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境界と臨界 1

 川の周辺にはいなかった、とトリスタンから聞いていた。

 だとすれば、考えられるのは3つ。

 

 ひとつは、サマンサが自ら移動し、身を潜めている可能性。

 もうひとつは、誰かがサマンサを見つけて保護している可能性。

 残りは、どこかで囚われの身になっている可能性。

 

 いずれも、サマンサが動いていないからこそ、見つけられないのだ。

 移動したり、辺境地の町に出たりしていれば、必ず見つけ出せている。

 トリスタンの猟犬は、それなりに優秀だった。

 商人もそうだが、魔力を持たない者を探すのには適している。

 

(だが……ひとつめは可能性としては薄い……)

 

 なぜなら、即言葉(そくことば)が通じないからだ。

 サマンサに意識があり、自ら身を潜めているのなら、即言葉に応じる、もしくは応じていない感覚がある。

 そのどちらもないため、彼は、サマンサには意識がない、と考えていた。

 保護か拘束かはともかく。

 

 彼は、川の下流を見下ろす形で、立っている。

 誰かが住んでいるのなら、そこは少し拓けた場所になっているはずだ。

 建物もあるに違いない。

 森の中でも小高くなっているところにある、さらに木の上に、彼はいる。

 

 遠眼鏡(とおめがね)を使い、その辺り一帯を映し出していた。

 景色を拡大して、人影を探す。

 建物が、木々に隠されていることもあるので、注意深く確認する必要があった。

 ひとつの光景に、わずかな光の屈折を見つける。

 

(なにかが反射している……ガラス窓か……?)

 

 雲ひとつの動きで、光を見失うかもしれない。

 それを危惧して、周囲の空から雲を消す。

 青空のもと、さらに細かい()に切り分け、ひとつひとつを見ていった。

 注意して、光の出どころを追う。

 

「あれだ……」

 

 木々に埋もれてはいるが、わずかな隙間があった。

 光の出どころにもなっている。

 木々で見えなくても、その下には拓けた場所があるに違いない。

 建物までは確認できなかったが、そこに「なにか」あると確信した。

 

 即座に、そこへと転移する。

 やはり建物があった。

 小さな小屋だ。

 彼が、時々、使っている森小屋とは違い、1人か2人で住むのが精一杯、という程度の大きさだった。

 

「今日のお昼は、なににしようかしら」

 

 声に、彼は体が震えるのを感じる。

 サマンサの声だ。

 姿は見えないが、小屋の裏辺りから聞こえてきた。

 駆け出そうとして、その足が止まる。

 

(……意識が……ある……彼女は、意識がある)

 

 ふっと、彼は魔術で姿を隠した。

 サマンサへの想いが募り、別の女性を彼女だと思い込んでいるのかもしれない。

 であれば、無駄に相手を驚かせることになる。

 とはいえ、意識の中では「間違ってはいない」と感じていた。

 

 彼が、サマンサの声を聞き間違えるはずがない。

 

 だが、そうなると即言葉に対しての「解」が、おかしなことになる。

 意識があり、即言葉を無視しているのであれば、理解できた。

 彼との対話をサマンサが拒んでいるということだ。

 見つかりたくないと思っていると判断もできる。

 

(即言葉は拒まれていない。ただ繋がらないだけだ)

 

 その理由が、わからなかった。

 辺りを警戒したが、魔力疎外されている様子はない。

 サマンサが明るい口調で話していることからも、拘束はされていないとわかる。

 彼は、戸惑いつつ、小屋の裏に向かって歩いた。

 

 とにかく、声の女性がサマンサであるのを確認する必要がある。

 間違いはないと確信していても、自分の目で確かめたかった。

 それ以上に、サマンサに会いたかったのだ。

 

 会って、抱き締めて。

 

 彼女の存在と命を感じたい。

 サマンサを失っていないと、信じさせてほしい。

 

 姿を隠したまま、彼は、小屋の裏手に足を踏み入れる。

 とたん、心臓が大きく跳ね上がった。

 声もなく、ただ彼女の姿を見つめる。

 ここ最近あった、心の中の闇が晴れていく。

 感情も、自然に凪いでいた。

 

 目の前で、サマンサが笑っている。

 

 怒った顔のほうが好みだったはずなのに、彼女の笑顔に、つられて彼の口元にも笑みが浮かんでいた。

 心底、安堵している。

 

(ああ……彼女は生きていた……失っては、いなかった……)

 

「サムはダメ~……また手を切るよ……」

「ほんのちょっとだもの。平気、平気。それにね、慣れないと、いつまで経っても上手にならないでしょう?」

 

