008:満足した、とてもいい最終回だった。
必殺の『奥義・太刀魚』でプを屠った流は、流石に疲労困憊でその場に崩れ落ちる。
両手は熱を帯び、しばらく使い物になりそうも無かった。
首すら動かすのも億劫だったが、斬り落としたプの首が、もしかしたら生えて来るかもと思い、観察眼と気配察知で確認するが生体反応は無く、弱点も表示されない。
やがて話す位は体力が戻り一安心した流は、今だ呆然としているクッコロさんに話しかける。
「やぁ、騎士様。無事で何よりだったよ」
さっきまでは緊迫していたので容姿を見るのが適当だったが、女騎士を改めて見ると年齢は流とそう変わらないように見える。
正に容姿端麗と言った感じで、太陽に照らされたまるで黄金のような綺麗な金髪をハーフアップにまとめ、その髪を引き立たせる様な青い瞳で、とても美しい白い肌の娘だった。
状況が良く分かってない女騎士は放心していたが、死体となったプを見ると、自分は助かったのだと理解する。
「あ、ありがとう。まさかあの姿勢からどうやったか分からないけど、ゴブリン酋長を倒すなんて……」
やっと実感が湧いたのか、女騎士は次第にテンションが上がって来る。
「ううん、凄いなんてものじゃないわ!! 一人でこの集落を殲滅したんでしょ!? とんでもない偉業よ! ゴブリンくらいだったら、それなりの使い手が数人も居たら殲滅出来たでしょうけど、酋長よ! あの酋長が居たのよ!! 酋滅級は間違いないわ! いえ、一人で倒したんだから、酋滅級++は確実よ!!」
言っている意味が良く分からないが、クッコロさんは大興奮で流へ拳を強く握りアピールする。
「そ、そうか。良く分からんが良かったな?」
「何を言っているのよ! あなたの事よ! あのままなら大規模な拠点を作られてもおかしくなかったのよ? それにあなたは何処の町の冒険者なの? どう、ウチの家に雇われない? 絶対後悔させないわ!」
「その前にお前は何処のどいつ様なんですかね?」
「失礼な物言いね、まぁ命の恩人だし許してあげるわ。私はクコロー伯爵家の次女、セリアよ!」
そう騎士の娘セリアは言うと、腰に両手を当てて胸を張る。
「マジでクッコロさんかよ。異世界テンプレもここまで来ると驚かねーぞ……って言うか、クコローが名前じゃないのか? 俺が知っている貴族の常識では、クコローが『名』で、セリアが『姓』なんだが?」
「え、そうなの? この国や周辺国では苗字が先になって、名前は後になるのが普通ね」
「異界言語理解の悪意を感じるぞ……」
疲労困憊の流は今のが精一杯のツッコミだったが、セリアはどこ吹く風だった。
「俺は古廻流って言うんだ、古廻が性で流が名前な。流って呼んでくれ」
「コマワリ・ナガレ? 性があるって事は貴族か、町や村の長かしら?」
「いや、俺は異世界から……と言うか、違う国から来た骨董品をこよなく愛でるただの庶民さ」
「イセカイ? 聞いた事が無い国ね。それに庶民はこんな事出来ないわよ、まあいいわ。これからよろしくね、ナガレ! 私の事はセリアって呼んでね」
セリアはそう言うと、大輪の花が咲いたかのような笑顔で微笑んでいた。
普通の男なら目を奪われ、そして一目惚れするのは確実な程に、可憐で品のある笑顔だったが……。
しかし流は骨董しか興味が無く、その魅力が分からない心底残念な漢であった。
「それより何でお前はこんな所に居たんだ? 俺がここに来たのもお前が連れ去られてるのを見たからなんだが」
「お前じゃなくてセ・リ・ア」
「あ、ああ。すまないセリア。それで?」
するとセリアの表情が夜に萎む花のように消沈する。
「私を見つけてくれて……そうだったのね、重ねてお礼を言うわ。もしあなたが来てくれなかったら、私はあの獣どもの苗床として、壊れるまで奴らの子供を産んでいたでしょうね。そして最後は……」
セリアは焚火の方に落ちている、人の一部だった物を一瞥する。
「なるほどな、そこもテンプレって訳か。異世界やばすぎだろう。でもセリアは一人でこんな所で何をしてたんだ?」
