とたん、レヴィンスの瞳に腹立ちがよぎるのを見つけた。

 サマンサは、元々、怒っている。

 レヴィンスはティモシーに、サマンサは彼にという違いはあるけれども。

 

 彼の言葉はサマンサの怒りをさらに煽ったらしく、腰から小刻みな震えが伝わってきた。

 だが、それも彼は無視する。

 サマンサの立場を、家族には擁護してもらう必要があった。

 いつどちらに転ぶともしれないのでは、心もとない。

 

(アドラントに着くなり、()(ぱた)かれないように注意が必要だ)

 

 サマンサはともかく、妹思いのレヴィンスの心は、確実に射止めたはずだ。

 レヴィンスが、ティモシー・ラウズワースに同情したり、味方したりすることはないと判断できる。

 ならば、両親もレヴィンスに(なら)うのは、間違いない。

 

「私はティンザーの家風が好きでね。嫌われたら落ち込むよ。ドワイトとリンディにも、そう伝えてくれるかい?」

「はい、公爵様。今後とも、おつきあいいただけると光栄にございます」

「堅苦しくしなくてもいいさ。きみたちは、私のサミーの家族なのだからね」

 

 レヴィンスが、深々と頭を下げる。

 それを見計らったように、サマンサが、彼の脛を蹴飛ばした。

 言葉遣いや儀礼的なことに関して、いっぱしの貴族令嬢であるにもかかわらず、彼女は、とんだじゃじゃ馬だ。

 

「それでは、今日は、これで失礼する。また正式に挨拶に来るよ、レヴィ」

 

 言って、門を抜ける。

 とたん、手を振りはらわれた。

 無理に引き()めはせず、サマンサの体から離れる。

 瞬間、手が飛んできた。

 

「おっと」

 

 するっと、体を後ろにのけぞらせてかわす。

 彼は、サマンサの怒り狂った緑の瞳を、美しいと感じた。

 そして、笑う。

 

「きみは、本当に、よく怒るなあ」


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― 新着の感想 ―
[一言] 基本的に強すぎるからローエルハイドさんちはまず、自分に怯えず怯まず折れず媚びず、目を合わせて自分の意志を正しく伝えることが出来る人自体がごくごく少数なのだなぁ…と改めて実感しております。 選…
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