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053:カワードさんと大甘なお菓子~ファン、死す

 流が出発してから暫くした頃、幽霊屋敷を出る一台の馬車があった。

 荷台にはファンが村から持って来た緑色で、赤い紐で括られた特徴的な箱が積まれていた。


「それではファン様、荷物を『依頼主の元』までよろしくお願いします」

「ええ任せてください、シン殿もご壮健で。それでは依頼完了の『吉報』をお待ちください」

「お気遣い、ありがとうございます」


 参と正門前で挨拶を交わしたファンは、荷馬車に積んだ荷物を丁重に扱いながら幽霊屋敷を出る。

 荷馬車はサンポア貧民街と呼ばれる、この町で唯一の貧民街に差し掛かった頃にそれは起きた。

 突如ファンの馬車に衝撃が走る。


「な、何だぁ!? いくら何でも街中では襲われる事は無いよな……」

「……と、思うだろ? 甘いな~大甘だ~。バッサタルトにアルデットを塗したくらいにはなぁ?」

「ま、待て!? 僕は荷物を運んでるだけだ!! 荷物はやるから、こ、こ、殺さないでくれ!!」


 ファンの馬車周辺には、いつの間にか殺盗団と思われる男達が五人で囲んでいる。

 そしてリーダー格の男が、実にいい笑顔で無慈悲に一言言い放つ。


「み~んなそう言うんだ。殺れ」

「ちょま!! ギャアアアアアアア」


 ファンの右の腹、右胸、左頬、左脇腹にナイフが突き刺さる。

 断末魔の叫びをファンは放つと、そのまま前のめりに御者台からずり落ちて地面に転がる。

 

「ふひひ、いつ聞いても笑えるこって。さ~てお前達。荷物を開けて見ろ」


 手下が荷物を開封すると、中には真っ赤に熟したリンゴのような果物がビッシリと入っていた。


「屋敷に運び込まれた緑色の箱には間違いありやせんが、こいつぁ……」

「ハズレだな。やれやれ草臥れ儲けってやつか。このまま放置で撤収する」

 

 貧民街とは言え目撃者はそれなりに居るが、そこは裏の繋がりだからこうなる。


「あ~そこのお前ら、分かっているな? 何も無かった、そうだろう? おっと、それと早い者勝ちだ、この馬車とリンゴはくれてやる」


 貧民街の住民は目も合わせずその場を去る。


「よし撤収だ。駄賃にリンゴを齧りたい奴は持っていけ」

「ヘイ」


 男達が去ると路地裏から二人の人物が現れる。二人とも小汚いフードを被った、みすぼらしい人影が馬車を奪う。


「チッ、見ていて気分が悪い。おい! 行くぞ、あいつらがまた来るかもしれないからな」


 男は奪った馬車の御者台から、転がっている死体を一瞥する。

 もう一人は無言で頷き、そのまま馬車に乗り込むと大急ぎで走り出すのだった。



◇◇◇



 ファンが襲われ暫くたった頃、殺された事を知らない流は、途中カワードが休憩を要求したので休む事とする。

 さらに少し進むとまた休憩を要求するのでそれに従うが、流石に三度目の休憩中に暇になった流はカワードを煽る。


「ふ~疲れたな。ま、ゆっくりと行こうぜ?」

「カワードさんは随分と貧弱でいらっしゃる。あ、俺も疲れているからいいんだよ?」

「てめぇ……」

「カワード、その辺にしないか。ナガレの言う事も分からなくもない。少し休みすぎだ」

「どうしちゃったのカワード? いつものなアンタなら休まず行くのに」

「……そう言う気分なんだよ。嫌な予感っつー感じがあってな」


 流がそんなカワードに援護射撃をする。


「流石カワードさんです! 俺達に出来ない事を平気でやってのける! シビレはしないけど、憧れもしませんのでご安心を!」

「あ゛あ゛あ゛!?」

「まあまあ。カワードも落ち着きなよ。もうすぐ着くんでしょ?」


 レイナがそう言うとカワードも少しは落ち着いたのか、休憩を終え目的地を目指す。


 流は鼻歌混じりで歩いているが、姉妹二人はどんよりとした感じで、カワードに至っては怒りで張り裂けそうな感じであった。


 出発してからすでに四時間。そんな一行も、いよいよ旅の終わりが迫って来る。

 

「着いたぜ、ここがトラフ草原だ。そして向こうに見える岩山があるだろう? そこにお目当てのトラフタイガーの巣がある」


(岩山ねぇ……ま、予想通りで何より)


 流はファンから聞いた通りの地形を確認すると、そのまま進む。


「カワード達はここへ来た事があるんだろう?」

「昨日聞いたろうが、ここへは俺だけだ。二人が休んでる時に別の依頼で組んだ奴らとな。そこで腕輪を落としたんだ」

「そう、かい……」


 流は気配察知を発動させる、すると――。


(うわ~いるいる、何人居るんだこれ? 数十人要るぞ!!)