「一人じゃなかったわ。護衛の騎士五名と一緒に、ここの付近まで探索に来たのよ。この辺りで最近若い女ばかり連れ去られ、男は惨殺されているって聞いてね。その犯人はすぐに検討が付いたわ。でもゴブリンの集落が見つからず、仕方なく一時撤退しようとしたら、ゴブリンドッグ三匹とリーダー含むゴブリン五体。さらに酋長にまでに襲われたの。ドッグは二匹倒したけど、あっという間に護衛達が倒されてね……私一人が生き残ったの」
流はその話を聞いて驚く、まさかゴブリンだったとは思わず、しかも犬はゴブリンドックと言うらしい。
そう言えばあの犬の顔は、どちらかと言えば人に近い人面犬のようだったと思い出し、気持ち悪さがこみあげて来る。
「それは災難だったな……まぁ、俺としてはセリア一人でも助ける事が出来て良かったよ」
「ありがとう、本当に感謝しているわ。まさかこんな浅い場所に酋長がいるなんて思ってもみなかったから」
プとの闘いの後を見回しながら、辺りを見るうちに流は思い出す。
「そう言えば小屋の中に居る人の気配はまだあるようだが、中の人達は無事なのか?」
「ええ、一応は無事ね。奇跡的にあなたが来てくれたから、まだ犯された感じはしないし、多分連れてこられたばかりじゃないかしら? 前の苗床だった人は……食べられた直後みたいだしね」
「なんとも胸糞が悪い話だな。緑の小人……いや、ゴブリンは見つけ次第殲滅確定だな」
「ええ、そうして貰えると助かるわ。アイツ等は――女の怨敵よ!!」
セリアは怒りを目に宿したまま、ゴブリンが食べ残した誰かの左手をそっと持ち上げる。
「貴女達の無念はナガレが晴らしてくれたよ。だから安心して旅立ってね……」
セリアはそう言うと焚火の中へ残った手を放り込み、傍にあった薪を沢山くべて犠牲者に黙祷する。
流もセリアの背後から娘だったであろう左手が、積み上げられる薪で見えなくなるまで見つめ、その後無事に天へ行けるように方合掌をし黙祷を捧げた。
「セリアはこれからどうするんだ? 俺はしばらく動けそうもないからここに居る」
「私は多分隣の小屋に武器もあるし、ここから少し離れた場所に馬も居るから町まで行って応援を呼んで来るわ。そう言えばゴブリンは全部で何匹倒したの?」
「えっと、初めに二匹とゴブドッグが一匹。それにここに来て、プを含めて十一匹だから合計十四匹かな」
「本当に凄いわね……あらためて聞いても冗談にしか思えないわ」
流はそんなものかと首をひねる、確かに中ボスとプは別格だったが、ゴブリンは雑魚だったのだから。
「数を聞くだけだと私が見たのと同じね。これでここ一帯の安全性は保たれたわ。じゃあ早速行って来るね」
「ああ、行って来い。俺はちょっと休ませてもらうから、もし居なくなっても心配しないでくれ」
「? 分かったわ。もし逸れたらこの先の町にある宿『昼から享楽亭』で待ってるね。あ、そうだ。これを持っていて」
セリアは大きな胸の谷間から黄金製で、ルビーのような宝石が付いているペンダントを出すと、それを首から外し流へと渡す。
「これは?」
「ふふ お守り。ふらふらの誰かさんが怪我しないようにね。それにナガレも何処かへ行くんでしょ? もし会えなったらお礼も出来ないし、ウチの家紋と私の印があるから、万一はぐれてしまったら、クコローの領都まで来てね、絶対だよ?」
セリアは懇願するように流の顔を上から覗き込む。流石の流もその仕草に一瞬ドキリとした時だった。
突如、冷気がどこからともなく現れる……。
「「寒っ!?」」
「え!? 何? 夏なのにこの寒さ」
「な、なんだろうなぁ~。か、怪奇現象かなぁ?」
当たらずとも遠からずだった。
「おばけなの!?」
「その親戚みたいな感じかも? ほら、そこに……緑色の首が転がっているし?」
と、適当な事を言ってみるが、ジっとこっちを見つめる、プの首の恨めしそうな視線が逆効果だった。
「ひぅ」
セリアは息を呑み込むと、地面に座り込んでいる流にしがみ付いて来た。
当然ダイレクトに実り豊かな柔らかな物が流の横顔に――突き刺さる! だってドレスアーマーだから。
「あ痛ぁ!! ちょ、マテ!」
と、流は誰に言ったかは知らないが、冷気が更に激しさを増したのだった。
◇◇◇
その後セリアと娘達が囚われている小屋へと向かい、その中より娘達を救出する。
