056:カワード=臆病で卑怯な男
カワードはレイナを連れて、元来た道を急いで戻る。
しかしレイナが抵抗するために思う様に進めないでいた。
「オイ! いい加減にしろ! お前が来ないと俺が殺される!!」
「うるさい馬鹿! お前みたいな卑怯者が何を言っているのよ!」
「こんの馬鹿アマ!」
カワードはレイナの顔を殴る。
「キャアア」
「いいかレイナ? 俺は寛大な男だ。だが我慢の限界ってのがある。もし次に邪魔したら迷わず殺す、いいな?」
そう言うとカワードは、レイナの腰に当てていた短剣を首筋にを向ける。
「くぅ……この卑怯者の屑野郎!」
「ウルサイ、さっさと歩け! もう少しすれば殺盗団の増援も来るはずだ。それまで凌げば俺の勝ちだ! そしたらレイナ、お前を俺のモノにしてやるからな? クククッ、楽しみだな」
カワードはもうすぐ訪れるであろう、淫靡な未来を予測して目を濁らせる。
その様子に反吐が出かけるレイナであったが、それより驚くべき情報に目を見開く。
「殺盗団!? 大体何時からあんな連中と関わりがあったのよ!」
「ああん? トエトリーに来てからだよ。酒場で荒れてたら声をかけられてな。リリアンとナガレと引き換えに、金とお前を貰う事になってる」
「何て馬鹿な事を……」
(お姉ちゃん、ナガレさん。どうか無事で居て……)
その時だった、遠くから砂塵と馬の蹄の音が聞こえて来る。
「ハッハッハ! レイナ、来たぞ! ついに来た!! もしものための増援を送ると、殺盗団の奴ら言ってたしな。タイミングもばっちりだな!」
「そんな…………」
土煙のする方角を見て喜ぶカワードを見て、レイナはガックリと肩を落とす。
「何がそんなに嬉しいんだ、カワード? 俺達なら無事だぞ。あ、そうかそれを喜んでくれているんだな? 流石カワードさんはお優しい」
「っう!? ナ、ナガレ!? 生きていやがったのか!!」
「ナガレさん!! お姉ちゃん!! 無事で良かった!!」
「ハイハイ、あなたの流さんですよ~」
「レイナ!! 無事で良かった……」
カワードは青い顔をしてレイナを後ろから羽交い絞めにする。
「動くんじゃねぇ!! レイナがどうなっても知らねえからな!!」
「カワード、オマエと言う奴は! 今なら分かる、どうせお前がカレリナをハメタんだろう!!」
「馬鹿な事言うな、俺は何もしてない。あの女が迂闊にもお前のせいで森に行ったから肉奴隷になっただけの事だ」
「カワード!!」
「おっと、可愛い妹が首だけになっても知らねーぞ?」
片手で羽交い絞めにされ、首には短剣を突きつけられたレイナが苦しそうに言う。
「お、お姉ちゃん! ナガレさん! 私の事は良いから、この卑怯者をやっつけてください!!」
「黙ってろボケが!」
カワードはレイナの頭を短剣の柄で殴る。
「アゥッ」
「レイナー!」
「煩い、叫ぶなボケが。ほら、もうすぐ殺盗団の増援が来るぞ? 逃げた方がいいんじゃないか~?」
カワードはゴミを見るような目で流とリリアンを見下す。
「ほ~ら、もうすぐ絶望がやって来るぞ? い・い・の・か・なぁ? このままならお前達は……おお!? 想像したでけで恐ろしいいい!! ナガレェェェ! お前、金持ってるんだろう? 今なら俺に謝罪と賠償金を払えばお前達は『逃げた』って事にしてやってもいいんだぜぇ?」
同じ人間とは思えない、下品な笑顔で流とリリアンにおぞましく腐った事を言いだすカワード。
だが、ここに来て無言だった流が一言呟くように言う。
「なぁ、カワード。本当に『あれ』は殺盗団なのか?」
「はあん?」
殺盗団の増援と思われる集団は、全員が鎧を装備しているようだった。
その鎧は殺盗団が着用しているような、継ぎ接ぎ鎧じゃなく、正規の騎士が装備する立派なものであった。
「あ、あ、あ、あ……」
カワードは混乱する、その集団の中には「トエトリーの領軍旗」がはためいていたからだった。
「さて、カワード。もう一度問う『あれ』は本当に殺盗団なのか?」
「ば、ば、馬鹿な!! どうしてこんな短時間で領兵が動ける、しかもあんなに大勢で!」
「何故ってなぁ……?」
流はリリアンとレイナを見てからカワードへと告げる。
「そりゃあ、お前のしている事なんて全部バレてるからだろ?」
「はぁ? 何がどうバレているってんだ!?」
「オマエ、リリアンを嵌めたろう? と言うか、リリアンとレイナが『今どうしてこなっているか』の原因は全てお前が仕組んだ結果って訳だ」
「な、何を言っている!? 俺は何もしていない! 俺は親切心からの提案でカレリナを助けてやろうとしただけだ!!」
姉妹はジッとカワードを睨む。
「二人から聞いたが、お前は森でカレリナを見殺しにしたんだって?」
