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058:けものの本気、ふれんずとの別れ

「う~私が飲んだ物を……」

「お姉ちゃんが飲んだ物を……」

「何か釈然としない気持ちで一杯……」

「ん? どうしたんだお前達、顔真っ赤だぞ? あ、レイナも傷あるから飲みたかったのか? 悪いな、貴重な物でさ。打身なら自力で治してくれ。カレリナは……美味しそうだったから飲みたかったのか? ごめんな、以下同文だわ」


 そんな流の様子にファンは溜息を吐きながら娘達に話す。


「はぁ~。全くナガレは困った朴念仁だよ。だからお前達が赤面している意味が分かってないから諦めろ、色々とな?」


 そう三人娘に言うと、更に顔を真っ赤にして頷いてしまうのだった。


「む!? 俺の何処が朴念仁何だよ、失敬な」

「そう言うところだよ。そうだ、こんな事をしている暇は無かったんだな。向こうに『ラーマン』を待たせてある、それに乗ってお前の屋敷へ戻ってくれ。多分今頃は……」

「ああ、そうだったな。じゃあ急いで戻るか。それと注文していた物はラーマンに?」

「どうにか間に合ったぜ、問題無く装備してある」

「よっし、なら行くか!!」


 流は野営地の設営を指示しているアレドに出発すると挨拶に向かう。どうやら慣れた作業らしく、余裕な感じを見て遠慮無く話しかける。


「アレドさん、俺は家に戻るよ。今頃襲撃されてるかも知れないからね」

「そうか……ナガレばかり苦労を掛けるようですまない。せめて怪我をしないように祈っているよ」

「ありがとう、じゃあ行ってみますよ」

「ああそうだ。町へ戻って何か騎士団等に頼みたい事があれば、私の名前を出してかまわない。せめてこの位はさせてくれ」


 アレドは懐から手紙を出すと流に渡す。


「ありがとう、もしもの時は使わせてもらいます。では!」


 アレドに別れを告げ、そのままファンと三人娘達は流について来る。

 ファンは思い出しように数時間前の出来事を、恨みがましく話し出す。


「しっかしナガレよ~。殺盗団に見つからない様にカレリナをここへ連れて来る偽装のためとは言え、俺の偽物が死ぬのは流石にゾっとしたぜ? まぁ、お前んとこのシンさんが言ってた通り、実際襲われた訳だがな。あいつら何処で見てやがるんだろうなホント!」

「いやぁ、それは本当にすまなかったよ。本当はお前じゃない別の役者を用意するはずだったんだが、お前が丁度来てくれたからつい……な?」

「まぁいいけどよ、もし俺が賊に襲われて死んだらあんな感じなんだなぁ。それよりあの役者、本当に死んでたみたいだったが大丈夫なのか?」

「あ、ああ。問題は無いよ。何度でも蘇るみたいだしな」

「アンデッドでも知り合いにいるのかよ……」

「まぁ、それも含めて貴重な体験だったろ?」

「ちがいねぇ~」


 ファンは思い出すと何故か笑えるようで、少し笑った後で流に聞く。

 

「この後どうするんだ? やっぱり一人で行くのか?」

「そのつもりだ、早く行かないと門が閉まってしまうからな」


 その言葉を聞いて娘達が慌てて話す。


「ナガレ、一人で行くのか?」

「ナガレさん……出来れば私達も行きたいです!」

「ナガレ様、私は二人と違って戦う事が出来ませんが、何でもします!」


 三人は決意も固く、流について行きたいと懇願する。


「あ、いや。その気持ちは嬉しいんだけどな、俺の家には戦闘力の塊みたいな奴らが居てな、そいつらが負けるなんて事は無いから大丈夫なんだ。それに戻るには足が必要だしな。お前達の気持ちには本当に感謝している、ありがとうな。落ち着いたら遊びに来てくれよ」


 三人は最初はガッカリとした表情だったが、最後に「遊びにおいで」と言うお誘いを聞いて、跳ね上がる様に顔をあげると高速で頷いた。


「じ、じゃあ今度遊びに行かせてもらおうかな!」

「そうだねお姉ちゃん!」

「ナガレ様私も行きます!」

「お、おう。何時でも来てくれよ?」


 ファンは若いねぇ~。と呟きながらも呆れて見ている。

 そう言うところがオヤジっぽいと言われている事に、本人は気が付かないのが残念である。


「全く仕方ない奴だ。ほれ、ナガレ。ラーマンが来たぞ」

「おお~! あの装備なら早く帰れそうだ」

「全くあんな注文は初めてだって、工房のオヤジが嘆いてたぞ? そんなにいいのかそれ?」

「まあな。簡単な作りだったから時間もかからないと聞いていたが、仕事早すぎだな」

「だろう? なにせ屋号が「何でも出来ちゃうドワーフのお店」って名前だからな」


 そんな二人の目線の先には、流が特注した物を背負っているラーマンがのっそりと歩いて来る。

 その背中をよく見れば、流が発注した「鞍と鐙」が装備されていた。


「騎兵を見ていると、こっちの国の人は鞍のような物しか無いだろう? あれだと安定性に欠けるし、何より高速で移動が難しい。そこでこの形の鞍と、足元の安定性と踏ん張りを助ける鐙だ。まあ見ててくれ」


 そう言うと流れはラーマンへ挨拶すると、颯爽と跨った。


「じゃあ皆、俺は一足先に町へ戻る。三人はファンとゆっくりと帰って来てくれ。それじゃあファン、後は頼むな」

「おう、任せとけってんだ!」

「「「気を付けて!!」」」

「ああ! じゃあな!!」


 流れはラーマンへ乗ると、いつものスピードで歩き出す。

 

