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決断したからには 1

 門の前で馬車を降り、屋敷の敷地内に足を踏み入れる。

 自分の行動がいかに非常識で、大それたものであるかは自覚していた。

 それでも、決断を翻したりはしない。

 人にとっては取るに足らない理由でも、自分にとっては違う。

 

 彼女、サマンサ・ティンザーは、強い意志でもって歩を進めた。

 正直、怖いとの気持ちはある。

 この屋敷の(あるじ)は、名を知らない者がいないほどの有名人なのだ。

 にもかかわらず、実際に会ったことがある者は、ごく少数。

 サマンサは、当然に、面識はない。

 

 父から、わずかに話を聞き、人となりを想像している。

 あまり良い印象はなかった。

 とはいえ、選択肢がないのだから、しかたがない。

 

 門から続く道をしばらく歩いたのち、扉の前に着く。

 叩こうと手を上げた瞬間、中から扉が開かれた。

 驚いて、手が止まったままになる。

 扉の向こうには、赤褐色の髪と目の色をした男性が立っていた。

 

「どのようなご用件でございましょう? ティンザー公爵家ご令嬢、サマンサ姫」

 

 名乗ってもいないのに、名を呼ばれ、サマンサは動揺する。

 そして、改めて思った。

 ここは、そういう屋敷なのだ。

 

 サマンサの住んでいるロズウェルド王国は、この大陸で、唯一、魔術師のいる国だった。

 おそらく、この、いかにもな執事も魔術師に違いない。

 でなければ、ネズミ並みに聴覚が発達しているということになるが、屋敷の主が誰かを考えれば、魔術師であると結論するのが妥当だ。

 

「ご用件は?」

「あ……いえ……あの……ローエルハイド公爵様に取り次いでもらえる?」

「お約束は?」

「…………それは……約束はしていないわ……」

「どうやってこちらに?」

 

 動揺を抑えきる前に、矢継ぎ早に質問され、少しムッとする。

 下位貴族が高位貴族を、無断で訪ねることは許されていない。

 だが、サマンサは公爵家の令嬢であり、この屋敷の主と、爵位上は同格だ。

 連絡なしでの訪問も、基本的には許される。

 

 ただ、執事が(いぶか)しんでいる理由もわかっていた。

 ここは、ロズウェルド本国ではない。

 70年ほど前に併合されるまでは、アドラントという名の別の国だった領地だ。

 王都とは違い、気楽に行き来のできる土地柄ではないと、知っている。

 

「……アドラント領に住む、私の姻戚関係の者に頼んで許可を得たのよ。公爵様に取り次いでちょうだい」

 

 あまり突っ込んで聞かれたくなかったため、サマンサは強気に出た。

 執事が自分を知っているのなら、むしろ、都合がいいと意識を変える。

 見た感じ、貴族ではありそうだが、公爵よりも下位には間違いない。

 公爵家が公爵家の勤め人になるなど、有り得なかった。

 となれば、サマンサのほうが、執事より高位となる。

 執事の一存で、追いはらうことはできないはずだ。

 

(私が弱腰にならなければ、取り次いではもらえるはずよ)

 

 改めて、考えてみると、この執事は「無礼」だった。

 本来、サマンサの名を呼ぶより、下位の者である執事が先に名乗る。

 儀礼的なものに過ぎなくても、礼儀は礼儀だ。

 相手を尊重しているとの態度くらい見せるべきだろう、と思う。

 

「少々、お待ちを」

 

 サマンサの内心の憤慨を察することなく、執事はそっけなく答え、扉を閉めた。

 そのあからさまに「招いていない」という言動にも腹が立つ。

 が、あまり心象を悪くすると、会えるものも会えなくなるかもしれない。

 主に訊いた振りをして、追いはらおうとすることも考えられた。

 

(もう少し愛想をしておいたほうが良かったかしら)

 

 強気に出てしまったのを後悔する。

 サマンサの今後は、この屋敷の主にかかっていた。

 会えないままでは、帰れない。

 せっかく苦労して、ここまで来たのだ。

 なんとしても、会わなければならない。

 

 この屋敷の主に。

 

 しばらくののち、扉が開く。

 表情には出さないよう気をつけたが、心臓が早鐘になっていた。

 執事からの返事に緊張する。

 

