表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/160

迫る危機よりも 3

 彼は、じっと考えている。

 トリスタンの言った「第3の血」についてだ。

 大筋では納得しているのだが、ひとつ気になっていることがある。

 

(あれは、リシャール・ウィリュアートンだった)

 

 サマンサが、リスと呼んでいた子だ。

 赤ん坊の頃に見たきりだが、あの髪と瞳の色は忘れていない。

 その時から、彼はローエルハイドの血が拡散していると感じている。

 元になっているのが、チェスディート・ガルベリーのものだろうとの見当もついていた。

 

 彼は、キースの強硬姿勢に、いくぶんかリーフリッドの婚姻について考えている。

 リスの実母となる女性と彼が、細い血脈の糸で繋がっていたからだ。

 その時には、チェスディートの血筋の者だとしか思わなかった。

 チェスディートの母は、大公の娘、つまりローエルハイドの直系であり、彼の遠縁と言える。

 とはいえ、当のリーフリッド本人が拒絶したため、その情報は不要となったのだけれども。

 

(リスには、第3の血……ロビンガムの血は入っている、だが、カウフマンの血は入っていない。リスの母親を、カウフマンが見落としたのか、それともカウフマンのいない時にチェスディートが放蕩してできた子か……)

 

 リスの実母は、生きている。

 だが、彼女の情報は、あの「蜘蛛の巣」の中にはなかった。

 それは、ローエルハイドの血は持っていても、カウフマンの血は持っていないことを意味する。

 実母にカウフマンの血が入っていないのだから、当然、リスにも入ってはいない。

 リスの父親はリーフリッドなのだから。

 

(リスのほうが、ジェシーより、私の祖父に近い存在なのか……?)

 

 思って、ハッとなる。

 当然の話だが、祖父は、曾祖父と曾祖母の息子だ。

 その曾祖母の血に、ロビンガムの血が混じっていた。

 それが、トリスタンの言う「第3の血」だ。

 

(リスはウィリュアートン……正統なガルベリーの血を引き継いでいる)

 

 曾祖母の血も、同様だったのではないか。

 そういう仮説が浮かび上がってきた。

 曾祖母の血は、ロビンガムの血とガルベリーの血で構成されていた。

 そう考えれば、リスが祖父に似ているのもうなずけるのだ。

 

 実のところ、現ガルベリー王族には「正統」なガルベリーの血は入っていない。

 ガルベリー11世とされている、ザカリー・ガルベリーの代で途切れている。

 当時、正統な血を持っていたのは、ザカリーの兄ユージーンだけだった。

 そのユージーンは、ウィリュアートンに養子に入っている。

 

 結果、ガルベリーの名を持たないウィリュアートンが、本来のガルベリー王族の血筋を受け継いでいた。

 ユージーンからキースに、キースからリーフリッドに、そしてリーフリッドからリシャール・ウィリュアートンに。

 

 これも仮説に過ぎないが、ロビンガムの血統は、2種類あるのではなかろうか。

 魔術師サイラスと、その弟クィンシーの流れを汲む、純ロビンガムと言える血統。

 対して、曾祖母の流れを汲む、ロビンガムとガルベリーの混じった血統。

 トリスタンですら解き明かせなかった、第4の血の存在を、彼は確信していた。

  

 同じ髪と瞳の色でも、ジェシーとリスは血統が違う。

 

 ジェシーは、正統なガルベリーの血を持っていない。

 その分、ロビンガムの血が濃いのだ。

 髪や瞳の色は同じでも、中身は異なる「(しゅ)」だと言えた。

 

(人のことは言えないが、ジェシーは異端だな)

 

 フレデリックに仕掛けた攻撃といい、思いもよらないことをする。

 きっと、自らの行動に躊躇(ためら)いもない。

 そういう存在は、非常に危険だとわかっている。

 つい最近まで、彼もまた「躊躇わない」者だったのだ。

 

(……しかし、彼女とリスが出会っていたとは、まったく、どういう縁だろうね。しかも、シャートレーと一緒とは……)

 

 その2人が現れたことにより、(またた)く間にサマンサの世界から、彼は弾き出されてしまった。

 つくづくと、サマンサの心が、自分から離れたのを実感している。

 サマンサは、ライナール・シャートレーを選んだのだ。

 それで良かったのだとしながらも、サマンサが恋しくてたまらなくなる。

 

 そして、考えるほどに、わからなくなっていた。

 サマンサは、彼のために、あえて彼から離れたのは間違いない。

 けれど、結局、彼は、彼女を見つけている。

 危険があるのも伝えた。

 

 なのに、なぜ、彼女は拒絶したのか。

 もちろん、今の暮らしが気に入っているからだとは思う。

 だが、それは、サマンサの強い拒絶の理由にはならない。

 レジーを交えるかはともかく、今後のことも含めて、対話の提案くらいはできたはずだ。

 

 少なくとも、彼の持つ情報を聞きたがっただろう。

 サマンサは聡明で、状況の把握をしようと努める性格でもある。

 自らを起点にして危険が広がっているとなれば、放ってなどおけない。

 きちんと状況を理解することで、周りへの影響を最小限に抑えようとする。

 

 カウフマンに命を狙われていると分かった時も、サマンサは家族の心配をしていた。

 人質に取られることはないのか、と。

 

