067:百の瞳と破れぬ守り
――あれ? 誰だ……ここは何時もの茶菓子の美味い店か……またあの音が聞こえる……魂を削る音なのに、どうしてここまで綺麗なんだ……(こ……さ……ま…………)
何処か遠く。今では手の届かない果てしない場所に居た流は、唐突に意識を引き上げられる。
「古廻様。お休みの所、大変申し訳ございません。愚兄より報告です『全ての準備は整った』との事です」
今だ夢と現実の区別がつかない流だったが、今やるべき事はハッキリと理解した。
そして、まどろんで居た意識から覚醒した流は上半身を起こし、両手を上に突き上げ伸ばす。
「そう……か。ん、じゃあ~行こうじゃないか。俺の覚悟を本物にするためにな」
「はい、どこまでもお供いたします」
畳に正座をしている〆は、三つ指をついた面を上げる。
「お前、顔真っ赤だぞ。大丈夫か? 因幡に見てもらおうか?」
「いえ……これは草津の湯でも治らないと言う、伝説の奇病ゆえ……お気になさらず」
「そうなのか? まぁ気分が悪くなったら何時でも言ってくれ、それにしても不思議な病もあったものだ」
「はぃ……」
古い物が好物なくせに、なぜかこういう事には無知な流に隙は無かった。
〆が用意した和風でスタイリッシュに改造した、スーツのような漆黒の衣服を身に纏い、身支度を整えた流は、美琴を右手に持ち部屋を後にする。
来た時は心安らぐような廊下や庭の雰囲気は、現在は高揚感が湧き出るような色彩とオブジェに変わっていた。
それを見ながら流は口角を上げ思う。
(ハハ、完璧だ〆! ここで引いたら俺はただ勢いに流された屑だ。見ててくれ、まずは寝ぼけた精神を叩き起こす!!)
「〆、敵の情報をくれ」
「はい。商業・冒険の両ギルドより、凶賊である殺盗団の討伐として『オルドラ大使館』への攻撃が許可されました。また殺盗団の首魁の一人である男も、現在大使館に今だに潜伏中のようです。それにより大使館内部と周辺には、殺盗団の手の者と思われる雑兵が複数配置されているとの事です」
「向こうの時間とこちらの差異は?」
「現在の設定で、約八時間となっています。古廻様がコチラへお帰りになった時間と、それほど変わりは御座いません」
「……それ、反則ぢゃね?」
「うふふ。異界骨董屋やさんですから♪」
「デスヨネ~」
廊下を歩きながら現在の状況を把握し、両ギルドが思い切った行動に出た事と、それを許可するまでの時間が短い事から彼らの熱意を窺える。
さらに細かく報告を聞きながら、店内へと続く暖簾へと差し掛かった所で流は足を止めた。
「〆、店内へ入る前に聞きたい事がある」
「はい、なんでございますか?」
「五老と呼ばれる存在についてだ。あいつらの声は聞こえるが、未だにその姿を見た事は無いんだよな。店内のどの辺りに居るんだ?」
〆はその問いにどう答えたものかと少し考えてから答える。
「五老ですか……愚物共のまとめ役と自称していますが、確かにあの中では飛びぬけた力を保有し、また道具の異界渡りの最終許可を出しているのも五老です。無論私にかかれば即、滅却出来ますのでご安心を。それで五老が置いてある場所ですが……」
そう言うと〆は、申し訳なさそうに次の言葉を話す。
「あれは古廻様が真の力を開放しないと、見る事は困難かと思われます」
「鍵鈴の印か。と言う事は、この右手の刻印が完成しないとダメか……まあそれなら仕方ないか」
流は気持ちを切り替えるように〆に次の行動を促す。
「よし、あちらへ到着次第、殲滅しに行こうじゃないか?」
「畏まりました。今回の敵は大使館周辺の屋敷や、路地裏にも潜んでいると報告がありました。大使館自体には魔法的な結界が張られており、美琴で斬り裂けば突破は簡単ですが、破壊音が響きますので敵が殺到すると思われますので御注意くださいまし」
「ん? 殺到するとまずいのか?」
