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076:鎌鼬の夜景

 周囲に響く〝シュガッ〟と響く聞いた事の無いような轟音の後、大使館右側の三階と二階が斜めにズレ始める。


「オイオイオイ……静かにって言われてるのに!! どーすんのよ俺!?」


 亀裂が走る場所へ向かい、緊張感の無い絶叫を流が頭を抱えて叫んでる間にも、大使館の建物は今生の別れを惜しむかのように、ゆっくりとズリ落ち落下し始める。


「ギャアア! 落ちたぞおいいい!!」

「ご安心を御館様。確実にお任せを……あ、微妙な言葉でしたね」

「は?」


 突如流の背後より現れた、執事服を着た黒髪黒目の褐色肌の少年が、流の前へと進み出ながら話す。

 少年は何事も無いように右手の親指を〝パチン〟と鳴らす。


「俺は、夢でも見てるのか……?」


 流はまるで白昼夢を見ている気分で「落ちた建物が元に戻る」のを呆然と眺めている。

 それは逆再生でもしているかのように、建物が地面へ激突する間際でそれは止まり、ゆっくりと元の場所へと戻るのだった。


「元に戻った……って、お前はウチの執事の一人だよな!?」

「はい、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。それと私の名は『ジ・レ』と申します」

「ジ・レか、こっちこそよろしくな。それにしても助かったぞ、正直――ッ 疾風発動ッ!!」


 突如背後の危険を訴える第六感が、けたたましく警鐘を鳴らす。

 背後を確認するまでも無く、流は疾風を発動させると、目の前のジ・レを抱きかかえ真横に飛び退く。

 それを見たジ・レは満足そうに頬を緩め頷いていたが、流にそれを確認する余裕はなかった。


「アヴァアアアッ! キザマァァ 死のぐにへいげえええ!!」

「モーリス!! お前そんなになっても生きてるのか!?」


 モーリスの放つ「死門開放」をギリギリの範囲で避けるが、折角ジ・レが直してくれた屋敷の壁に大穴がポッカリと空く。


「くっ……あんな折れた剣でも出来るのかよ! チィ、また眼が吹っ飛んだ、起きろ寝坊助! ジ・レは危険だからすぐに屋敷へ帰れ! ここは俺がなんとかする!」


 ジ・レは感極まったように、人懐こい顔を綻ばせながら何度も頷いて居る。


「流石〆さんがアル……っと、これはまだだったかな。とにかくその漢気と行動に、ボクはいたく感慨しました。あ、微妙な言葉でしたね」

「お前何を言ってる! それより早く逃げろ!」


 そうこうしていると、モーリスの分かれた体がズリズリと這いながら一つに戻ろうとしている。


「お優しい! でもご安心ください。悪魔の倒し方をこれから教えますね!」

「ジ・レ、お前一体……」


 ジ・レはニコニコと笑いながら、モーリスへ何の警戒も無く近づく。

 間もなくモーリスは体が再生したようで、むくりと立ち上がる。


「オマエ! 随分とふざけた真似を何度も何度もしてくれたな!? もうこんな屋敷なぞ要らん! 全て吹っ飛ばしてやる!!!!!!」


 モーリスの体がさらに膨らみを増す。

 その体は大型の蜘蛛のように背中が膨らみ、手や足も倍以上に膨らんだ事により、着用していた衣服が全て吹っ飛ぶ光景は、某拳法使いも真っ青な吹っ飛びようだった。


 体から魔力が暴走し、それがモーリスの体に満ち溢れ、魔力が暴走爆発する寸前だと言うのに、まるで羽虫を見るかのように、ジ・レは呆れた声で話す。

 

