062:潔い男
〆が見せた地獄の風景に賊達は魂から凍り付いていた。
それを見て「全てを悟った」キルトは、体に呪縛のように纏わりついていた恐怖が自然と薄れて口を開く。
「……なあ、娘さん。俺達を助けてはくれないか? 今後は真面目に生きるし、これまで溜め込んだ財は全てアンタにやる。想像出来ないかもしれねーが、俺達が溜め込んだ額は半端ないんだ。頼むよ、俺達を――」
キルトは最初に死んだ男の死体を一瞥すると続ける。
「最悪、その死体と同じように死ねるようにしてください!!」
「キルトさん……アンタ一体何を言っているんだよ……」
「そうですよ! あの宝は俺達の物だが殺盗団の物だ! 頭目達に殺されるぞ!?」
ここに来てもまだ、「状況が掴めていない馬鹿な部下」を殺してやりたい気持ちになるが、ぐっと我慢して諭すように話す。
「お前達、この状況が何故分からない? もうオシマイなんだよ、何もかもな。待っているのは絶対的な死。それ以外は何も無い。いや……それより酷い物を今見たばかりだろう? 世の中にはな、自分の物差しで測る事すら烏滸がましい、超常的な『何か』が存在する。そしてこの娘さんがソレだ」
〆は黙ってその様子を見ている。
「それは……」
「理解……しているつもりです」
「「…………」」
部下達にそう説明すると、四名は思い出したかのように納得する。
だが最後の一人はそれでもキルトに食い下がる。
「いや、そうは言っても俺た――」
「もう。いい。アド、もう黙れ」
キルトは「元」部下の脳天へ、刺突武器を投擲して黙らせる。
「娘さんがこの屋敷を汚したく無いと言っているので、最小の汚れで済ませたが、それでも汚してしまった事をお詫びしたい」
そう言うとキルトは〆の前に跪くと、首を差し出すように項垂れる。
それを見た部下達も同じようにする。
「実によい心がけですね。汚れた血でここを汚さなかったのは好感が持てます。それに……」
〆は背後にある財宝の山を一瞥すると、キルト達へと言葉を続ける。
「前金は貰っていますからね」
キルトは首を差し出したままの状態で、疑問に思った事を聞く。
「前金ですか? 私達はまだ何も渡していないはずですが」
「面を上げなさい。私の背後に何がありますか?」
許しが出たので、ゆっくりとキルト達は顔を上げて娘の背後を見る。
「まさか……」
「ええ、そうですよ。これは貴方達が所有する複数のアジトから『献上』して頂いた物です。剣や陶器等、一部我が主の品も混じっていますけれどね」
「ど、どうやって運んだのですか。いや、それよりもどうやってアジトの場所が分かったのでしょうか?」
〆は「ああ~」とポツリと言いながら、両手をポンと可愛らしく合わせる。
「貴方達、先日この屋敷から金塊を運んだでしょう? あれは金塊ではないんですよ。ちょっとした……そうですね。こちらで言えば『魔具』に相当するものでしょうかね。その偽装を分からず、アジトへ運び入れてくれたおかげで、この町の貴方達の倉庫の場所が分かったのですよ。それに貴方へ報告していない金塊をくすねた賊達が、いい仕事をしてくれましてね」
キルトは黙って頷きながらも、思わず「あれが偽物だなんて……」と呟く。
「そしてその倉庫の中身を全て、我が主に献上してもらっただけですよ。その時倉庫を管理していた者に、他の倉庫の場所を『快く』教えていただいたのです。オマケに色々ありましたのもついでにね」
キルトはその話を聞くと得心したかのように頷き、またクビを差し出しながら、行動の後に言葉を繋げる。
「なるほど、早速お役に立てたようで何よりです。最早我らはこうするしかない、後は娘さんのお好きになさってください」
「その潔さ、気に入りました。それでは貴方達六……いえ、今は五名の助命を約束しましょう。そして私の名前は〆と呼びなさい」
「はい、シメ様。お名前をお教えいただいたと言う事は、我らを使っていただけるのでしょうか?」
「ええ、そのつもりです。しっかりと精進するのですよ?」
「「「ハッ」」」
その瞬間、キルト達を覆っていた得体のしれない『濃密な死』は霧散する。
極度の緊張状態から解放されたキルト達は、滝のような汗でジットリと体に貼り付いたシャツの不快さで「生きている」事を実感する。
「あ、そうそう。私も人が良いので、ついつい信じてしまうのですが、やはりケジメは大事だと思うんですよね。万が一、我が主に危害を加えられても困りますし」
「そ、そこは確実に裏切らないと信じていただくしか……」
「うふふ。大丈夫ですよ。お互い疑心暗鬼もつまらないでしょう? だから――」
〆は袖の中から、小太刀を小さくしたような手裏剣を五本出す。
刀身はとても美しい水色をしている珍しい物だった。
