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さよならをする前に 4

 空には、厚い雲が広がっている。

 冬の時期には、めずらしくもない風景だ。

 木々には雪も積もっていて、枝を凍りつかせていた。

 少し離れたところにある川は、水の流れが速いのか、氷も雪も見えない。

 

 ジェシーは、雲の下、ぎりぎりのところを飛んでいる。

 かなりの高さを保っていた。

 魔力感知にかからないためだ。

 動物の姿になる能力は魔力と関係はなくても、魔力を持っているため、感知には引っ掛かる。

 完全に魔力を隠すことはできない。

 

(こーしゃくサマは、できるみたいだったなー。どうやってんだろ)

 

 祖父の屋敷に、公爵が来た時だ。

 ジェシーは、赤髪の執事を感知したことで、来訪者を知った。

 だが、公爵の存在には気づいていない。

 魔力感知に掛からなかったからだ。

 

 ジェシーもそうだが、魔力は「個」に依存しているため、どうしても体にまとうことになる。

 抑制はできても、完全に消すことはできないとされていた。

 常にまとわりついているという意味で言えば、体臭と似ている。

 香水をふりかけようが、体をどれほど清めようが、かすかな匂いは残るのだ。

 優秀な犬を使えば、個人を特定したり、追いかけたりできる。

 

 悟られないためには、距離を取るしかない。

 この高度であれば、感知される恐れはなかった。

 逆に、ジェシーは、魔術を使える。

 魔術を使うと術者の周りの魔力に「揺れ」は生じるが、魔力さえ感知されていなければ問題はない。

 

(ふぅん……マジで、こーしゃくサマは、フラれちまったのか)

 

 ティンザーの娘は、別の男と暮らしているようだ。

 男は魔術師と言えなくもない程度の魔力を持っている。

 とはいえ、攻撃に特化したもののようなので、治癒は使えないだろう。

 ティンザーの娘が大怪我を負っても癒す力はない。

 

(でも、油断しねーぞ。いつ、こーしゃくサマが来るか、わかんねーからな)

 

 自分を振った女を、公爵が気にするかどうか、ジェシーには、わからなかった。

 ただ、祖父が「来る」と言えば、必ず「来る」のだ。

 そこは疑っていない。

 愛がなんなのかなんて知る必要はない、とも思っている。

 

 ジェシーにとっては「わけがわからないもの」のひとつに過ぎなかった。

 偶然と同じで、恐ろしいものなのかもしれない。

 だが、気にしてもしかたがないものでもある。

 注意と警戒を怠らなければいいだけのことだ。

 

(魔術は、かかってなさそうだケド……こーしゃくサマの魔力は、感知できねーんだもん。わかったもんじゃねーな)

 

 ティンザーの娘を追っていたジェシーの視線が止まる。

 大人の男のほかに、子供がいると気づいた。

 ティンザーの娘が抱き締めている。

 その子供を、ジェシーは、じっと見つめた。

 

(オレと、おんなじ髪の色? 目までは、わかんねーや。でも、おんなじって気がするぜ……てことは、オレの複製? 親戚? あの男の子供?)

 

 しばし考えるが、すぐに興味をなくす。

 その子供に魔力が感じられなかったからだ。

 脅威になりそうにもないと判断している。

 

(邪魔なら殺せばいいし、捕まえて人質にするって手もあるか? いや、ラペルの息子の時みたいに、しくじったら意味ねーよな。殺しとくのがよさそーだ)

 

 ジェシーは、血縁というものに重きを置いていない。

 物心ついた時、(そば)にいたのは祖父だけだ。

 身の周りの世話も、祖父がしていた。

 貴族でいうところの、メイドや乳母などいない暮らしをしている。

 

 食事や、お茶を淹れるのは使用人だが、幼い頃のジェシーに食べたり飲ませたりしていたのも祖父なのだ。

 十歳くらいからだろうか。

 ナイフやフォークなどの使いかたを教わった。

 

 以来、自分で食事をするようになっている。

 8歳で魔力顕現(けんげん)したあと、祖父の配下の魔術師から、魔力抑制などの魔術の使いかたは習った。

 だが、ジェシーの力は並外れており、上級魔術師をあっさりと追い越している。

 

 ジェシーにとっては「こんなものか」程度の感想しかなかった。

 教わる相手がいなくなってしまったので、独自で学んできている。

 基礎がわかっていれば、たいしたことはなかった。

 単に、下位の魔術を上位のものに押し上げたり、複数の魔術を同時発動させたりすればいいだけなのだ。

 

 ジェシーに苦手があるとすれば、伝達系と言える。

 未だに、下位の「早言葉(はやことば)」しか使えずにいた。

 いくらやってもうまくいかない。

 上位の「即言葉(そくことば)」を、ジェシーは習得できていないのだ。

 

 さりとて、気にするほどのこともなかった。

 多少、声に遅れが出ても会話ができないわけではないので、支障はない。

 できないものは、できないのだから、時間をかけても無駄になる。

 

(そっちは、どーよ?)