小屋の中に居たのは、たまたまこの近くへ来ていたと言う商人の女。
この森の近くにあると言う、イロリー村の村長の娘と、友人達を皆殺しにされた旅人の女。
助け出した娘達三人は馬に乗る事が出来たので、セリアの護衛が乗っていた馬に乗り、そのまま近くの町である「トエトリーの町」へと向かう。
全員の荷物はご丁寧にゴブリン達が隣の小屋に保管していたらしく、そこに商人の荷物もあった事から、去り際に何か欲しい物があるかと、流は自分の持ち物を皆に見せる。
商人の女が流が持っていた絹糸と食料品、それと華の柄が艶やかなマイセンのカップ二つを売ってほしいと頼まれたので売る事にする。
特にマイセンのカップを見た商人は大興奮していたが、確かに良い物なのでそれは分かる……が、あまりにも大げさすぎないか? と思う流だった。
流の価値観と、こちらの相場が分からなかったので悩んでいると、セリアが通貨の価値を流に教えてくれたので、金貨二枚と銀貨五枚で双方納得した形で取引は成立する。
内心、流れとしては「ちょっとこれ多すぎなんじゃ?」と思っていたが、商人の女は逆に少なくて申し訳なさそうにしていた。
通貨の種類と価値は大体こんな感じらしいが、日本円換算は商人へ売った品と、他に持っていた品の価値を聞いてみてから付けたので、かなりいい加減だがこんな感じだ。
半銅:五十円
銅貨:百円
大銅:千円
銀貨:1万円
金貨:十万円
白貨:百万円
竜貨:一千万円
王貸:一億円
五十円の価値がある半銅より下は無いのかと思ったが、その下は無く、強いて言えば物々交換らしい。
助けてくれたお礼として、商人から「アルマーク商会証」と言うプレートを貰う。
因みにセリアは貴族の娘だが、美術品やその手の事に全く興味が無く、価値が分かっていなく申し訳なさそうにしていた。
村長の娘は森で薬草と珍しい石を採取していた時に拉致されたらしく、何も持っていなくて申し訳なさそうにしていたが気にするなと言ってやり、道中腹が減っては可哀そうなので、全員にビーフジャーキーを渡し別れる事とする。
他の犠牲者の荷物もあったが、それは後の調査団が分かる範囲で遺族に返却すると言う。
そしてクッコロさんは、流の姿が見えなくなるまで何度も何度も振り返り、大きく手を振って去って行った。
クッコロさん達と別れた後、流は鍵鈴を出し異怪骨董やさんへの門を開く。が、何故か開かなかった。
「あれ、なんで開かないんだ? もしかして元の場所まで戻らないとダメなのか?」
仕方がないが動かない体に鞭を打ち、来た道を体を引きずるようにして戻って行きながら、先ほどの戦闘の事を思い出すと不思議な事に思い至る。
中ボスを倒した時にはあれほど疲弊していたが、プと戦う頃にはそこまで酷くはなく、戦闘後も体こそボロボロなほど酷使はしたが中ボス戦後ほど酷くも無かった。
「これはもしかしてレベルアップとかしてんじゃないのか? まぁ今はそれ所じゃない、か。一刻も早く戻らなくては……」
やっとの思いで坂を登り崖の上まで来る。振り返ると緑の村は木々で覆われ見えなかったが、それでもその方角をジッと見つめていた。
「ふぅ、まさかいきなり死闘をする羽目になるとはねぇ。行商したいだけだったのに」
あまりの展開に苦笑いが出てしまうが、心は晴れ晴れとした気持だった。
「緑の小人を倒し、美しい姫君を助け、村娘を家に帰し、旅の商人に物を売れた……。これはあれなんじゃないか、俺、大満足では? うん、間違いない大満足だな! 何より『くっ! 殺せ!』を生で、しかも二回も聞けるとかこれ以上ないだろう! よし、帰ろう」
流は鍵鈴を出し一言呟く。
「ありがとう異世界、とても貴重な体験が出来たよ。では……開錠!」
障子戸が現れ、戸車も無いはずなのに何故かカラカラと音を立て開いていく。
無事に障子戸が開いた安堵感から、一気に疲労が解放されたように体が重くなる。
「さて、帰るか。実に……そう、実にいい最終回だった! さよなら異世界、こんにちは元世界」
そう言うと流は障子戸を後ろを振り返らずに潜ると、障子戸はまたカラカラと音を立てスっと閉まる。
そして、そこには何も無くなっていた。