「これは『逢魔が時の手裏剣』と言いましてね、今は綺麗な水色の刀身でしょう?」
「はい、美しい。とても綺麗な見た事もない刃物です……」
そのナイフをさらに小さくした、刃渡り十五センチ程の菱形の手裏剣に、キルトや部下達も状況を忘れて、思わず魅入ってしまう程に美しい物だった。
「これは貴方達の忠誠心を表す物となります。もし二心があるような事があれば、刀身は昼の輝きを失い、徐々に日が落ちる様に刀身が暗くなっていきます。その昼と夜の堺になった時……刀身から『反逆の使者』が召喚され、貴方達は先ほど見た地獄と呼ばれる世界へ強制的に連れて行かれます。その後は……分かりますね?」
キルト達は全員無言で頷く。
「よろしい、ではこれをお持ちなさい。あ、そうそう。この逢魔が時の手裏剣は、ただの監視用の物ではありませんよ? キルト、と言ったかしら? あの壁際にある卵のような塊にソレを投擲してみなさい」
キルトは不思議そうに見た後で〆に問う。
「これを投げればいいんですか?」
「ええ、思いきりね」
少し離れた場所から、「あたくしに何をするつもりなのかしら!?」と声が聞こえる気がしたが、多分気のせいなのだろう。
「では……」
受け取った手裏剣を投げナイフの要領で、指定された的へと全力で投げる。
だが手裏剣は卵のような物に刺さる事無く床へと落ちたはずであった。
「っ!? 手の中に戻っている!!」
「驚きましたか? この逢魔が時の手裏剣は、持ち主が投げると元に戻って来ます。色々と使えそうでしょう?」
「凄いアイテムですね……」
「ええ、だから裏切らない限りは暗殺者には最高の武器となるでしょう」
(まぁ、逆に言うと捨てても戻って来る監視機能なんですがね)
「ありがとうございます! シメ様と主様の為に粉骨砕身でお仕えさせていただきます!」
キルト始め、部下達まで、元盗賊とは思えない「決意の籠った眼と仕草」で本気度を示す。
「ではこれからの事は後程伝えますので、一階エントランスにある正面に向いて右の部屋で待機なさい」
「承知しました」
キルト達が階段に向かって歩き出す。
その様子を見て満足したのか、〆は独り言つ。
「まぁ助命するのが、流様の命でしたからね。でも、やりすぎた……かしら?」
地獄へ流した者と、そこに転がっている者を見ると、〆は額に冷や汗を浮かべるのだった。
「さて、流様が何時お帰りになってもいいように、準備をしておきますかね。アリス、メイドが来たら綺麗に片づけておくようにお願いしますよ?」
「まったく、あたくしを何だと思っているのじゃ。的じゃないのだぞ?」
「うふふ。まぁ似たようなモノですからお気になさらず」
「気にするよ!!」
思わず素に戻るアリスに、クスリと〆は笑うと闇と混ざる様に消えていく。
「本当に得体のしれないケモミミ女ね……はぁ~、そろそろ出たくなって来たなぁ」
アリスは暇そうな声を出すと、そのまま仮眠に入るのだった。
◇◇◇
――その頃流は、トエトリーの防壁が見える所まで戻っていた。
「ラーマン、やっと着いたな!!」
「……ママ」
「ああ、お陰で早かったよ。でも死にそうだったけどな」
流は道中の体の中心が〝ヒュン〟とした回数を思い出すとゲンナリとした表情になる。
「……マ」
「いやいや! 軟弱って言うなよ、普通の奴が乗ってたら死んでるぞアレ!?」
そうこうしているうちに、ラーマンは正門前に到着する。
「流石に閉まっているか……さてどうするかな」
辺りを見ると正門の右側に、詰め所のような場所がある事に気が付く。
「よし、あそこへ行ってみるか。ラーマンは少し待っててくれ」
「……マ」
詰め所は四トンのトラックでも入れそうな大きさの扉があった。
その扉は無論、建物も頑丈な作りらしく、壁や屋根にいたっては石で作られていた。
流はその建物にある、扉に獅子の顔が付いたノッカーを持ち、ノッカーで扉を叩き中の兵士を呼ぶことにする。
「すみませーん。どなたか居ませんかー?」
すると扉に付いている、スライド式の覗き穴が少し開くと、中から目つきの鋭い男が流を凝視する。
「……何か、用か? もう正門は閉じている時間だから、明日の朝まで通行は不可能だ」
「それは分かるんだが、急用でな。何とか中へ入れてもらえないだろうか?」
「無理を言うな、この町の規則でそれは不可能だ」
「困ったな~。あ! そうだ、これを見てくれ」
流はアレドに貰った手紙を思い出し、衛兵へ見せる事とする。
衛兵は訝しそうに手紙を覗き窓から受け取ると、手紙の裏を見て動きを止めたのだった。
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