「違う、見殺しじゃない! 俺が到着した時にはカレリナが派手な音を出して逃げ回ってたんだ。そこにゴブリンの大群が押し寄せて、武器も無い俺はなす術無く見てただけだ!」
話している最中に領兵が到着したが、弁解に夢中になっているカワードは気が付かない。
「へえ……じゃあそのカレリナは、ゴブリンをおびき寄せるようなマヌケだったと?」
「そうだ! 何故かは知らないが、カレリナの所へとゴブリンが一直線で向かっていたのが見えた。きっと体臭でも酷いからじゃないのかと思う」
「だ、そうだが?」
その時だった。領兵の中から頭からフードを被った人物が走り出て来て、カワードへ思いっきり飛び蹴りを食らわす。
「グアッ!?」
「この大嘘吐き!! 誰が体臭が酷いですって!? 私はそんなに臭くないわよ!!」
カワードは蹴られた衝撃で転倒し、その蹴った相手を呆然と見上げる。
「カ……カレリナ? 何故お前がここに居る……」
「何故ですって!? お前が私を罠に嵌めた後で、そこに居るナガレ様に助けていただいたからよ!!」
「…………は?」
カワードを蹴った人物、それは流が以前助けた村娘だった。
「マヌケ面してんじゃないわよ!!」
カレリナは呆然としているカワードの顔面を、思いっきり踏み抜く。
「ヴォポッ」
鼻血を出し、蹲るカワードを踏み超えながら三人は再開する。
「リリアン、レイナ!!」
「「カレリナ!!」」
三人は抱き合い無事を心から喜ぶ。
「本当に無事だったんだな……」
「ええ、本当に奇跡的に助かったのよ。もう駄目だと何度も思ったけどね」
「カレリナお姉ちゃん! 本当に無事でよかった……よかったよぅ」
「レイナ……こんな危険な所まで、私のためにありがとう」
三人は泣きながらがっしりと抱擁する。
だが、その感動の再開を邪魔する無粋な男が叫ぶ。
「何でお前が生きている!! 凄く大きいゴブリンに攫われたろ!!」
「ウルサイ、この卑怯者のゴミ虫野郎! 丁度いいから、リリアンもレイナもあの時何があったのか聞いて」
姉妹はカレリナから離れると、コクリと頷いた。
「あれは私がナガレ様に助けていただく二日前だったわ――」
カレリナは苦虫を噛みしめたような表情で語りだす。
◇◇◇
「はぁ~、無いなぁ……リリアンの誕生日に妖精の息吹をあげるなんて言っちゃったけど、簡単には見つからないよね……」
神隠しの森と呼ばれる場所の外縁部、危険度はそんなに高くない場所で、リリアンは妖精が居る場所にあると言う鉱石「妖精の息吹」を探していた。
「ああんもう! 一体どこにあるのよ……はぁ」
その時だった、遠くで獣の遠吠えがする。
「え? こんな場所に狼? いや……違うわね……あれはもしかしたら」
カレリナは身の危機を感じて身を隠す事とする。
何処か丁度いい場所が無いかと考えていると、近くにあった大きな木の上に人が入れそうな洞があったのを思い出す。
「あそこなら熊でもない限り登って来れないし安心ね」
幸いカレリナは木登りが得意であった。それに加えて大木でも珍しい形の木で、登る足場として十分な凹凸があった。
「うん、あれならイケるわ!」
木登りの最中、遠吠えのした方角を見ると、そこには信じられない者達が蠢いていた。
「嘘、あれはゴブリン!? しかも大きいのが二匹も居るわ……しかも一匹は形からして違う、人間が大きくなったように見える。まさか……し、酋長なの? 嘘!」
カレリナは即座に登り、洞の中へと身を隠しジっと身を潜める。
幸いにしてゴブリン達はカレリナの存在に気が付いていないようで、カレリナの洞穴の少し離れた反対方向に居た。
(このままやり過ごして、一刻も早く村へ帰って皆に知らせないと)
その時だった、突如森に「指笛」の音が響き渡る。
『ピーーーーー! ピーーーーー!! ピピピ~!!』
(え!? 何? 誰か居るの?)
「グガ!? オイ、オ前、見テコイ。誰カ居タラ連レテコイ!」
「ギャギャ!」
(やだ! 話してる。やっぱり酋長なんだわ……怖い……助けてリリアン)
ゴブリンの気配が足元でするが、上には気が付いていないようだった。
カレリナがホッとした次の瞬間――。
〝コーーーーーーン!!〟
静寂の森に響き渡る籠った反響音が木霊する。
「ヒィッ! な、何で石が洞穴に飛んで来るの!? ……え? カワード?」
洞穴から外を見ると、遠くでカワードが身を隠しながらこちらへ手を振っているのが見えた。
しかし助ける素振りは無く、むしろ「さようなら」と言うゼスチャーで、その顔は嫌らしい笑みをしていた。
思わず穴から乗り出して、カワードを確認してしまうカレリナ。そこへ容赦ない追撃がカワードから投擲される。
洞穴から響き渡る乾いた反響音。ゴブリンも思わず上を見ると、驚愕の表情のカレリナがそこに居た――。