074:決戦オルドラ大使館~EX
「それはまた随分なご挨拶だな。会ったばかりで『短い間』とは」
「はっはっは。言い得て妙でございましょう?」
「はっはっは。正しくそうだな、違いない」
互いに太々しく口角を上げて笑い飛ばす。
「で、悪魔の契約はそんなに軽い物なのかい?」
瞬間、空間が凍り付くように圧迫する力が押し寄せる。
「……何の、話ですかな?」
「なに、単純な話だ。お前のお気に入りが壊れたって話さ」
それを聞いて、モーリスは慌てて衣服の胸の内側へ手を滑らせる。
そして取り出した箱の中を確認すると驚愕の表情を浮かべた。
「なッ!? 馬鹿な! 人の身でアレに敵う奴など、そうそういるものではない……キサマ、何者だ……?」
「おいおい、耄碌したのか馬鹿なのか。自分でさっき言ったろう? 俺は古廻流。大商人になる漢だ」
「そんな商人が居てたまるかあああああああああああああ!!」
モーリスは整った青髪をかき乱し、ありえないとばかりに流に迫る。
「アレは強力な俺の加護を与えた物だった! それを簡単に壊せる者なぞ存在してたまるか!!」
「そうは言っても出来たもんは仕方ない、そうだろ?」
「ック……で、お前はここへ何をしに来たんだ?」
「なに簡単な事さ、残りの姉妹を開放に来ただけだよ」
「解放だぁ? 馬鹿かお前は。そう簡単に手放すものかよ」
我が意を得たりと流は反論する。
「では聞くが、お前は悪魔のクセに契約も無しに魂と肉体を好きに出来るのか?」
「……当たり前だ、あの二人の姉と契約済みだ」
「それだ、そこがおかしい。悪魔の契約は一人の契約者で複数縛る事は出来ない。それはお前達のルールで、ある意味神聖なものだと思うが?」
「神聖と言うな! 反吐が出る!!」
「で、疑問に答えていただきたいのだが?」
「そ……それは……」
モーリスは言い淀む。
「悪魔だからこそ、そのルールは絶対であるはずだ。だからこそ強力な力と引き換えに、契約者の魂やら肉体を自由に出来るんだからな。なのに何故お前はソレを無視している? まるで『制裁』がないようじゃないか?」
その言葉に絶句した。なぜなら現地人が知り得ない情報だし、何より「この世界」では誰も知らないはずの話だ。
その言葉の意味は誰よりも、説明されるまでも無くモーリスは知っていた。
破れば恐ろしい罰則がある、と。
「まさかお前は……あ、あちら側から来た……のか?」
「だったらどうだと言うんだ? 別にお前を追ってきたわけじゃない。そこだけはハッキリと明言しておこう」
その言葉に安堵の表情を浮かべるモーリス。
しかしそんな規格外の存在がここに居る事を思い出すと、恐怖と言う名の絶望に押し包まれる。
「し、しかしアンタは悪魔ではないし、神の手先でもない! 一体何の目的で私の前に顕現したんだ!?」
「顕現とは大げさな。だから言っているだろう? 残された姉妹の解放、及び契約が切れた状態での現状維持だ。おっと、ついでにこれが俺の趣味でもある」
「そんな事が出来るなんて聞いた事がない……」
「今聞いたろ?」
「な………………ッ」
モーリスは絶句しながらも、目の前の正体不明の『敵』をどうしたらいいのか考える。
(考えるのです、こんな訳も分からない小僧にいいようにやられてはいけない。しかしあちら側の『理』を知る敵でもある。ならばッ!!)
「分かりました、姉妹の魂と奴隷権限は貴方へ譲渡しましょう。ただ一つ条件があります」
「条件が出せる立場ではないが聞いてやってもいい。聞くか聞かないかは別だがな。それより俺の呼び方を統一しろ」
「クッ……なに簡単な事です。それはシンプル・イズ・ベスト、つまり……」
「あ~はいはい。俺にシネってね」
「ご明察恐れ入れます。んぢゃあああしねええええええええいいい!!」
「悪魔ってこんな浅慮な奴ばかりなのか? これは酷い」
流は襲い掛かるモーリスの短剣を美琴で受け流す。
流石悪魔だけあって剣撃の質は相当の物であり、正面からの二連撃かと思えば、上下から同時に襲い掛かかる剣の槍と化し、油断すれば円形状に剣撃が襲い掛かる。
それ等を軽く手首を捻る様に、美琴を微妙に角度を付けて反らし、時には打ち上げるように払う。
不利と悟ったのか、短剣を流へと投擲しつつも、何処からか出した新しい短剣でコマの様に横回転をしながら、八連撃を仕掛けて来る。
だからどうしたと言わんばかりに受け流す流は、連撃が止まった瞬間に袈裟懸けに斬り割く。
「っく!? ハァハァ、何故だああ! 何故これ程の攻撃で傷一つ付かないッ!?」
「え? 実力の差ぢゃね? 言わせんなよ、恥ずかしい」
「なッ!?」
「それにだ、ボルツの方がよほどお前より強かったぞ? あれの蹴り技には死にそうになったからな」
「蹴りだと? 馬鹿な! あの人形には毒蛇拳を与えていたはずだ!」
「あ~、あのヌルヌルのキモイ蛇か? それなら真っ二つにしてやったよ」
「馬鹿……な……」
「それにだ、お前程度には『ジジイ流』を披露するまでもない」
モーリスは何を言われているのかも分からなかったが、それでも『悪魔』としてのプライドがソレを許さなかった。
「大体どうなんだ? 契約者の姉はすでに『契約解除』になったようだし、お前ボルツを騙したろう?」
「知らんな、勝手にボルツなる者が勘違いしただけの事」
「勘違い、か。つまり指摘出来たのにしなかった訳だ。oh~神よ、悪魔の風上にも置けないゲスなモーリスに『祝福』をお与えください! エーメィンッ!!」
「ぶごろっぺがぁあああ!? お前、お前、お前ェェェッ!! 何さらっと神に祈りを捧げている! しかも私の事を願うだと!? 真正の馬鹿なのか!!」
「あ、いや、ごめんね。そこまで苦しむとは思わなかったんだ……てへぺろ」
「殺してやる……第七地獄の苦痛よりさらに酷い目に合わせてやる!!」
流はどこぞの狂気その物が神父のように、モーリスへ神の慈悲を乞う。
そんな神との接点は、クリスマスの時しか思い出さない「不心得者の願い」にもかかわらず、それなりのダメージを与えたようだった。神様偉大過ぎ。エーメィンッ!!
