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迫る危機よりも 1

 彼は不機嫌な顔そのままに、気分悪く座っている。

 イスに腰かけ、腕を組んでいた。

 人の基本動作として腕を組むのは、相手を拒絶する、もしくは自分を守るため。

 彼は、今、誰にも心を覗かれたくないのだ。

 

「そう不機嫌な顔をしないでください、“ジェレミー”」

 

 親しげに呼ばれ、彼はますます不機嫌になる。

 自分も、トリスタンを愛称で呼んでいるが、親しいからではない。

 単に、相手の気分を害し、主導権を握るためだ。

 同じことをされてみると、その不快さが、よくよくわかる。

 

「いきなり、ふっ飛ばされれば不愉快にもなると思うがね」

「貴方に左手を使うなと言われたので。使いかたを考えた結果を試したかっただけです」

 

 はあ…と、彼は溜め息をついた。

 地下室に来ると、すぐに、彼はトリスタンにふっ飛ばされている。

 前回とは違い、咄嗟のことだったため、転移で(かわ)そうとした。

 が、転移の位置がわずかにぶれて、結局、ふっ飛ばされたのだ。

 

 転移を見越したトリスタンが、すぐに左手の術を発動し、わずかに、彼の魔力に影響を与えたのだろう。

 そして、自らの体が壊れる前に術を切り、右手に切り替え術を再発動。

 おかげで、体の右半分に重症を負った。

 

「言っておくが、左手の術は、せいぜい転移を邪魔する程度しか使えないよ。それ以上に使うと、きみが先に壊れる」

「わかっていないとでも思っているですか? 私は、これを領域で使用できるようにならないかと、研究を進めているのですよ」

「その実験に使われたのか。まったく……」

「貴方も承諾したことではないですか」

 

 トリスタンは、いけしゃあしゃあと、そんなことを言う。

 誰に対しても、こんな調子なので、誰からも「得意」とはされないのだ。

 トリスタンを苦手としていない人物を、彼は1人しか知らない。

 リーフリッドの亡くなった父、キースだ。

 キースだけは、トリスタンの能力を高く評価していた。

 

「それに、このくらいの報酬がなければ見合わないことになりました」

「カウフマンが彼女を見つけたのか?」

 

 彼がサマンサを見つけたのは、ほんの2日ほど前になる。

 予想以上に動きが早いと言わざるを得ない。

 そう思ったのだが、トリスタンは首を横に振った。

 

「向こうは、女を追ってはいません。なぜか犬コロを追っています」

「フレディを? まだ諦めていないのか?」

「カウフマンの手下どもが、地にまで手を伸ばしてきてましてね。適当に餌をばら撒いて攪乱しているところなのです」

「ここは大丈夫なのだろう?」

「あたり前のことを。ここに来られるのは、“赦し”のある者か、貴方くらいです。ほかの者は近づくことすらできません。地下で、堂々巡りの迷子になり、生きては出られないようにしてありますから」

 

 しれっと言うトリスタンには、本気で呆れる。

 どこをどうやって、そんな地下迷宮を造ったのかには言及しないでおいた。

 自慢するための講釈を、長々と聞かされるはめになりたくはない。

 

「しかし、こちちも対応に追われるのは、やむを得ない。ほかの拠点は、ここほど堅固ではないので」

「それが狙いかな?」

「いえ、そういうふうには思えませんね。どういう理由かは知りませんが、あの犬コロを欲しがっているとしか考えられない動きをしています。当てずっぽうの乱索ですよ」

 

 彼にも、カウフマンがフレデリックを、しつこく追い回す理由は不明だ。

 状況からすると、フレデリックが、彼の配下だとは露見していない。

 仮に、露見していたところで、フレデリックを「餌」にできないことくらいは、カウフマンにもわかっているに違いない。

 フレデリックにしても、捕まったところで、なにも吐きはしないはずだ。

 

「存外、奴に気に入れられたのかもしれません。自分の配下にしたい、とか?」

 

 それは、有り得る。

 フレデリックは、ジェシーから逃げ切ったのだ。

 そこを見込まれたというのは考えられることだった。

 

「まぁ、ここにいれば、あの犬コロの安全は約束されています。毎日、こき使っていますがね。そこそこ使える犬コロで、私の元に来ないかと誘っているのですが、断られるばかりで」

 

 フレデリックの安全が確保されるのは、彼にとっても望ましい。

 とはいえ、フレデリックが気の毒になる。

 望んで、この機関の者になったのではないのだから、トリスタン相手に、相当に精神的な苦痛を感じているのは間違いない。

 

「それはそれとして、今日は、別件で呼びました」

「フレディのことが本題かと思っていたよ」

「対処できていることが、本題なわけがないでしょうに」

 

 彼の嫌味も皮肉も、トリスタンには通じなかった。

 たかが3つ年上であるだけなのだが、どうにもやりにくい。

 トリスタンは常識がなく、狂人なのでしかたがないのだが、それはともかく。

 

「実際的な話ではなく、研究には好奇心と探求心が必要だ、という話です。それとともに対象をとことん追求する。必要があるかどうかとは無関係に、知りたいから調べるというだけの、ね」

「ジェシーのことかい?」

「ええ。私は、そのジェシーという者を知りたくなった」

 

 それは、当然と言えた。

 ジェシーには、特別な能力がある。

 魔力とも魔術とも、無関係に存在している力だ。

 トリスタンの思考に引っ掛からないわけがない。

 刻印の術以外に、魔術に対抗するすべが見つかるかもしれないのだから。

 

「しかしねえ、スタン。ジェシーのことなら、おおよそのことはわかっているじゃないか。彼の能力は、ローエルハイドの血から来ている。私の父や祖父と同じだ」

 