〆は「あっ」と可愛く手をポンと合わせると、その訳を説明する。
「実は両ギルドよりの通達で『出来るだけ静かに、何事も無かったようにして欲しい』との事でございます」
「んなムチャな~」
「うふふ。古廻様なら何の問題もなく完遂ですね」
「またムチャな~」
両ギルドの無理難題をこなしていると言うのに、さらに上乗せしてくる難題に頭を悩ます流。
しかしそれが提示された以上は、それを遂行するために思案する。
(と、なると俺一人では難しいか? 今から応援ともなると、それも難しいな。賊だけに逃げるのも早そうだしな。それにこの依頼、やはり裏がある気がする……)
「一応確認だが、こちらの増援の予定は?」
「残念ながら古廻様お一人でとの事でした。私共の手勢を配置いたしますか?」
「いや、俺一人でやるよ。多分だが……理由は分からないが、両ギルド共に俺のランク。もしくはそれに準ずるモノを上げようとしている気がする。殺盗団の壊滅を俺一人に依頼する無茶ぶりな事と言い、そして俺の屋敷の件でもそうだが、あまりにも好待遇が過ぎる。まるでトエトリーに縛り付けるかのようにな」
〆は少し思案顔で床に目線を落とす。
「そう、ですね……確かにまあまあの待遇ですね。私的には、古廻様に無礼な少量の報酬で、怒り心頭ですが」
「おいおい、お前はどれだけの物を望んでいるんだよ」
「うふふ。そうですね、最低この町を報酬に寄越すくらいですかね?」
「聞いた俺が馬鹿だったよ」
「あら、酷い言われようですね。ただ露払いくらいはお任せを。丁度、今回拾った手駒の動きも見たいので」
「あぁ、例の奴らか。分かった、大使館の外に居る奴らを任せる」
軽い冗談を飛ばしながら店内へと入ると、流は陳列棚をぐるりと見渡す。
「さて、〆衛門。俺としては隠密行動に特化した骨董品がとりあえず希望だが?」
「うふふ。はい、既に考えてあります。古廻様のお力が上がった事で、新たに選択が可能になった物があります」
そう言うと〆は天上へ向けて、一言「夢見姫、例の物を」と告げる。
すると天上板の一枚が横にずれて、夢見姫が陶器製のような箱を手に持ち降りて来る。
「オ待タセイタシマシタ〆様。コチラガ今回ノ道具ニナリマス」
よく見ると、陶器製の箱には「封」と「印」と書かれた札が貼ってある。
どう見ても尋常じゃない箱を受け取とり、〆は蓋を開く。
「これはまた……大丈夫なのか? 俺は装備する自信が無いぞ?」
箱の中にあった物、それは漆黒の鉢巻であった。
ただその鉢巻は一目見れば「生きている」と分かる不気味な目が複数付いていた。
「はい、見た目は少し不気味ですが、至って問題はございませんのでご安心ください」
「少しってお前……ほら、目が動いているぞ?」
「お前達、古廻様が不気味に感じていらっしゃるから、自己紹介をなさい」
すると箱の中から「スルリ」と抜け出すように空中へと黒い鉢巻が伸びる。
箱から全身が伸び切った鉢巻の全長は、大体流と同じ位であった。
『お初にお目にかかる、我らの名は〝百鬼の眼〟と申す』
『あたしらを選んでくれるとは、〆様もお目が高いねぇ』
「……まさか、この目の数だけ付喪神が宿っているのか?」
『まあ~見ての通りですよ旦那。目の数だけ付喪神が宿っているんですよ』
『今のお前が使える能力は〝誤認〟と〝疾風〟だ。誤認は鉢巻の目の数だけ敵対者はお前に気が付けない。疾風は字の如く、風のように走る事が可能だ』
『おっと、大事な説明を忘れちゃいけねーぞ? ここがキモだから覚えておけよ坊ちゃん。この目が〝開いている限り〟さっき言った能力は発動し続ける。しかし全部閉じた時に能力は喪失するから覚えておけよ? その目が閉じる条件は〝他人に見られた数だけ目が閉じる〟だ。存在を認識出来なくても、坊ちゃんが居る場所を見られたら一つの眼が閉じると思ってくれ』