「やれやれ、醜悪な本体だね。小物程昆虫に似るってやっぱり定説なのかな?」

「何だと!? お前こそ何だ? 私は悪魔の中でも上位に位置する大悪魔だぞ!」

「大悪魔ねぇ……。ねぇ小物君、ボクはキミを『パンデモニウム』で見た事ないんだけど?」

「はぁ~ん? 知っている訳が無かろう、大体パンデモニウムは選ばれた悪魔し……か…………え゛?」


 ジ・レは本当に呆れたと言わんばかりのジェスチャーで、両手を広げながら首を左右に振る。


「だからさ、知らないんだよ。キミみたいな小物はね」


 その瞬間、ジ・レから膨大な魔力が解放されモーリスを包む。


「ひぃぃぃぃ!? こ、この魔力わぁあぁぁ!! オマ、いえ、貴方様はあああああ!?」

「下賤に名乗る名は無いし、それは乗り合いバスに置いて来たよ。あ、微妙な表現だな」


 後ずさりながら逃げようとするモーリス。

 それを一瞬で逃走方向へとジ・レは移動すると、流へニコリと微笑みながらレクチャーする。


「お館様。悪魔はですね、基本死なないのです! ではどうするかと言うと、コアと言うべき心臓が複数存在します。例えば最初に御館様が貫いた左胸もその一つですね! あれは見事でした!」


 そう言いながら、ジ・レはモーリスを蹴り上げる。


「グヒィィ!?」

「この小物君はコアが三つあります。二つ目はヘソの部分……ココですね!」


 落ちて来るモーリスのヘソの部分へと、ジ・レは見えない何かで大穴を開ける。


「ぐふぉっ!!」


 モーリスは青色の体液を吐き出しながらも、尚逃走するために這いずり回る。


「おっと、まだ最後が残っているでしょう? 大人しくしてなさい」


 黒く太い棒状の何かが突如上から降って来て、モーリスの六本の腕と肩、鳩尾、太腿を貫く。


「ぎゃぎゃぎゃああああああああああああ!!!!!?」

「さて、御館様。少し煩いですが、悪魔の体の仕組みはご理解いただけたかと思います。最後にこの小物君のコアは、何処にあるかお分かりですか?」

「そ、そうだな。いきなりで驚いたが……ああ、視えた。左足の裏、だな?」

「はい! その通りです! 流石お館様は筋がいい。では今回は汚い足の裏なので、ボクが処理しますね。悲恋美琴をそんな所へ突き刺すのも可哀そうだ」


 そう言うと、ジ・レは杭の刺さったままのモーリスを、蹴り上げると同時に杭も消失する。

 そして右手の指を「パチン」と鳴らすと、モーリスの左足裏から肩へと貫くように円柱状の黒杭が貫くのだった。


「アババババババババババアアアア!?!?!?」

「汚いなぁ……お館様が汚れたらどうする。っとこんな感じで全てのコアを破壊する事で悪魔の行動は停止します」

「そ、そうなのか。あまりの出来事に放心しっぱなしだ。で、このまま放置って訳にはいかないんだろう?」

「はい、これを魔界へと送る事になりますね。通常はこの状態で自動的に魔界へと送還されて、復活まで数百年はかかりますね。ただ、この小物君は悪魔のルールを破ったので、万年単位で復活できませんね」

「やっぱりそう言うルールってあるんだな……」


 それを聞いたモーリスは絶望に顔を染める。


「やめ゛……ゆる、ぢて……」

「あ~だめだめ~。魔公のボクの前で、そんな事を許せるはずないじゃないか。地獄に落ちろ、悪魔め! あ、これ一度言ってみたかったですよね。えへへ」

「ぞんな……四公ざまだったなんでぇぇぇぇぇ塩になふのはヤダアアアアアアアアアア」


 モーリスは体が徐々に塩のようになり、顔を苦痛に歪め、泣き喚きながら沈黙するのだった。


「うっそだろう……お前も悪魔……なのか?」

「はい! あらためましてご挨拶を。魔界で貴族の筆頭を務めます、四公爵の一人『ジ・レ・ドレバヌス』と申します。愛称を込めてジ・レとお呼びくださいね」


 そう言うと黒髪の少年は男女共に魅了される、実に可愛らしい屈託のない笑顔で微笑むのだった。


「なッ!? 魔界の貴族!! 筆頭って事は爵だというのかよ……ちょっと待ってくれ! そんなとてつもない悪魔が、何故俺の執事になんかになっているんだ?」

「あはは。そう固くならないでくださいませ。理由はそうですね。昔むか~しの事でした。〆さんが突如魔界へと『遊びに』来たんですよ……。そしてボクのお城にも来ましてね。壮絶な……。まあ〆さんにはそのつもりないでしょうけど、まぁ壮絶な事が色々ありましてね。う、ぅぅぅ」


