059:執事vsメイド
ちょいグロ注意デス
幽霊屋敷と呼ばれる場所の正面、その入口に居るはずの門番も誰も居ない正門前へと、賊は音も静かに集まっていた。
その中に一人、悪党にしては一際品の良い風体の男の下へと、賊の一人が報告に来る。
「キルトさん、全員揃いました」
「よし、では打ち合わせ通りに行動するぞ。パーニャは一階、ヒクターは二階、ドルドは三階だ。そして俺は地下へ行く」
屋敷に侵入した賊は四人のリーダー各が居た。
全体を統率するキルトと呼ばれる男は年齢は四十頃で、短髪に無精ひげを生やしているが、不潔さが無い体格のいい人物で、盗賊だが何処か頭が切れる顔立ちの男だった。
「オレは二階かよ、ハズレっぽい気がする」
「そう言うなヒクター。斥候の話では二階にもお宝を運んだらしいぞ?」
ヒクターと呼ばれた三十代ほどの男は見た目は細マッチョな風体で、緑色の短髪で片目に女性の化粧を施している変わった人物だ。
「ゲッフ。あれ、もう無いのか。もっと買っておくんだった」
「まったくお前はまだ食ってたのか……。荷物を油でベトベトにするなよ?」
前身は細身だが腹だけが異様に出ている二十代後半くらいの男。ドルドはヤレヤレと言わんばかりのゼスチャーで「三階まで面倒だな」とボヤク。
「キルトさんは地下に行くのかい? この屋敷に地下なんてあったの?」
「そうか、パーニャは知らなかったか。あるんだよ、前の持ち主から使っている、堅牢でお宝を隠すにうってつけのがな」
最後はこの女、パーニャと呼ばれる美しい黒髪が特徴の、妖艶で情婦のような若い女だった。
最近殺盗団に拾われたが、仕事の丁寧さと機転の良さで十人規模の指揮をとっていた。
「さてと、お喋りはここまでだ。仕事の時間だ、いつも通り気楽に楽しんで来い」
キルトがそう命じると、大声を出すでもなく静かに屋敷の中に人が雪崩れ込んで来る。
互いが目配せで合図を送りながら移動しながらも、部屋に置いてある品の検品は忘れない。
ヒクターとドルドの手勢十名ずつの合計二十人で、中央階段から上階へと上がっていく。
キルトの手勢は二十名、パーニャは十名で目的の場所へと移動する。
「パーニャ、何か感じるか?」
「……キルトさんもですか? アタイも何か変な感じが、あ。そうか! 誰も居ないんだ」
「そうだな、それが原因だ。気を付けろ、何か不穏な感じがする」
「了解だよキルトさん。じゃあとっとと済ませて例の場所で」
「ああ、また後でな」
キルトが地下への扉を開け去って行く姿を数秒眺めたパーニャは、斥候からの報告にあった、金塊がある部屋へと屋敷の見取り図を見ながら進む。
奥へと続く部屋への大きな扉を発見したパーニャは、一端止まり見取り図を確認する。
「あれかい? 随分大きな扉だね。お前達、伏兵が居るかもしれない。気を抜くんじゃないよ?」
部下達は無言で頷く。そしてその中から一人の男がドアを〝そっと〟開ける。
「おおお……これは凄いですよパーニャさん……」
「っ!? ああ……なんて量の金塊だよ」
そこには黄金の堆い塊が見る者を圧倒するように、部屋の中央に鎮座していた。
「いいわねぇ♪ さっさと運び出すよ!」
パーニャがそう命ずると、部下達は一気に部屋の中へと入る。
部下達が嬉々として金塊を持ち上げて移動しようとした時、部下達に異変が起こる。
「おほ! 凄く綺麗だなぁ俺もひとつほしいよおおお」
「早くしろ! 何をボーっとみてやがりますかあぁぁぁ」
「お前ら遊んでないでは~~やくいっぱああいふふふふふふあ」
「きんだ! おうごんだ! たのしいああああああぷぷぷぷ」
突然、部下達が狂ったように踊りだす者もいれば、金塊をしゃぶりだし、頭を打ち付けて出血する者まで居る。その光景にパーニャは恐怖を顔に貼り付かせる。
「お、お前達!? 何をしているのよ! は、早く持って部屋から出なさい!!」
すると黄金に狂喜乱舞している部下の一人が「ありえない角度」で首をグルリと回して答える。
「ぱぱぱぱ~にゃああさまあああ は~いど~~~~ぞおおお」
曲がっちゃいけない首の方向で話す部下から「黄金の蛆虫」が投げつけられる。