「先日は助かったよ。それでな、お前が疲れない範囲でいいから、全力で町まで戻ってくれないか?」

「……マママ?」

「落ちないか心配だって? そんなに早く走れるの?」

「……マ~」

「マジかよ! ならそれで行ってくれないか?」

「……マ、マママ!!」


 ラーマンは一瞬前足を下げると、猫が伸びるような姿勢になる。

 そして―― 


「うわああああ!? 馬より早いって言ってたけどーー!! 早すぎるううう」


 ラーマンは馬より速いスピードで走る。時速にしたら百キロ位出ているんじゃないだろうかと思えるスピード感で、風が顔に張り付き息が苦しい。


「うっそだろ……ラーマンってあんなに早く走れるものなのか? ってそれよりナガレだ! あれで振り落とされないのかよ! 鞍と鐙はスゲーな」


 流れは鞍に付けた、取っ手を大きくしたような物に必死にしがみ付く。


「マ……ママ~?」

「え゛!? もっとスピ―ド出せるの? きょ、今日の所はこの位でヨロシク……」

「……マ!」


 馬と違いラーマンのしなやかな体のお陰か、振動も然程無く草原をつき走る。


「!! ラ、ラーマン! 川があるぞ!?」

「……マママ」

「ええええ!? 行っちゃうの~!?」


 ラーマンは十五メートル程の川幅に向けて疾走する。

 川には大きめの岩が点在する場所があり、そこへ向けてジャンプする。


「うわああ! と、飛んだ!?」


 器用に岩の頭を蹴り、次の岩へとジャンプするラーマン。

 背中の流れは体の一部分が〝ヒュン〟とする感覚に、顔を引きつらせながらもラーマンへしがみ付く。


 無事に川を渡り切ったラーマンはそのまま森の中へと突っ込む!


「ラララ、ラーマン! 森・森ぃぃぃ!」

「……マ」

「大丈夫だって!? ほ、本当か? 信じるからな!!」

「マママ!!」


 ほぼ速度を落とさないで突っ込むラーマン。

 背の高い木が生い茂るエリアで、枝が太く大きい森が目の前に迫る。


「……ラーマンって忍者だったんだな……」


 ラーマンは速度を維持して、前方に迫る太い幹に右足で掴んだと思うと、そのまま上に飛び上がり、枝の上をジャンプして渡る。


「もうどうにでもな~れ~」


 流は死んだ目でラーマンへとしがみ付くと、そのまま森の奥へと消えて行った……。



◇◇◇



 流が必死でラーマンにしがみ付いている頃、流の幽霊屋敷では参が三階の窓辺から夕日が落ちるのを見ていた。

 その様子は何かを憂うようでもあり、憐れむような視線でもあった。

 落日が迫る「自分達の時間」に、背後からタイミングを見計らったかのような一つの気配が現れる。


「参様、準備が整ったと報告が届きました」

「セバス……フム。ではお客様のお出迎えを丁重にな」

「はい、心得ております」


 参は一瞥もせずにセバスへと指示を出す。

 それに答えるようにセバスは丁寧に参へ一礼すると、そこに居なかったかのように存在が薄くなり消え失せる。


「そろそろ妹が来る頃ですが……。その前に片が付けば一番理想ですな」


 外では何時もと変わらない、穏やかな景色が広がっている。

 やがて日が完全に落ち、町が更に活気づいた頃に異変が起こる。


「フム、あれは火事ですかな? とすると、町の警備隊をそちらへ回す陽動ですかな。まぁ、小細工はこれ以上はしないでしょう。来るとしたら正面、ですかね」


 参は懐からハンドベルを取り出すと、おもむろに鳴らす。

 すると即座にドアがノックされ、ホワイトブリムが良く似合う金髪のメイドがやって来る。


「フム、今日はお前達の接客姿勢を見るための催しです。存分に『おもてなし』をするように。なお、お客様は正面よりお起こしになると思われます」

「承知いたしました、参様」


 メイドは花の咲くような笑顔で〝にこり〟と微笑むと、丁寧な仕草で参の元を後にする。


「さて、執事とメイド。どちらがお客様を満足させる事が出来ますか少し……そう、ほんの少しですが楽しみですね」

「壱:まったくお前ときたら……愚妹は無論やけど、お前も大概やなぁ。ホンマ僕だけマトモで苦労しますわ、ホンマ」


 突如声がした参の後ろにはいつ間に現れたのか、元々そこに居たかのように壱が浮かんでいた。


「フム、帰ってたのですか。今まで何処で油を安売りしてたのですか?」

「壱:失礼なやっちゃなぁ~、もっと僕を労ってや。こ汚いオッサンに殺される役をしたんやからね」

「あぁ、それは心底お疲れ様と思いますよ。他の者にやらせればいいのに、率先して行う兄上の姿には涙が出ますよ、ホント」

「壱:まったく。僕の弟も妹もマトモなのは居ないんかい!!」

「それで首尾は?」

「壱:問題あらへんよ。最初に掴ませた偽金塊の反応を追って行った場所と、僕を襲った輩が逃げ込んだ場所は同じやったからね」

「フム、それは重畳ですね。このまま終わったら乗り込んでもいいのですが……っと、ご到着のようですね」


 闇が町を呑み込んだを見計らうように、屋敷の周辺に湧き出る愚かな黒い影。

 どうやらこれから行われる「接待」をされるお客が到着したようだった。


「壱:おいでなすったわ」

「みたいですね。フム、うちのサーバントのお手並みを拝見ですね」


 僅か数分で正門へと言う場所に、数十人の人影が何処からともなく集まる。

 それは悪意と言う名の感情が滲み出るように、ジットリとした闇がそこにあった。





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