 そう言うとジ・レは、ハイライトの消えた目に涙を浮かべ、遠い……それは遠い深淵の底を覗くような目で遠くを見ていた。


「そ、そうか。ジ・レも色々大変だったんだな。なんかその、悪かったな」

「やめて下さいよ~。そんな謝られたりしたら〆さんに何をされるか……(ぶるり)」

「いや、ホント迷惑かける……はは」

「あはは……」


 互いに居た堪れない雰囲気に、乾いた笑いで返す二人。


「ああそうだ、モーリスの契約外で縛られている姉妹が居るんだが、この後どうなる?」

「う~ん。本来なら歪な契約の解除をボクがしなきゃいけないんですが、御館様はそれをお望みじゃないんですよね?」

「ああそうだ。出来ればこのまま本人の気が済むまで、罪滅ぼしをさせてやりたい」

「でしたら~、そう。ボクは到着が遅れて、すでに小物君は塩になっていて詳細不明だった……と言う訳ですから仕方ありませんね」


 そう言うとジ・レはペロリと舌を出して微笑む。


「助かる。それにしてもお前は凄い魅力的な顔をしているな。悪魔ゆえか?」

「な!? 何を言うんですか~恥ずかしいなぁもう」

「ははは悪い悪い。でもまぁお陰で助かったよ、俺もあの姉妹も。サンキューな」


 ジ・レは「いえいえ」と褐色の頬を朱色に染めつつも、塩になったゴミを見る目は冷たかった。


「さて、このゴミは本来勝手に魔界へ戻るのですが、ここは異世界ゆえ誰かに回収されても面倒ですので、ボクが処理しておきます。御館様はお気になさらずお戻りください」

「そうか、助かる。じゃあよろしく頼む」

「はい、お任せなさってください。あれ、これも微妙な言葉ですね」


 そんな微妙な表現をするジ・レを残し、流はオルドラ大使館を後にする。

 この屋敷には大使館で働く者やメイド等誰にも会わないで来た事を不思議に思うが、それも入り口前へ行くと原因が分かった。


「壱:古廻はん! ご無事だったんでっか! 良かったわぁ。ジ・レのガキがスッ飛んで行ったんで、何事かと思いましたやん」

「お? 壱も元気そうで良かった良かった。で、男と女二人がここに来たと思うが、三人はどうした?」

「壱:ああ、あいつらでしたら右にある木の下に纏めてありまっせ」


 言われた方を見ると、正門の右側にある木の下で三人がぼーっと屋敷を見ていた。


「さっき見た光景が忘れられないね、ミレリアお姉ちゃん……」

「ええそうね、お屋敷が斜めに切れて、それが地面に付く寸前で元に戻るなんて……」

「ああ、まったくだ。しかもその後に出来た大穴……なんだありゃ……きっとナガレの旦那に違いない」

「「だよねぇ……」」


 三分の一は正しいが、残りは冤罪だと言いたいのをグッと我慢した流は、ヒクつく頬に笑顔を浮かべて三人の前へと現れる。


「よう、無事着いたようだな」

「「ナガレさん!」」

「ナガレの旦那もご無事で良かったです、正直ダメかと思いましたよ。屋敷がずれ落ちた時はね。それにしても凄い人だ……俺達なんざ敵うはずもない、敵対した事が間違いだったんだと、今なら骨身に染みてますよ」


 するとロッキーの背後に五人の薄っすらとした影が現れる。


「それが分かっただけで運が良かったな。確かお前は情報部隊の……。そうだ、特殊能力持ちのロッキーだったか?」

「っ!? あ、あんた達は?」

「ああ、そいつらはキルトとその部下達だ」

「キルトのアニキ!?」


 驚くロッキーを尻目に、キルトは片膝を折り、流へと報告するのだった。



◇◇◇



 余談だが、この大使館はそれなりの観光スポットだったりする。

 夜も魔具によるライトアップがされており、この日も観光客や恋人達がまばらだが訪れていた。

 その中に著名な画家がたまたまおり、ズレ落ちた屋敷を見て大興奮した彼は、その驚愕の光景を一枚の絵画に封じ込める事に成功する。


 後にその絵はプレミアムが付き、好事家たちが競って手に入れようとあらゆる手を使った。

 そんな名画の題名はシンプルだが、ありえないと言う観点からこう命名された。


 題:鎌鼬の夜景 






殺盗団も本部が壊滅して大打撃となりました。

ここまでは、いかがでしたでしょうか?


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