007:死ぬまでに絶対聞きたい言葉
「うそ……だろ……」
流は絶句する。これまで見た緑の小人とは違って体格は人間の大人程あった。
その大きい緑の魔物は、鞣した皮で作られたひざ下まであるパンツをはき、頭には鳥の羽のような物で作った冠のような物を被り、両手には斧を持っていた。
それに見合う筋骨隆々とした上半身裸の男が叫んでいた。しかも聞き取りにくいが「人間の言葉で」話していたのだった。
さらに悪いことに、シックスセンスとも言える第六感なのか、ここから早く逃げろと胸の中で大騒ぎしている。
「グガ。オイ、ソコノ人間。ココニ居タ、ヤツラハドウシタ?」
流の方を指をさしている緑の小人(大人)の質問の回答者を探すかのように、流は自分の後方を見る。
「チガウ! オマエダ! ソコノ人間、オマエダ! 後ニハダレモイナイ!」
流はキョトンとした顔で、そっと自分の鼻の辺りを指さす。
「ソウダ、オマエダ」
残念ながらお尋ねの人物は流のようだった。
「オレ、ナニモシラナイ。インディアン嘘ツカナイ」
流はおもむろに何処から出したか不明だが、白い羽を一つ頭に付けると、流暢な言葉で誇り高き部族を彷彿とする言動で返してみる。
「オマエ、言葉オレタチとイッショ。デモ肌ノイロ違う」
「オレ、ニホン部族カラキタ。オマエ、ココノ長カ?」
「オレ、ココノ酋長ヲシテイル。名『プ』ト言う」
「オレ、ニホン部族ノ長ノ息子。名『ナガレ』ト言う」
緑の大人、プは「オオ~」と頷くと、流へと近づき肩を叩く。
「プ。酒デモ酌ミカワソウゾ」
「ナガレ。ソレハイイ! 実ニイイゾ!」
「プ。土産ニ最高の肴ヲ持ッテ来タ」
「ナガレ。ナラ、オレハ旨イ女ヲ味ワッテクレ」
「「ワハハハハハハハハ」」
お互いの高笑いが緑の村に響き渡る。実に平和的だ。不穏な言葉があっても平和ったら平和なのだ。
(幸いこの位置からじゃ元ボスもとい、中ボスの死体も見えない。ここは何とか会話で平和的に解決出来るのかも?……でも『プ』? 短くない?)
と疑問の思った流は――。
「トコロデ、プ。名、ミジカクナイカ? 他ニモアッタラ教エテクレ」
「ナガレ…………」
「ナンダ、プ。今宵はタノシモウゾ」
空気より疑問を優先した流は通常運転で質問する。
「戦士ノ名を汚ストハ許セン!!!!!! オレ、モット長イ名スキ、ダカラ首ヲハネテヤル!!」
「えええええええ!? 沸点低ッ! お前の頭はエーテルでも詰まってるのか!?」
言うが早いか、プは腰に装備していた手斧を両手に持ち斬りかかって来た。
「くっそ、結局こうなるのか、ヨっと!」
美琴で手斧を弾きつつ返した刃でプの右腕を狙う。しかしもう一つの手斧に防がれる。
「チィ!? 二丁持ちってのは厄介だな、ならこれはドーヨ?」
美琴を左右から流れるように斬りつける。最初こそプも対処に苦慮していたが、徐々に慣れて来たのか何合目かに一度反撃されるようになった。
その頻度が徐々に短くなり、やがては流が押されるようになる。
(クソ、あー! どうしたらいいんだこれ!? 地力が違いすぎるぞ。力・速度・防御力、どれを取っても勝てる要素が皆無じゃねーか! このままじゃジリ貧確定だ。習うより慣れろとはジジイの口癖だったが、チート級相手に実戦でっつーのはハードル高すぎだ)
あまりの理不尽さに防戦一方の流だったが、そこに思わぬ角度から攻撃が迫る。
「!? ヤバッ」
第六感が発動したのか、下からすくい上げるように攻撃される事を予感した流はアゴを思いっきり反らした直後、アゴがあった場所に手斧が容赦なく空を斬る――が、完全に躱せた訳じゃなく、アゴの中央に薄っすらと亀裂が走った。
「痛ぅ、馬鹿野郎! アゴが割れてICPOにスカウトされちまったらどうするんだよ! もしそうなったら、どこぞの大怪盗や日本から大脱走した楽器箱野郎より、真っ先にお前を逮捕してやるから覚悟しとけ!!」
軽口を叩くも全く余裕が無い流は、アゴを割られた事により冷静さを取り戻す。
その間もプの攻撃は留まる事を知らず、防戦一方の流を徐々に材木置き場の方へ追いつめる。
(何となく第六感と観察眼の発動条件をクリアしつつある気がする。特に観察眼の条件は多分『冷静さ』だ。そうなると今の状態がベストだが、体力的にそろそろ限界が近いッ)
流は状況を確認しつつ防戦する。プの攻撃により、ガードの上から容赦なく振り下ろされる手斧による衝撃で、すでに握力は限界に達しつつあり、何時美琴を手放してもおかしくない状況だった。
(もう……少し…………ここまで来れば賭けるきゃねー!!!!)