「ひいいいいい!? な、何よコレ!!」
床に落ちた蛆虫はモゾモゾと動くと、そのまま固まって動かなくなった。
その「おぞましい」光景に恐怖にするも、懸命に状況を立て直そうとパーニャは頭を使う。
「一体何が起きてるの!? と、とにかく一度戻って相談しないと」
結論が出なく、結果的にキルトと合流する事を選択したパーニャは、入口の方へ体を向けて逃げようとした時……それは居た。
「「「ようこそ、いらっしゃいませお客様。本日は歓迎致します」」」
いつの間に居たのか、大勢のメイドが一糸乱れずそこに整列していた。
「え!? あ、アンタ達何時から居たのよ!!」
「最初からこちらに控えておりましたが?」
「嘘おっしゃい! とにかく今は退きなさい! 早くしないと殺すわよ!」
「そうは申されましても……まだお帰り頂くには、まだまだ『お・も・て・な・し』がすんでおりませんし」
「訳が分からない事を言っているんじゃないわよ! どけ!!」
メイドが謎の言葉「お・も・て・な・し」と言いながら、両手でジェスチャーする不気味な姿に三歩後ずさるが、それより今はここを脱出するのが先決と、パーニャが扉の前のメイドの右肩に掴みかかる。
するとメイドの右肩が「ズルリ」と腐り落ち、そこから黄金の蛆虫がポロポロと湧き出て来る。
「ひゃあああああああああ!? な、何よこれえええええ!?!?!?」
「お客様が無理に引っ張るから……どれぢゃっだんでヴぉッ!!」
突如メイドが真っ二つに割れ、そこから巨大な黄金の蛆虫が這い出て来る。
黄金の蛆虫はメイドを咀嚼しながら、赤く熟れたトマトのような八つの複眼でパーニャを品定めするかのように見つめると、蛆虫はソレが気に入ったのか〝ズルリ〟とメイドから離れるとパーニャへと高速で迫る。
「ひいいいい!! こっちに来ないで!!」
黄金の巨大な蛆虫はパーニャの足に齧りつくと、そのまま貪りだす。
「ぎゃああああああ!! イダイ! やめ、やめでええええ!!」
「お客様、歓迎の宴はこれからですよ? 存分にお楽しみください」
「もももも、もう勘弁してくだあいだだだだああああ!? やめ、太腿を食べないで! やだあああああ、右足首が無くなったああああああああああああ」
「まぁ!? そんなにお喜びとは、メイド冥利につきますね」
腐り落ちたメイドから次々と這い出る、黄金の蛆虫に食われるパーニャだったが、不思議と気絶はせずに、その光景を絶叫と共に見ている。
そんな「とても喜んでいる」お客様を、うっとりと眺めているメイド達。
その顔は実に恍惚とした表情で、頬は興奮しているか、うっすらと桃色に染まっていた。
その様子を三階の執務室から『メイドの目を通して』見ていた参は、心底ドン引きしていた。
「フムゥ。メイドが異界骨董屋さんから持って来た物は『悪夢の繭』だったのですか……。やはりメイドの中の人(?)を連れて来た鬼島が悪かったのですかね? 実際はどこも貪られたりはしてないのですが……はぁ。それにしても『悪夢の繭』が魅せる狂気のせいで、部屋が賊共の汚物塗れじゃないですか……。お部屋は後で綺麗に掃除するように言っておきましょう。おや? 金糸蝶が羽化しますね」
――金糸蝶とは、悪夢の繭が人間が強い悪意を放つ者や、不道徳を積んだ者に恐怖の幻を見せて、その恐怖を餌に成長する「とても美しい」黄金と青色の聖なる蝶々だった。
一度羽化すれば、周囲を清浄な気で満たす不思議な生き物は、見る者を魅了し魂を鷲掴みにする。
「人の悪意から生まれる清浄なる生き物ですか……。皮肉の塊のような存在ですが、しかし見事な金糸蝶ですね。よほどあの女達は人の道を外れていたのでしょうか。さて、次のお客様はセバスの所ですか」
参はメイドの眼との繋がりを閉じ、今度はセバスの眼へ感覚を繋ぐ。
セバス達はメイドほど酷い事にはならないと期待をしているが、はたしてどうなるかと心配する参であった。
その頃ヒクターは二階へと上り続けていた。
だがいくら上れども二階が何故か見えず、戻ろうとしてもそれは変わらなかった。