 トリスタンが、呆れたような目で、彼を見た。

 

「貴方が言っているのは、リンゴは赤いと決まっている、というのと同じですよ。だが、リンゴは赤いものばかりではない。そもそも、なぜ赤いと決めつけているのかが、私にはわかりかねます。私ならば、なぜ赤くなるのか、と考えますから」

 

 トリスタンは、ひと呼吸おいてから、溜め息交じりに言った。

 

「貴方は、その能力を使えるのですか?」

 

 トリスタンの言葉に、ようやく気づく。

 彼には、ジェシーのような力はない。

 これまで、そうした能力は付与されたり、されなかったりすると思ってきた。

 同じ魔術師でも才能の有る無しで、使える魔術が異なるといった捉えかただ。

 

「おかしいとは思わなかったのですね」

「思わなかったな。ジェシーがローエルハイドの血を持っていることは、わかっていたのでね」

「私は、貴方の話を聞いた時から、第3の血の存在を確信していました」

「第3の血」

「ほかの奴らと違うのは、その第3の血が濃いからではないかとね」

 

 ローエルハイドで遡れる系譜は、彼の曾祖父である大公だ。

 大公の、2人目の妻は、彼の実の「孫娘」とされている。

 だが、実際は、大公と「孫娘」の間に血の繋がりはなかった。

 これは、ローエルハイド直系を除けば、ほとんど知られていない事実だ。

 

「私の曾祖母の血……?」

「そちらから行くと遡れませんよ」

「確かに、曾祖母の系譜は、ローエルハイドと重なっているので追うのは困難だ」

 

 事実がどうあれ、曾祖母は、大公の「孫娘」だとされていた。

 曾祖母のみの系譜を遡ることはできない。

 

「私は、カウフマンの側から追った。せっかく手に入れたローエルハイドの血を、奴が、ほかの血と混ぜるわけがない。これには骨が折れました」

 

 トリスタンが立ち上がり、大きな机から、書類を掴んで戻って来る。

 それを、ぽいっと彼に放り投げた。

 トリスタンの読みにくい字が並んでいる。

 どうやらこれが「見合わなくなった」原因のようだ。

 

「その男が、第3の血の持ち主です。私とも、奇妙な因縁がありましてね。土地柄というだけではありますが、そいつは、旧フェノイン領で血を残したようです」

「レスター・フェノインが捕らえられた後、アンバス領になった場所だな」

「その当時の領主、アンバス侯爵は好色な男で、土地の娘を手当たり次第に(さら)ってきては乱暴をしていたらしいのですよ。そういう中で、第3の血の子も生まれたのでしょう」

 

 彼は、トリスタンが追った、ジェシーの系譜を、見つめた。

 少し、混乱している。

 

「とはいえ、確実性に欠ける。私は、キースからユージーン・ガルベリーの資料もそれなりに入手していたのですが、わずかな記載に、その裏付けがありました」

 

 顔を上げ、立っているトリスタンを見上げた。

 もう訊かなくても、彼にもわかっている。

 

「魔術師サイラスは、ブルーグレイの髪と瞳をしていたという」

 

 書類に書かれていた名は、クィンシー・ロビンガム。

 クィンシーは、魔術師サイラスの弟だ。

 元王族ユージーン・ガルベリー唯一の側近魔術師であり、大反逆者サイラス。

 

 歴史上ただ1人、本気で大公に挑んだ男。

 

 それが、第3の血の正体。

 だとすれば、父と祖父にも、その血は混じっていたことになる。

 曾祖父と曾祖母に血の繋がりはなかった。

 導き出される「解」はひとつ。

 

「曾祖母は……ロビンガムの血を持っていた」

「論理的に考えれば、そうなりますね。おそらく、わずかにでもロビンガムの血に傾けば、その能力が付与され、ローエルハイドの血に傾くと、貴方のようなものが生まれる可能性が高くなる」

「ジェシーは、ロビンガムの血に大きく傾いているのか」

「貴方の父や祖父が、ローエルハイドを1、ロビンガムが0.5の割合で混じっていたとすれば、ジェシーは、その逆。そこにカウフマンの血も混ざっている」

 

 カウフマンとローエルハイドの血が、それぞれ0.5、ロビンガムの血が1との割合で、ジェシーは構成されている。

 トリスタンは、そう読んでいるのだろう。

 彼にも、異論はなかった。

 

「私はね。その能力を高く評価している。手に入れられるものなら手に入れたい」

 

 トリスタンの声が、いつになく静かだ。

 眼鏡の奥にある、暗い銀色の瞳が憂いを帯びている。

 

「魔術に頼らずとも国を守れるよう、魔術に対抗する手立てを研究してきました。そのためなら手段も(いと)わず」

 

 トリスタンが眼鏡を押し上げ、顔をそむけた。

 かなり苦慮した結論らしい。

 

「だが、ジェシーは殺してください。生かしておくわけにはいきません」

 

 彼は、手の中で、トリスタンに渡された紙を握りつぶす。

 ローエルハイドの血に混じるロビンガムの血は、それほど多くはない。

 だが、ジェシーは違う。

 カウフマンに、人工的に創られた、最も濃い第3の血の持ち主。

 だからこそ、あの蜘蛛の巣の中にはいなかったのだ。

 

 トリスタンの言う通り、ジェシーは、やはり生かしてはおけない。

 思っている彼に、トリスタンが冷ややかな口調で言った。

 

「私は、この国を守るために在る。たとえ、貴方だろうがジェシーだろうが、国を亡ぼす危険があるのなら、殺すことに躊躇(ためら)いはない」


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