プの攻撃は更に激しさを増す。流が上段で受けると同時に、左からも手斧が迫り、それを避けたかと思うとXのように両手で手斧を交互に打ち付けて来る。
さらに追い打ちをかけるように、蹴りで流を崩れた木材の山へと吹き飛ばす。
「グボハァッ! ブハァア! ハァハァ」
背中から思いっきり打ち付けられ、顔面も丸太にぶつけたせいか口の中から血が零れ出る。
呼吸もまともにするのが困難な程に流は追いつめられるが、何とか震える足で立ち上がり、口元の血を袖で拭った。
「グウゥゥ痛い、つらい、手が千切れそうだ」
流の弱音を聞いたプの口角はニヤリと上がり、その臭く汚い犬歯がむき出しになる。だが――。
「だ……が……それがどうした!!!!!!」
流はポケットに手を突っ込む。その中から「片手に収まる大きさの真っ赤な角笛」を取り出すと、それを口元へ近づけ大声で叫ぶ。
『お前はそこで馬鹿みたいにつっ立って動くんじゃねえ!!』
角笛から半透明で膜のような音の振動が発生し、それがプの耳へと届いた瞬間、プは流を凝視するように睨みつけ一瞬動けなくなる。
――赤い角笛。それは〆が流へ持たせたバッグに入っていた骨董品の一つで、効果は一度きりで壊れるが「対象の思考を発した言葉へと誘導する」ものだった。が、格上のプにはそれも一瞬の事だが――。
「俺には究極美妖刀、悲恋美琴が居る!! ドラアアアアアア!!!!」
〝赤い角笛〟の効果で流への攻撃も忘れプは流を凝視するが、やがて動き出す刹那、さらに流の裂帛の咆哮! 赤い角笛の効果で流の言葉に呑まれていたプに、追い打ちをかけるような突然の咆哮に気を取られ、流の次の行動を許してしまう。
そしてそこから繰り出される美琴の斬撃により木材の崩れた山が真っ二つになり、そこにあってはならない者達をプは見てしまう。
「グガ!? オマエタチ! ナン、ダト?」
変わり果てた同胞の無残な姿にプは動揺し、赤い角笛で止まる以上に思わず動きを止めてしまう。
「BIGチャ~ンス到来!」
流は精神を落ち着かせて観察眼をフル稼働させる。するとプの体に変化が現れ、淡く光る部分が浮かび上がるのを確認する。
「右肘・左上腕・右足首の三か所! この刹那に全てを賭ける!! ブッ飛びやがれ!!!!」
まだ立ち直らない「緑の大人」へ、観察眼で視えた弱点を見抜いた流は、美琴から流れる膨大な妖力を「ジジイ流剣術」に乗せて勝負に出る。
――ジジイ流剣術とは、流の祖父から幼少期より「理不尽に叩き込まれた実戦剣術」の事である。それは標的を「確実に屠る」事を前提としたもので、流派等一切明かされず、文字通り死ぬ思いで叩き込まれた「必殺の業」である。そしてその中の一つの業が今放たれる――
「ウオオオオオオオオ!! ジジイ流・壱式! 三連斬!!」
「グギャガァァァナガレェェ!! ギュガアアアア!!」
流は左足を思いっきり後ろへ下げた格好から、前かがみより低く姿勢を下げ、下方より素早く斬り上げ三連を放つ。
プは両腕、右足首を失い後方へ吹き飛び、それにより武器を持つことはおろか、立つことすら出来ない状態になった。
「プよ。俺は某戦闘民族とは違って殺れる時は躊躇しない、これも戦の習いゆえ許せよ」
容赦なく美琴を上段に構え、プの心臓と思われる場所へと振り下ろす――瞬間にそれは起こる。
「ッ!? なんだ??」
苦しむプがさらに唸り声を捻りだす。その様子は母が子を生すが如く、まるで「生みの苦しみ」のような声で低く呻く。
「グギュアアアアアアッ!!!!!!」
そのうめきが絶頂を迎えた頃、プの斬り落とした場所の手足が突然盛り上がり、突如『再生』したのだった。
「なぁ!? まさか俺がフラグ立てたからって事は無いよな? な?」
大事な事だから二回言いましたと、流はアピールするが誰もいない。
「嘘だろう……どうすんのこれ……」
プはゆっくりとだが立ち上がって来る。
「グガァ! ナガレ、オマエ、ヤッテクレタナ!! 許サンゾ!!!!」
――――絶望。
そんな言葉が流の脳裏にこびり付く、しかし不思議と怖くは無かった。むしろ妖刀だからか、美琴から伝わる鼓動が流の心に平穏をもたらす。
「ふぅ~、こうなれば異世界で散るのもやむなし……か。美琴、悪いが付き合ってくれよ?」
そう言うと美琴は強く震え返した。
「すまんな、久しぶりに外に出れたばかりで、こんな未熟者と最後を共にするとはな……が、このまま素直に死んでやる程、俺はお人よしにはなれそうもないのがツライ所ってなぁ~」
(もう手が限界だし防御は不可能。首を狙うにもガードも堅く、さっき観察眼で見えなかったからそれも無理。奇を衒い、最後の渾身の一撃を心臓へ打ち込めるかどうかだな……でもあるのか、左側に心臓? まぁやってやるさ!)