やがて到着しない事を不思議と疑問を感じずに、永延と上るとやっとゴールが見えて来る。
「ふぅ~やっと着いたか。何でこの階段こんなに長いんだ? それにアイツ等も居ねえ……どうなっていやがる? チッ、一つしか階段は無かったはずだがな。まあいい、それより行くぞ」
建物の規模からしてありえない長い階段を登ると、やっと二階の入り口が見える。
気が付くと三階に登っているはずの、仲間の姿は何処にもなかった。
「ヒクターさん、この屋敷は外が豪華だけど中は何もねーじゃねーかよ」
「だな~、全くこれで何も無かったら斥候の奴らシメてやる。しかしこの部屋全部探すのか……面倒すぎるだろ。誰か屋敷の奴らは居ないのか?」
ヒクターは階段を上がってすぐ、廊下から左右を見渡す。
ウンザリするほど部屋数があって、どこに何があるかは分からない状態だ。
そんなヒクター達が、何処から手を付けようかと考えていた時だった。
突如ハンドベルの音が目の前の部屋から聞こえて来た。
「ヒクターさん、これは……」
「ああ、間違いねえ。俺らを呼んでいるんだろうぜ」
「お前あの扉を開けて見ろ」
「え~? マジですか。じゃあヒクターさん援護お願いしますよ?」
「任せとけ。エッスとバラヤは扉が開いたら突入だ」
「「「オウ」」」
部下の一人がドアをそっと開ける。
すると「何か異質な存在」と、ありありと分かる執事が三人居た。
向かって左側の男は、十代半ば程で人懐こい顔立ちの、褐色肌を持つ黒髪黒目の少年。
右側の男は二十代半ばで、キリリとした顔立ちの、色白で赤髪赤目の男。
そして中央には六十代前半で、品のある顔立ちにシェブロン型に整えた髭を蓄え、綺麗に整えたその白髪を、オールバックにした凛とした佇まいの男が立っていた。
この屋敷の使用人の中では最高のランクを持つ者、それが執事と呼ばれる者達だった。
その中でも特に中央の男は、他の二人の執事より上位の存在に感じる。
そんな三人が整列する部屋に、無粋な客人が舞い込んで来る。
「ようこそお客様、本日は私達三名が精一杯の『おもてなし』をさせていただきます。私はセバスと申します、以後お見知りおきを」
階段から最初の部屋の扉を開け放つと、そこに居る執事達の行動にヒクターは驚く。
その執事達は丁寧にヒクター達に頭を下げ、中央に居る家令のような執事が自己紹介をする。
「おい、テメーら。素直に吐けば殺さずにいてやる。この階にある『金になる』物がどこにあるのか教えろ」
「金目の物ですか……そうですね、コチラに御座いますが?」
セバスは体を半分ずらすと、その後ろには「宝石が山のように積もっている」テーブルがあった。
「クククッ。どうやら俺達はツイテいる様だぜ? おい、廊下の奴ら入って来い。お宝が山になってるぞ」
ヒクターが部下を呼ぶと残りの七人が二ヤつきながら、辺りを物色するように部屋へ入って来る。
「すげッ!? これ全部宝石っスか!!」
「ああ間違いねぇ。よし、執事共は用無しだ。殺れ」
ヒクターの命令で部下達は執事達に下卑た表情で、そのオーダーを実行するために動き出した――はずだった。
気が付けば突如視界が白くなった気がした。そして次の瞬間それは起こる。
「あれ? 何で俺、椅子に座っているんだ?」
「なんだ!? いきなり何故椅子に??」
「なッ!! た、立てねええええ!!」
気が付いたら「長テーブルの横に並べてある椅子に座らされている」十一人。
互いに顔を見合わせた後、拘束されている事に気が付きパニックになる。
「ヒクターさん、体が動かせません! ど、どうするんすか!?」
「クッソ!! オイ、執事! お前らの仕業か??」
大混乱の盗賊達、ヒクターすら挙動不審者のように上半身だけ妙な動きで逃れようとしている。
そんな盗賊達を馬鹿者でも見るような顔で「何を当たり前の事を言っているのか」と、セバスら三人は顔を見合わせる。
「お客様はいささかマナーが悪いようですね。そこで本日はマナー講座を開催する事に致しました」
そう言うとセバスは指をパチンと鳴らす。
すると奥の扉から、メイドが豪華な食事を持って来たのだった。