モーリスは冷静な考えが吹っ飛んだ様子で、青髪を掻きむしる。
冷静さを失った顔は怒りで真っ赤だったが、徐々に青く変わっていく。
すると背中が膨れ始め突如爆ぜたかと思うと、中から左右合わせて四本の青い腕が這い出るように出現し、その手には短剣が握られている。
顔や手、そして破れた服の隙間から見える肌の色は、全身青色になったのが良く分かる変身ぶりだった。
「こっちが本体って訳……ね」
モーリスは全ての手に短剣を持ち、その中でも真ん中の腕二本で、短剣を手に流へと迫る。
刹那、流の第六感がけたたましく警鐘を鳴らす。
「何だ!? チィッ! 疾風発動!!」
流はコンマ八秒を無駄にして疾風を発動する。
直後、流が居た場所に直径四メートル程の暗闇が出現する。
闇は円形状で、それが床から数センチ浮いており、奥へ吸い込むような渦が巻いていた。
しかし徐々にそれも薄れて来ているようで、外側から徐々に崩壊しだす。
「……逃したか。まあいい、次の開門まで見逃してやる」
(開門だと? どこかへ繋がるゲイトって訳か。どの道ろくな場所じゃなさそうだな。それより問題はこいつ等か)
流は百鬼の眼が全て閉じた感覚を感じていた。
理由は分からないが効果を止めていた百鬼の眼を、疾風を発動するために再発動した瞬間、全ての眼が閉じてしまった。
(これはアレか? 圧倒的な力って程でもないが、多分ゲイトが原因かもしれない。それか悪魔には効果が薄いとかか? 何にせよ残り八眼あったものが一瞬で持って行かれた事実は変わらないか。フッ……なら取る手は一つ!)
「ヒィィ~!? 悪魔の旦那ぁぁ!! 一体何をしたんですかい?」
「馬鹿にしてるのか貴様あぁ! まあいい。ふ、フフフフ……ハハハハ~!! どうだ。これが俺の本当の力だ!」
これまで一方的だった展開が、自分の業一つで覆す事が出来た事に酔っている悪魔がそこに居た。
「実に子悪党臭いですが、そのお力は本物です! その短剣であんなゲイトを開くなんて凄すぎるっす!!」
「何だか馬鹿にされている気もしないでもないが……いいだろう。別に知れたとて、どうと言う事は無い。そうだ、この『極楽送りの双剣』の力だ。凄かろう? 欲しかろう? ククク」
「おお! それは凄いですねダンナ!! で、何処に繋がってるんです、アレ?」
そう聞きながらコッソリと「起きろ寝坊助」と付け加えるのも忘れない。
「ん? 最後が聞き取れなかったが……まあいい。気分が良いから教えてやろう。簡単だ、あの穴の行きつく先は『死の国』だ。残った人形達から聞いたんだろう? あいつらの解放を願っているお前だ。なら同じ所へと送ってやれば寂しくもないだろう? あぁ~、私はなんて優しいんだ」
「そうなんですかい!! いや~、心の広いダンナだぁ。で……死の国ってのは地獄の事ですかい?」
「ンンン? まぁそうだな、魔界と地獄の中間って感じか。と、言っても分からないだろうがなぁ?」
(コイツは本当にここの大使なのか? あまりにも馬鹿すぎる)
流は内心呆れながらも、モーリスから情報をさらに引き出そうと心にもない事を話す。
それに気が付かず、快くしたモーリスはマヌケにもさらに情報を提供する。
「流石ダンナ! 人知の及ばない知恵も力も持ってるなんて尊敬シチャウナ~」
「ククク、そうだろう、そうだろう。それが俺がここの大使に任命された理由の一つでもあるからな」
「それは……何ですかい?」
モーリスは実に得意げな顔で話し出す。
「フフン。それはなぁ~、私が死の国へと魂と肉体を送る事が出来るのは分かるな? そこでこの町で得た質の良い『魂力』をオルドラ城へ送る事で、来る日に備えるのだよ。まぁ私も品質管理のために味見は少しするがな」
「来る日……ですかい?」
「ああ、そうだ。っと、いくら死にゆくお前にでもこれ以上は言えんなぁ。どうだ、楽しんでくれたかな?」
「ええ、それはもう…………馬鹿の見本市をこれでもかと披露されて、お腹いっぱいになるほどにはな」
「ッ!? だ、騙したな!! 悪魔より悪魔的な言動をするヤツがッ! この、悪魔めッ!!」
「悪魔に悪魔って言われた俺って一体!?」
憤慨するモーリス。驚愕する流。二人の思いは今「何て酷い奴!!」と言う思いで一杯だったが、どっちもどっちだと美琴は思うのであった。