『あら、あなたも忘れているわよ? 疾風は私達の依り代である、この鉢巻が地面に付いたら効力が切れるわ。だから鉢巻が地面に付かないように、風のように走るのよ? ふふふ』
『それと全ての眼が閉じた時も説明せねばなるまい? もし全ての眼が閉じたならこう叫ぶがよい〝起きろ寝坊助〟とな。疾風の効力は即回復するが、誤認の効力は一秒に付き一つ目が開くのを覚えておくがよい』
「そういう訳ですので、見た目は最悪ですが、問題無くお使いになれますよ?」
「そ、そう言う事ならまぁいいか? って言うか、疾風は忍者の修行か何か特訓みたいな自力かよ!!」
『自力じゃないわよ。頭の中で〝疾風〟と念じれば、効力が現れるわ』
『それともう一つじゃ。魂弱き者なら一度見たら一つの眼が閉じるだけだが、それなりに強き魂の者に見つけられる度に何度も目が閉じるからの。注意するんじゃぞ?』
その説明に得心した流は思う。(なるほど、疾風と叫べばいいのか!)と。
「……古廻様。頭で念じればいいのですよ?」
「……前向きに善処させてイタダキマス」
〆のジト目を背に受けつつ、店内にいるであろう存在に流は問う。
「で、五老。今回はここまでかい? あんたらのお眼鏡の基準は叶えたはずだが?」
店内に不穏な圧迫感が漂うと、同時に不気味で楽しそうな声が響き渡る。
『ハッハッハ! 良く分かったではないか?』
『然り然り』
『まあ~その及第点な聡さに免じて、多少は多めに見てもよくてよ?』
『み、みんなもっと素直になろうよ』
『俺を楽しませてくれるんだろうな? なら他の付喪神の意思を多少は多めに纏めてやるぞ』
「お? 流石五老だ、話が分かる。で、〆他には?」
(し、信じられません。あの偏屈な俗物共がこうもあっさりと!? 今回は鉢巻だけの予定でしたが、これなら追加でいけるかも)
「おーい? どうした~?」
「あ、失礼いたしました。少々考え事を……えっとですね、後は前回まで使われた物か、こちらも古廻様のお力が上がった事で、今回新しく用意した『氷盾の指輪』がよろしいかと思います」
「力が上がったって? 良く分かるな。それに氷盾の指輪? それはどんな能力なんだ?」
「うふふ。健康手帳を見なくてもよく分かりますよ」
アレと言いながら、〆は両手の親指と人差し指で長方形の形を作りながら微笑む。
「氷盾の指輪は主に防御用として用います。基本は自分で発動タイミングを決められます。それと今風に言えばパッシブスキルと言うのですか? そんな感じで自動で敵の攻撃を完全防御しますが、あくまでも属性有利の時に限ります。苦手属性や、他属性の場合は少々ダメージを負う事もあるので、ご注意ください」
〆は話しながら、近くの棚にある薄い青色の透けている小箱に手を伸ばす。
中から出て来た指輪は氷で出来ているかのような冷気を放つ、氷亀の甲羅がトップに付いている物だった。
「で、その指輪。それ程の物ならば制約があるんだろう?」
「うふふ。慧眼でございますね。パッシブは一度が限度で、自分で発動を決める事は……確か最近ではアクティブと言いましたか? それが三度までとなります。また再使用の時間ですが、限度回数使用後に三分となります。因みにパッシブ・アクティブ両方同時には使えませんのでご注意を」
「となると、どっちか先に使った方の耐久力を使い切り、それが戻らないとダメって事か?」
「はい、その通りです。ですので使用回数はお忘れになりませぬように。因みにこれも頭の中で念じるだけで発動しますからね?」
「あ、ハイ」
そう言うと〆は流に指輪の箱を渡す。
(任意で選べないのが痛いな……パッシブを不本意に使った後からの回復が面倒だ)
「じゃあ今回はこれで行くかね。頼むぞ、『百鬼の眼』と『氷盾の指輪』の付喪神」
流は二つの骨董品に軽く頭を下げる。
すると二つ共に憑いている付喪神達が呼応するのだった。