表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/160

さよならをする前に 1

 

「へえ。お前もやるねえ」

 

 びくっとして、レジーから体を離す。

 レジーは驚きというより、警戒心から、反射的に立ち上がったようだ。

 サマンサを庇うようにして立っている。

 

「なんだ、兄上か」

「その言い草はいただけないな。私は、お前のように転移が使えないのに」

「だからって、点門(てんもん)で、いきなり現れるな」

 

 どうやら「危険な相手」ではないらしい。

 会話から、レジーの兄であることはわかった。

 サマンサは慌てて立ち上がる。

 

 レジーには命を救われ、生活の面倒も見てもらっていた。

 恩のある相手の兄なのだ。

 あの不躾な「公爵」と同じ対応はできない。

 頭を下げ、最近、知ったばかりの名を口にする。

 

「サマンサ・ティンザーにございます。シャートレー公爵様」

「サマンサ・ティンザー……きみ……」

「おい、兄上、よけいなことは言うなよ?」

 

 サマンサは、すかさず割って入ったレジーに苦笑いをもらした。

 

「いいのよ、レジー。私が……令嬢らしくない外見だったのは、あなたから聞いていたもの。指摘されても傷つきはしないわ」

 

 今度は、レジーの兄のほうが、苦笑する。

 

「率直なかたのようだ。私は、こいつの兄、ケンドール・シャートレー。ケニーと呼んでほしい。弟だけ愛称というのも、癪に障る」

「はい……ケニー様」

「ったく、兄上は優秀なんだから、俺と張り合うことねぇのに」

「お前は、私に雑事を押しつけたかっただけだろ。当主などという肩書が窮屈で、逃げ出したくせに、今さら持ち上げても無駄だぞ」

 

 2人は、髪と目の色こそ違うが、そっくりだ。

 レジーは金髪に灰色の瞳、ケニーは銀髪に茶色の瞳をしている。

 それを、薬かなにかで同じにすれば、見分けはつかないだろう。

 兄、弟と呼び合ってはいるが、双子に間違いない。

 

「サム、兄上の言うことは真に受けるなよ。俺は当主なんて器じゃないんでね」

 

 ケニーが、サマンサに視線を戻した。

 確かに、レジーよりは「当主向き」な風貌に感じられる。

 レジーは民服がよく似合う、おおらかな雰囲気があった。

 対して、ケニーは貴族服が似合う、堅苦しさをまとっている。

 

 どちらが「当主」に向いているかと言えば、やはりケニーだろう。

 レジーには、相手の裏をかくような、駆け引きなどできそうにもないので。

 

「私も、きみをサムと呼んでもいいだろうか?」

「ええ、もちろん。かまいませんわ」

「サム、嫌なら嫌だと言っていいんだぜ?」

「別に嫌ではないわ。愛称で呼ばれ慣れて……いるから……」

 

 レジーには、最初から、愛称で呼ばれている。

 それしか思い出せなかった結果ではあるが、ここではずっと「サム」なのだ。

 リスだって、サマンサを「サム」と呼ぶ。

 なので、呼ばれ慣れているのは確かだった。

 

 なにも特別なことはないはずなのに、胸の奥が、ちくちくする。

 頭の隅にも、わずかな痛みがあった。

 それを抑え、2人に微笑んでみせる。

 ともあれ、ケニーは、なにか用事があって来たのには違いないのだ。

 

「ケニー様がいらしたのは、私のことでしょうか? それともリスでしょうか?」

「その両方だね」

 

 言いながら、ケニーが周囲を見回している。

 それから、すたすたとソファに歩み寄り、真ん中に座った。

 この部屋には、座れる場所が、そこしかないのだ。

 

「きみたちも座ったら? 私だけ腰かけているのも気が引けるものだ」

「……兄上、そのソファが小さいってのは、わかってるよな?」

「詰めて座れば問題ないさ。どうしても座れないというなら、私も立つしか……」

 

 腰を上げかけたケニーに、サマンサは慌てる。

 公爵家の当主を立たせっ放しで、話をするわけにはいかない。

 記憶はなくても、貴族の()(よう)としての知識は残っていた。

 そそくさと、ケニーの隣に腰かける。

 そして、目でレジーに訴えかけた。

 

「しょうがねぇなぁ……これだから貴族ってのは……」

 

 ぶつくさ言い、髪をかきまぜながら、サマンサとは反対側のケニーの隣に座る。

 大人3人が、ぎゅうぎゅう詰めで、ソファに腰かけている状態だ。

 これが「礼儀」にかなっているのかはともかく。

 

「まず、サムの警護について話しておく」

 

 レジーが、兄に助力を乞うたのだろう。

 どういう危険か、具体的には不明だからだ。

 相手が数人であれば、レジー1人でも対処できるのかもしれない。

 だが、大人数で来られると、さすがに1人では手に余る。

 

「いつ襲撃されるかがわからないらしいからね。常駐させるより、襲撃時に騎士を移動させるほうがいい、という結論になった」

「王宮魔術師を使わせてもらえるのか?」

「王宮魔術師というより、国王付だ。現国王は、父上に……まぁ、借りがある」

「敵が来たら、俺が兄上に連絡して、魔術師たちが点門を開く。そこから、ウチの騎士を乗り込ませるってことか」

 

 ケニーが、窮屈そうにしつつも、うなずいた。

 サマンサはともかく、2人は体つきも似ていて、がっちりしている。

 ケニーは貴族服なので、よけいに窮屈そうに見えた。

 

 ふと、膝に座れば空間に余裕ができる、との考えがよぎる。

 けれど、レジーの膝に座ったことなんてないし、座ろうと思ったこともない。

 なぜ、そんな考えが思い浮かんだのか、サマンサは戸惑った。

 以前に、誰かの膝に座ったことでもあるみたいで。

 