「お待たせいたしました。あちらの離れでお会いされるとのことです」

「わかったわ」

「では、ご案内を」

 

 サマンサは、体から力が抜けるほどの安堵感をいだいた。

 とはいえ、これはまだ目的の最初の1歩に過ぎない。

 会えたからといって、彼女の目的が達せられる保証は、どこにもないのだ。

 冷たくあしらわれても、食い下がるつもりではいるけれども。

 

 中庭を抜けると、別邸と(おぼ)しき建屋があった。

 その屋敷にある客室に通される。

 ここで待つようにとだけ言い、お茶を出すこともなく、執事は立ち去った。

 とことん「無礼」だと思う。

 

(でも、あの執事とも、これから顔を合わせることになるかもしれないのだし……我慢は必要ね……)

 

 サマンサは緊張しながら待っていた。

 だが、屋敷の主は、なかなか姿を見せない。

 いつまで放置され続けるのだろうかと不安になる。

 その弱気になる自分を、懸命に奮い立たせた。

 

(いいわ。もし日が暮れたら、それを理由に居座ることもできるじゃない。いくら待たされても、諦めて帰ったりしないわよ)

 

 普通の令嬢なら、きっと心が折れて帰っていただろう。

 見込みがないと諦めてもいいくらいには、時間が経っている。

 これが本当に「同格」の相手なら、どんな令嬢も怒っていたに違いない。

 ただ、この屋敷の主とは、本当の意味では「同格」ではないのだ。

 

 同じ公爵家であっても、序列というものがある。

 爵位だけでは語れない「格」が存在していた。

 そこから見ると、ティンザーは、かなり「格下」だ。

 追いはらわれなかっただけマシとしなければならないのは、わかっている。

 

(本当に、会う気があるのかしら……諦めて帰らせようという魂胆? そんな回りくどい真似をする必要はないと思いたいけれど……)

 

 つい大きな溜め息をついてしまう。

 緊張が落胆に変わりつつあった。

 

「溜め息をつかせるほど、待たせてしまったようだ」

 

 びくっと、サマンサは体を震わせる。

 足音も気配もなかったのに、1人の男性が室内に立っていた。

 急速に、心臓が激しく波打ち出す。

 一気に緊張感につつまれていた。

 慌てて立ち上がり、頭を下げる。

 

「サマンサ・ティンザーにございます。お目にかかれて……」

「そういう堅苦しいのは嫌いでね。まぁ、かけたまえよ、きみ」

「はい……」

 

 促されるまま、イスに腰をおろした。

 テーブルを挟んで、向かい側に屋敷の主が座る。

 初めて見る姿に、予想外といった印象を受けた。

 父には「姿を目にしただけで恐ろしくて寝込みそうだ」と聞いていたからだ。

 

 黒髪、黒眼。

 

 この2つを合わせ持つ、たった1人の人物。

 彼は「人ならざる者」と呼ばれている。

 どんな魔術師とも比較にならない、大きな力の持ち主だった。

 その力を使えば、国を亡ぼすことも容易にできるのだという。

 

 だが、とてもそんなふうには見えない。

 口調は、ややぶっきらぼうではあったが「恐ろしい」とは感じなかった。

 大きいとも小さいとも言えない形のいい目は、ほんの少し垂れていて、穏やかに見える。

 鼻筋はスッと通っており、やや薄い唇と相まって精悍さを際立たせていた。

 

 後ろへと流した短めの髪が貴族的な雰囲気を醸し出しているためか、貴族服が、いっそう似合っているように思える。

 長い足を軽く組み、片手をイスの肘置きに置いていた。

 そして、反対の手で頬杖をつき、サマンサを見ている。

 

 ジェレミア・ローエルハイド。

 

 ローエルハイド公爵家の現当主だ。

 かつて隣国との戦争を1人で終結させた英雄、大公と呼ばれた人の曾孫になる。

 その大公と同じ力を持っているのが、今、目の前にいる公爵だった。

 黒髪、黒眼は、その証とされている。

 

「それで?」

 

 声には、なんの感情も含まれていない。

 思わず、怯みそうになるのを(こら)え、サマンサは、ぎゅっと手を握り締めた。


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