紙束
「喉、イガイガしますねぇ…。」
あの日から数日、アーコは喉の違和感をたまに訴えてくる。
凌太「だから言っただろ。」
天音「でも、大きくはなりたいので…。」
時と場合を考えろと話すが、なんでも吸収したいお年頃と言ってアーコは逃げていった。
俺はそのまま今月分の給料をもらいに世永の部屋に向かう。
俺はこの1年間、向こうの人間との関わりを一切断ち切って、行方不明者扱いにしてもらえるようにし親の借金を踏み倒そうと思っている。
だからこの大家族のような生活を無理して耐えてきた。
後2年、姿を現さなければあいつらも俺の事は死んだと思うはず。
自分が命を張って稼いだ金を、産んだ親程度に盗られたくない。
凌太「失礼します。」
俺は襖の前に立ち、世永に断りを入れる。
世永「はーい。」
いつものように呑気な声が聞こえたので、俺は襖を開け部屋に入る。
世永「あ、凌太さん。いつもありがとうございます。」
と、寝転がってどこから持ってきたのか分からない漫画を読み漁っていた。
凌太「自分で買いに行ったのか?」
世永「幼馴染に借りてるんです。絵があるので楽しいですよ。」
漫画はそういうものだろと思い、呆れていると世永は俺の給料袋を懐から取り出し起き上がる。
世永「今月のお勤め分です。」
凌太「ありがとう。」
世永「凌太さんは買い物に行ったりしないんですか?」
と、初めて俺の金の使い道を聞いてくる世永。
凌太「なんでだ?」
世永「団員の子たちはお金を貰うととても楽しそうに何に使いたいか話してくれたり、報告してくれるんですが凌太さんはこの1年なかったなと思って。」
凌太「…そうか。」
始めは親の借金を返すためと思って稼ぎ始めたが、ここで暮らしていくうちに踏み倒すアイデアが湧いて咲さんにもらった貯金袋に給料袋ごと入れ保管している。
アーコは好きな洋服やら化粧品なんだかも買いに行ってるらしいが、今の俺には服も何も興味がない。
たまに咲さんやアーコが買ってくる土産の服で十分保っているから、ここ最近買い物には行っていなかった。
世永「みんな、いつ死ぬか分からないからたくさんお金使うんです。だから凌太さんみたいな人初めてなんですよね。」
と、少し寂しげに呟く世永。
凌太「俺はまだ死ぬ予定が入っていないから使わずにいる。」
世永「この先ずっと、誰にもその予定を入れて頂きたくはないですね。」
俺はその言葉を鼻で笑い、給料にお礼を言って立ち上がり自分の部屋にある貯金袋に向かう。
この金は死の覚悟を決めて災害の元凶である凶妖と戦い、その命を費やした代償として得られるもの。
それなのに死んでほしくないと言ってしまえる世永は俺とは違う生き物なんだなと感じてしまった。
俺は自分の部屋に備え付けられている衣装タンス開き、奥に置いてある貯金袋を開ける。
金は使ってこそ、意味を成すが俺にはまだその意味を見つける事さえ出来ない。
この数百グラムの重さの金をあの時の俺に渡せていれば、どんな人生を歩んでいたんだろうか。
俺はしょうもない考えごとをしながら、また鍛錬をしに向かった。