 びくっと、彼の体が反応をした。

 サマンサの姿に目を奪われ、なにもかもを忘れていたのだ。

 彼の中に、音や周りの景色が戻ってくる。

 彼女の横に、幼い子供が立っていた。

 

「レジーに、やらせればいい」

「そうもいかないわ。自分のことは、自分でできるようにならなくちゃ」

「……サム……なんでもできるように、なる?」

 

 子供が不安そうに、サマンサを見上げている。

 サマンサは、その子の(そば)にしゃがみこんだ。

 両手を握り、にっこりと微笑む。

 

「なんでもできるようになったって、あなたのことは必要よ? 一緒にご飯を食べたり、お散歩したりするのは楽しいもの」

「そか……でも、ケガしないように……気をつけて……」

「心配してくれているのね」

 

 嬉しそうな顔で、サマンサが、その子を抱き締めた。

 2人のやりとりに、彼の胸が締めつけられる。

 ようやく見つけた彼女に、彼は声をかけられずにいた。

 本当には、彼こそが、彼女を抱きしめたかったのだけれども。

 

 サマンサは幸せそうな顔をしている。

 

 寂しげでも、悲しげでもない。

 その子を慈しんでいるのが、表情から伝わっていた。

 彼が姿を現せば、台無しにしてしまう気がする。

 かと言って、立ち去ることもできない。

 

「おーい、帰ったぞー」

 

 ハッとして、声のほうに顔を向けた。

 彼の目が、見開かれる。

 彼は、その男性を知っていた。

 

「早かったのね? ちゃんと魚は釣れたの?」

「おー、大漁」

「中くらいの魚?」

「まぁた、こいつから、いらねぇ知恵つけられたか」

 

 男性が、子供の頭を、くしゃくしゃと撫でる。

 それを見て、サマンサが笑う。

 まるで家族のような光景だ。

 

 新しい愛。

 

 その言葉が、彼の頭に蘇っていた。

 サマンサは、すでに新しい愛を見つけたのかもしれない。

 即言葉が伝わらなかった理由は判然としないが、これが原因だろうか、と思う。

 彼とのことを終わったものとしたため、魔術が切れた可能性はあった。

 

 魔術は万能ではないから。

 

 どういう制約で切れるかを、彼も網羅しているわけではない。

 彼の把握していない制約があったとしても、不思議ではないのだ。

 

「そういや、サムに魚の(さば)きかたを教えてやんねぇとな」

「さ、魚を……?」

「生きたまま、スパッと」

「い、生きたまま……っ……?!」

「サム、嫌がってる……レジーがやってあげなよ……」

「な、何事も……や、やってみないと……」

 

 レジーが、声を上げて笑った。

 子供とサマンサの手を取り、歩き出す。

 

「冗談だって。サムに卒倒されちゃ困るからな」

 

 彼は、3人の背中を見つめていた。

 どうすればいいのか、自分でも判断がつけられずにいる。

 レジーに手を取られているサマンサに、胸が、じくじくと痛んだ。

 

 その手を振りはらい、彼女を自分の手の中に取り戻したい。

 だが、果たして、それをサマンサは望んでいるだろうか。

 見る限り、嫌がるそぶりはなかった。

 3人が親しいのは、問い(ただ)すまでもない。

 

 まさか、こんな展開になるとは、予想もしていなかった。

 サマンサを見つけ出せさえすれば、解決すると思い込んでいたのだ。

 彼女を自分の元に連れ帰る。

 心を打ち明けるかはともかく、取り戻すことしか考えずにいた。

 

(……サム……サミー……私は、どうすればいい? きみを手放すべきなのか?)

 

 黙って、3人を見送るのも、ひとつの決断だ。

 そのほうが、サマンサは幸せになれるだろう。

 自分のような「人ならざる者」では与えられない幸せが、ここにはある。

 レジーなら「穏やかで愛のある」暮らしを、サマンサに与えられるはずだ。

 

 彼は、転移しかけて、踏み止まる。

 サマンサが絡むと、心が乱れ、正しい判断ができていなかった。

 

(カウフマンが、彼女を探している。危険は去っていない)

 

 ここも、いつまで安全でいられるか、わからない。

 ジェシーには、絶対防御が効かないのだ。

 この森全体に魔術をかけても、意味がなかった。

 サマンサを守れはしない。

 

 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 カウフマンとのことに決着をつけるまでは、サマンサから目は離せない。

 彼女が望もうと望むまいと、だ。


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