覚悟を決め、美琴を八相に構える。プも片方の左の腕はまだ本調子じゃないのか、右手だけに手斧を拾い上げこちらを睨み動き出す。
「来る! ――――――え?」
攻撃をしてくると思ったプは、何故か流に背を向けて遁走する。何が起こっているのかと混乱した流だが、今になって状況が掴めた。
プの生命力が最初から見ると段違いに落ちている。雑魚の緑の小人と大差がない程にまで弱っているどころか、むしろ少し弱くさえ感じた。
「な!? え? 待て!! って、そっちは小屋へ向かってるのか?」
プは小屋の中でも一番大きい小屋、プが出て来た所へ向かって爆走している。
遅れて流も追うが、体力的に限界を超えており速度が出ない。結果、プの方がかなり早く小屋に着いた。
「クッソ! 俺の絶望を返せ、要らんけど! って何をするつもりなんだ、まさか武器でも隠し持っているのか?」
プの後を追っている最中に焚火が目に入り、そこに落ちている肉が目に入った。そこにあったのは人の肘から下の腕であり、それを焼いて食べていたと言うのが先ほどの光景から想像がついた。
「ウ!? あいつら人間を食べて……って、あの小屋の中に複数の生命反応があったが、まさかプは体力を回復するために食事をしに行ったのか?」
今なら苦もせず決着が付けられると思った流は、色々な意味でゾっとしながら小屋に向かって急ぐ。
すると小屋から悲鳴が聞こえ、小屋のドアが勢い激しく開け放たれた。
見るとプは左手に娘を抱いていた。その娘を良く見ると、流が最初に目撃したドレスアーマー姿の娘が居た。
「ガァ、ナガレ、オマエ、コレ見ロ! 女、殺サレタクナケレバ、帰レ!」
プに抱かれたままの女騎士は、涙を流しながら必死に逃れようと抵抗する。そして逃れるために最大限に抗った。
が、それを無理だと悟ったのか、淑女の最後の抵抗を無形だが「ハッキリとした形」で証を言い放つ。
「くっ! 殺せ!!」
流は目を激しく見開き懇願する。それは願うように、祈るように。
「も、も、も――もう一度言ってくれ!!!!」
「ダカラ、ナガレ、オマ――」
「違う!! お前じゃない、そこのお嬢さんだ!!」
プの言葉に被せるように言い放つ流に、プも、女騎士も困惑する。
「は、へ? 私ですか?」
「そう! フロイライン騎士。今、そこで言った羞恥より魂の解放を求めた抵抗の証を! 今の貴女にしか言えない自由を求める言葉を聞かせて欲しい!」
「コレ以上、クルナ! ワケガワカラナイ、コトヲ言ッテナイデ、カエレ!」
目の前に迫る流に、プは女騎士の首に手斧を近づける。本気の表れか、その首筋に薄っすら血が滲む。
「あぁ、帰ってやるさ。フロイライン騎士からの『アノ言葉』を聞ければな」
流はおもむろに美琴を納刀し、肩をだらりと下げリラックスした姿勢になる。
「剣をしまうなんて!? 貴方まで私を馬鹿にするのですか!!」
助ける気がまるで無い流の仕草に絶望した女騎士は、最後の抵抗を今、その口より放つ。
つまり――――「くっ! 殺せ!!」
「その言葉が聞きたかった!!」
瞬間、流は腰を落とし、美琴を鞘から超高速で抜刀する。
「ジジイ流抜刀術! 奥義・太刀魚!!」
――日本の海には太刀魚と言う魚が居る。その魚は字の如く研磨した太刀のような眩しい銀鱗を持ち、その歯は鋭く触れるものを容赦なく切り裂くほど鋭利な物だ。普段はゆらりと幽霊のように佇むが、いざ獲物を噛み砕く時はその長くシャープな体躯で、襲い掛かる様を業として昇華したのが――
流の放つ剣筋が、太刀魚の体が太陽光を反射した銀光のように、プの首筋に鋭く吸い込まれていく。その斬撃は太刀魚の歯の如く、鋭く、そして深く――切り裂く!
「グギャァ!? カエル、言ッタ、嘘……ヅ、ギ……」
銀の閃光がプの首を違和感なく斬り飛ばし、泣き別れた首は断末魔を上げながら宙を舞う。
「そう、俺は嘘吐きだ。だがこれだけは覚えとけ、インディアン嘘ツカナイ!」
美琴を半円勢いよく振り抜き、血糊を飛ばした後、鞘に納めると〝チンッ〟と小気味よい音がし、戦いの終わりを告げるのだった。
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特に☆☆☆☆☆を、このように★★★★★にして頂けたら、もう ランタロウ٩(´тωт`)وカンゲキです。
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