 

 祖父がつけてくれた「使い捨て」の魔術師の1人に早言葉で連絡をした。

 彼らも、魔力感知にかからない程度に距離を保ちながら、小屋を囲んでいる。

 上空にいるジェシーからは、丸見えだが、それはともかく。

 

(こちらの準備は整っております。3人の動きは……)

(よけーなコトは聞くな。面倒くせえ。動く時は言うからサ)

(申し訳ございません、ジェシー様)

(まー、退屈だよなー、わかるわかる。でも、お前らが、魔力感知なんてしたら、気づかれちまうじゃん? 逃げられちゃって、森ごと、ふっ飛ばさなきゃなんなくなれば、お前らも死んじゃうんだぞ。オレ、これでも気ィ遣ってんの)

(感謝いたします)

(あとちょっと様子見なー)

 

 言って、早言葉を切る。

 早言葉は、即言葉とは違い、遅れて言葉がとどくのだ。

 長い会話には向いていない。

 相手の言葉がとどくのを待つのも面倒だし。

 

(魔術師十人と、騎士崩れが70人。じぃちゃん、奮発しちゃってんなー)

 

 森ごと全員をふっ飛ばしても、祖父は怒らない。

 わかってはいるが、一応、彼らは「資産」でもある。

 できれば「使い捨て」ではなく「使い回し」がしたかった。

 

(欲をかくと(ろく)なことにはならないって、じぃちゃん、言ってたっけ)

 

 今回の役目は、ティンザーの娘を仕留めることだ。

 それ以上の「手柄」は、オマケのようなものだと考えている。

 自分の身の危険と天秤にかける気もなかった。

 

 ティンザーの娘を殺してなお、余裕があれば、男と子供も殺しておく。

 ティンザーの娘が逃げれば、味方80人ごとふっ飛ばす。

 

 そもそも、彼らはジェシーのための目くらましに過ぎない。

 使い捨て前提なのだ。

 一緒にいる男は、魔術騎士だと聞いている。

 それなりの使い手に違いない。

 

(オレなら瞬殺! けど、その間にティンザーの娘に逃げられちゃ意味ないもん)

 

 だから、男のほうは、彼らが相手をする。

 ジェシーが、ティンザーの娘に集中できるように、だ。

 

 ひゅるんと弧を描いて、雲の下を飛び回る。

 今日は、烏ではない。

 濁った雲とはいえ、真っ黒だと目立つ。

 速度も重視し、ハヤブサにした。

 

 ジェシーは補助魔法をかけているため、より素早く動ける。

 1キロ上から滑空しても、6,7秒で、相手を仕留められるのだ。

 もちろん、狙う時は、もう少し近づくつもりでいる。

 避ける暇を与えず、ティンザーの娘の頭をぶち抜く、と決めていた。

 

(でも、こーしゃくサマ、なかなか来ねーな)

 

 うーむ、とジェシーは、また少し考える。

 ティンザーの娘を殺すのは、公爵を消す前段階だった。

 計画上は、彼女の死に動揺しているところを、狙うことになっている。

 だが、このまま待ち続けても、公爵は現れない予感がした。

 

(向こうも、ティンザーの娘を囮にしてんのか。オレの登場待ち?)

 

 ここに、祖父は来ていない。

 それを、知ってか知らずかはともかく、自分を待っているということは、脅威と見做(みな)しているからではなかろうか。

 ジェシーは、ふぁさっと羽を大きく広げた。

 

 姿がハヤブサなので、ニカっとは笑えない。

 代わりに、仕草に出たのだ。

 ジェシーに感情はないが、感覚はある。

 

 嬉しいとか楽しいとか、つまらないだとか退屈だとか。

 

 それらは、ジェシーの中で感覚として捉えられていた。

 そのため、切り替えが早い。

 手に油がつけばヌルヌルすると感じるが、拭けばヌルヌルはなくなる。

 そのヌルヌルする感覚を「不快」と捉えるのが、感情なのだ。

 

 ジェシーは、感覚で物事を捉え、感情には置き換えない。

 苦痛を「つらい」にすることも、拒絶を「悲しい」にすることも、脅威を「怖い」とすることもなかった。

 当然に、喪失を「寂しい」に置き換えることもできない。

 

 そう育てられたからではなく、それがジェシーの在りようだった。

 

 だからこそ、自分にも人にも無頓着でいられる。

 ただ、祖父から「生きる」ことを望まれているので、生き続ける必要があるのだと思っていた。

 

 祖父を「喪失」したら、自分が「カウフマン」となる。

 そして、世界にカウフマンの「種」をばら撒く。

 

 ジェシーの存在理由は、それだけだ。

 本人にも自覚があった。

 

(退屈してるより、面白いことがあったほうがいいんだよなー。やるコトねーってのは、1日が長い。まだ、これから何十年も続いてくってのにサ)

 

 ジェシーは、早く公爵とやりあいたいと思っている。

 首尾よく、公爵を始末できれば、楽しいことも待っているだろう。

 

(こーしゃくサマをやっつけたあとも、じぃちゃんが生きてたら、もっと人を増やして、あいつを探してもらおうっと)

 

 ラペルの息子。

 

 ジェシーは、どうしてもフレデリックを手に入れたい。

 たくさん嘘をつかせて、遊ぼうと考えている。

 魔力でも特殊な能力でもなく、ただの「言葉」で、フレデリックは、自分を打ち負かした。

 それが、ジェシーには、とても「不思議」だったのだ。

 

(さぁて、と。そんじゃ、行くかー。あんまり待たせるのも悪いじゃん)


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