(彼女は、なにも聞かなかった。レジーがいたからか? それなら、2人で話せばすむことだ。それどころか……サマンサは、レジーの介入を受け入れている……)

 

 サマンサの気持ちを、ここで、彼が考えていても、答えは得られない。

 人の心を読む魔術はないのだし、仮にあったとしても、覗くような真似はしたくなかった。

 サマンサの口から、語ってほしいと願っている。

 

 『私は、愛を不要とする人に、心をあずける気はないの』

 『私が、あなたの愛を諦めれば、それで万事解決?』

 『私にも愛するな、ということでしょう?』

 

 サマンサの言葉を思い出していた。

 それに対して、自分はなんと答えたかも、覚えている。

 

 『きみに心をあずけろと言ったことはないはずだ』

 

 我ながら、愚かなことを言ったと感じていた。

 サマンサの求めていたものがなにか、ようやく気づいてもいる。

 彼にとっては難しく、1度もしたことのない行為だ。

 

 自分の心を語り、彼女の心を受け取る。

 

 今の彼に、サマンサは心を見せてはくれない。

 思ったことや考えていることを、打ち明けてはくれないのだ。

 今さらに、彼が、どれほど知りたいと思っていても。

 

(あの半月で、すっかり変わってしまった)

 

 サマンサを放っておいた半月。

 

 激しく悔やんではいたが、時間は取り戻せない。

 彼の元を去ったのは、彼のためだった。

 だが、去ったあとに、心境の変化が訪れることはあるだろう。

 日が経つうちに、彼女を厄介者扱いした彼に対する気持ちが薄れてもしかたない。

 今が幸せなら、なおさらだ。

 

 彼の愛は、行き場を失っている。

 

 ただ彼の胸の(うち)に、ひっそりと沈み込んでいた。

 受け取ってほしいと告げることもできないまま、放り出されている。

 その上、消すこともできない。

 

(彼女を守るためにも……カウフマンとジェシーを排除しなければな)

 

 彼は、無理に思考を切り替えた。

 先に、盤上からカウフマンを蹴落とす。

 いつまでも、サマンサが狙われるような事態は、避けなければならない。

 彼女を永遠に失うこと以上に、恐れるものはないはずだ。

 サマンサの幸せな姿を見られるのなら、自分の感情は後回しにできる。

 

(ジェシーへの対抗策を考えておくとしよう)

 

 ジェシーには、魔術師サイラスと同じ血が流れているのだ。

 彼やサイラスほどではないにしても、魔術にも長けているに違いない。

 あげく、魔力とは無関係の能力も持っている。

 そのどちらにも、対処できるように準備をしておくことにした。

 

 フレデリック曰く「ジェシーには嘘が通じる」とのこと。

 実年齢は知らないが、少年と言われる歳ではある。

 それが、ジェシーの欠点なのだ。

 

 経験値が足らない。

 

 カウフマンは、ジェシーを大事に育てたのだろうが、経験してみなければわからないことも多々ある。

 彼が、ジョバンニの「未熟」さを知っていて、かつ、しくじるとわかっていて、任せているのは、そのためだ。

 

 知らないことは、思いつけない。

 思いつけないことは、対処が困難になる。

 予測ができないからだ。

 

「指輪に反応が出る前に、いくつかしておくことがありそうだ」

 

 レジーに渡した、真っ黒な指輪。

 本当には、綺麗に細工をしたあと、サマンサに渡すつもりだった。

 婚約指輪として、彼が、彼女の指にはめようと思っていたのだ。

 サマンサが自ら「囮」になるというようなことを口にしてから、準備はしていたのだけれども。

 

 サマンサと口論になった日。

 

 彼は腹を立てていて、指輪の生成も途中で投げ出している。

 だから、細工が(ほどこ)される前のものしか用意できなかった。

 あれでは、到底、婚約指輪とはできない。

 

 サマンサは、レジーと一緒にいることを選んでいる。

 ならば、不格好な指輪をレジーに渡しても、問題はないと判断した。

 ジェシーを感知できさえすればいいのだから。

 

「私からの指輪など受け取ってはもらえないさ」

 

 自嘲じみたことをつぶやき、彼は苦笑いをもらす。

 意識を散らそうとしているのに、心がサマンサに戻っていくからだ。

 無意識の中にも、彼女を探している。

 

 アドラントの別邸で過ごした日々が、とても幸せなものに思えた。

 軽口を叩いて、サマンサを怒らせ、(なだ)めては、また怒らせて。

 時々は笑い、抱き締め合って。

 

 その時々の記憶が蘇る。

 一緒に過ごした時間、サマンサの言葉、そうした、なにもかもを覚えていた。

 彼女が、どんな表情をしていたのかも、だ。

 

「これからは、レジーが、きみを抱き締めるのかと思うと……妬けるね」

 

 サマンサを手放したくない。

 自分の手の中に取り戻したい。

 

 その感情と、彼は闘っている。

 彼の元に帰ることを、サマンサは望んでいないのだ。

 

 いずれリスとは離れることになるだろう。

 だが、レジーとの間に子をもうけ、家庭を築いていく。

 それが、彼女の願いなのだ。

 

「魔術は、本当に万能ではないな。自分の心ひとつ、どうにもできやしない」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