「もっとも、国王付の魔術師を動かせるのは、そこまでだ。あとは、ウチの精鋭を50人ばかり。相手が上級魔術師程度なら、なんとかなると思うが、どうだ?」

 

 自分の中の戸惑いを打ち消し、ケニーの話に集中する。

 サマンサのための「警護」なのだ。

 本来、彼らに、彼女を守る義理はない。

 サマンサが、ここに残ると言ったせいで、巻き込んでしまった。

 なのに、当の本人が上の空では、申し訳なさ過ぎる。

 

「いいんじゃねぇかな。相手の人数はわからねぇけど、あんまり多過ぎても指揮が面倒になる。まぁ、万が一の時のために、あと百人くらい待機させといてくれ」

「わかった。実は、参戦したがっている者が多くて、困っていたところだ。待機組としてでも参加できれば、奴らも多少は満足するさ」

「平和だと騎士の出番はねぇからな。緊張感がほしいんだろ」

「ウチは、代々、騎士の家門だし、しかたがない」

 

 2人は、サマンサが驚くほど落ち着いていた。

 なにが起きるのかわからないのに、恐れている様子は微塵もない。

 

「てわけで、サムの安全は確保するから、安心してくれ」

「2人とも、ありがとう……私のせいで、面倒に巻き込んでしまったのに……」

「サムは、こいつが、責任を持つべきだ。こいつの責任なら、私の責任でもある。気にすることはない」

「悪ィな、サム。シャートレーは、こういう暑苦しい家系なんだよ」

 

 レジーの言葉に、サマンサは笑った。

 暑苦しいとは思わないが、レジーが1人旅に出かけたくなる気持ちもわかる。

 騎士として血気盛んな者も多いのだろう。

 レジーの言うように、平和な世では「本気の警護」など、ほとんどなさそうだ。

 

「警護は、それでいいとして、リスのことは?」

 

 レジーが話を切り替える。

 一気に、サマンサの緊張感が高まった。

 自分のことより、リスのほうが気がかりだったのだ。

 サマンサにある危険については、あの公爵の言葉に、奇妙に安心していた。

 

 『最悪、きみが殺されてしまえば、事態はおさまるさ』

 

 恐ろしいことを言われているのに、不思議と、そうは思えずにいる。

 どこか軽口めいた口調が、サマンサから不安を取り除いていた。

 言葉とは逆に、根拠もないのに「大丈夫」だと感じられる。

 

「リスは、お前の言っていたキースリー侯爵家の分家での受け入れが決まった」

「ウィリュアートンは?」

「十歳になったら、ひと月に1度は顔出しさせろと言っている。ウィリュアートンに慣れる必要もあるということだ」

 

 勝手な話だ、とは思った。

 十歳になるまでは放置しておくと言っているのも同然だからだ。

 だとしても、向こう6年間、リスには安定した生活環境が与えられる。

 あちこちを点々とさせられている今の状況よりはいい。

 

「あの……レジー……私が口出しをすることではないのだけれど……」

 

 サマンサには記憶がないので、キースリーが、どういう家門かわからない。

 レジーの判断に異を唱えるつもりはなく、単に、リスに与えられる新しい環境の情報を得たかったのだ。

 

「キースリーはシャートレーの下位貴族なんだ。なにかあれば、俺が対処できる」

「それに、あずけ先には、12歳になる娘がいてね。これがもう……」

 

 ケニーが言いかけて、笑った。

 笑うと、やはりレジーに似ている。

 堅苦しさが抜け、明るい雰囲気が漂っていた。

 

「折り目正しいというか、正し過ぎるというか。ウチの甥っこと、しょっちゅう、喧嘩ばかりしている」

「ま、たいていはエヴァンが負けてるけどな」

「彼女は12歳で王宮魔術師になったほど優秀だ。リスを守ってくれる」

「ホウキの柄で、尻を()(ぱた)かれることにならなけりゃいいが」

 

 12歳と言えば、リスの8つ年上だ。

 姉のような存在にはなりそうだが、レジーの言葉が引っ掛かる。

 

「ホウキの柄で引っ叩かれるというのは、どういうこと?」

「心配するなよ、サム。悪い子には、お仕置きが必要だろ?」

「その通り。あの子は正当な罰しか与えないよ。リスが良い子でいれば問題ない」

「それなら心配はいらないわね。リスは、とてもいい子だもの」

 

 本当は、その彼女に1度は会って、自分の目で確かめたかった。

 だが、2人がこうまで言うのだから、信じることにする。

 結局のところ、サマンサは、リスの手を放さざるを得ないのだから、これ以上の我儘は言うべきではない。

 

「ウチの甥っこも、シャートレーじゃめずらしく1人っ子でな。リスに剣を教えたがると思うぞ。リスも、これからは、自分で身を守らなきゃならなくなるし、いい機会になるさ」

「そう……そうね。賑やかな家で暮らせれば、リスもつらいことなんて忘れるわ。まだ4歳だもの。これから先のほうが、長いのだから」

 

 どうしたって寂しくはなるが、リスにとっての最善を考える。

 残された、一緒にいられる時間を大事にしようと思った。

 いずれ、リスの記憶から、自分は消えてしまうのかもしれないけれど。

 

 『あいつは頭がいい。自分の道を、きっと見つける』

 

 レジーの言葉を思い出し、サマンサも心の中でうなずく。

 子供を育てたことはないのだろうけれど、思っていた。

 きっと子供とは、そういうものなのだ。

 

 成長し、自らの手で道を作っていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