「なぁ、カワード。あの岩山には探し物は無いようだが、それでも行くのかい?」

「ど、どういう意味だ!?」

「ん~? 何を焦っているんだ? 言葉のまま、トラフタイガーの気配が無い、もしくは腕輪は落ちていないって意味だが?」


 カワードは目を血走らせ、流に掴みかかる勢いで迫って来る。


「ド素人が! 分かったような口を叩いてるんじゃねーぞ!! あそこはトラフタイガーの有名な巣だ! ギルドの奴に聞いても全員がそう言う!! 巨滅兵を倒したか何だか知らねーが、俺の言う事は間違いねーんだ!」

「そうなのか? なら腕輪はどこにあるんだろうな?」


 カワードは一瞬詰まるが、また捲し立てるように答える。


「そ、それはあの岩場でトラフタイガーに囲まれた時に焦って落としたんだ!」

「あれれ~? カワードさんはそんなに貧弱なんですか~?」

「あ゛あ゛あ゛!? テメーに何が分かる!!」

「いや~。カワードさんは絶対無敵のレイナのナイトなんじゃ~ないの? そんなカワードさんがまさか『デカイ猫』如きに後れを取るなんて――ありえねぇ、ダロ?」


 流の雰囲気がガラリを豹変したのを見て、カワードは息を呑む。


「Oh!? みすてぅぅィ~く♪ 俺とした事が勘違いから何たる無様を。カワード様が委縮してしまうとは痛恨の極!」

「テ、テ、テ、テてめええええええ!!」

「さて、遠足の続をしようじゃな~い?」

「ナ、ナガレさん、あの……大丈夫ですか?」

「ナガレ……」

「ハッハッハッハ。カワード様の言う事を疑ったらいけないぞ? カワード様の言う事は絶・対・正しい!」


 そう笑い飛ばしながら、流は『未知の敵対生物』が生息する岩山へと、ゆったりと進む。

 そのまま岩山の中心部に四人が到着すると、カワードが姉妹を連れて後ろへと下がる。


「あ~、なんだ、ナガレさんよ。腕輪は見つかったから俺達はここで帰るわ」

「えええ? まだ居たのか? 逃げ足だけのカワード様はもう、お家へ帰ってると思ったんだがな。おっと、失礼。本当の事を言ってしまったかな?」


 カワードが下がった所で、岩山のあちこちから人影が現れる。


「おーおー、二足歩行の虎とは珍妙な生き物だな。カワード様、あれがトラフタイガーってやつですかい?」

「……その軽口もそこまでだ! ついでにリリアン、テメーも邪魔だから死ねッ!!」


 カワードはレイナを引き寄せると、リリアンを流の所へ向けて蹴り飛ばす。


「お姉ちゃん!! カワード! 何をするの!?」

「くっ!? レイナ、そいつと後ろに下がってなさい。私とナガレは大丈夫だから」

「麗しき姉妹愛だね~、クククッ」


 カワードはレイナの首筋にナイフを突き付けると、勝ち誇ったように叫ぶ。


「約束通りにクソ野郎と、女を一人連れて来た! 後はあんたらの好きにしてもいい!」


 カワードがそう言い放つと、ぞろぞろと二足歩行の自称トラが流達へと歩いて来る。


「ハッハッハ! ナガレ~今ならもしかしたら俺に泣いて頼めば助かるかもよ? どーだ、土下座でもしてみるか~? ん~?」

「おや? どこかでゴミ虫が何かを言っているぞ」

「ナガレ、それはゴミ虫に失礼ってものだろう?」

「あ!? それはそうだな。ごめんなさい、世界のゴミムシさん」

「テ、テメェ!! もういい、死ね!!」


 カワードはレイナを無理やりに連れて元来た道の方へ下がり、同時に自称トラ改め、殺盗団の兵達が入れ替わる様に迫る。

 その様子にリリアンは後ずさるも、流は冷静に指示を出す。


「リリアン、お前はタンカーだな?」

「ああ、一応はそのつもりだ」

「よし、ならお前は自分の身を守る事だけに専念しろ。丁度そこの右側に三方を岩に囲まれた場所がある。背水ならぬ背岩で逃げ場が無いが、前方だけの攻撃を何とか凌いでくれ」

「分かった。でもナガレはどうする?」

「俺か? 俺は――」


 流達を囲むように迫って来た殺盗団の一人が、流へ向けて斬りかかる。

 その刹那、流は美琴を抜き放ち賊の右腕を斬り飛ばす。


「こうするかな?」

「ガアアア!! 俺の腕があああ」


 一瞬の事で何が起きたか分からなかった賊は、次の瞬間襲って来る『熱』とも言える痛みで我を失うほど混乱する。

 それを見た賊共もその歩みを一時止めて、流を凝視する。

 流も賊達を観察する。よく見ればその集団の奥に懐かしい顔を発見した。


「おおお!! そこのアンタは身ぐるみ剥がされて、泣きながら逃げて行った人ぢゃ~ないの!? 馬は良い値段で売れたぞ。俺に感謝しろよ?」

「テメェェ、やっぱりあの時の糞餓鬼か!? だがあの時とは違う! ハン、この人数でどうやって生き残るつもりだぁ? アアアン?」


 数秒考えて流は賊のまとめ役の男『アニキ』に提案する。


「分かった、俺の負けだ。そこで提案なんだが聞いてはいただけないだろうか?」

「…………いいだろう、聞くだけ聞いてやる」

「おお!! ありがとう! なんて心の広い奴なんだ、流石アニキだな!」

「チッ、早く言ってみろ」


 イラつくように言い放つアニキに、流は実にいい笑顔なのに悪い顔で提案する。


「一つ、片腕を置いてこの場を去る。二つ、片足を置いてこの場を去る。三つ、命を置いて地獄へ落ちる。俺は慈悲深いから選ばせてやる。さぁ、ど・れ・がいい? 個人的にオススメなのは三つ目だが?」

「てめぇ!! お前らや――」

「いいのか? 本当にいいのか? 後悔はしないな? これより先は日常には戻れない覚悟がある奴だけ……かかって来い!!」


 流はアニキの言葉を遮り、左手を胸に添えて「まるで自分に言い聞かせる」ように賊達へ宣言し、人間を蹂躙すると言う名の覚悟を決める。


「や、やっちまえお前ら!!」

「まぁそうなるよな…………来い!!」


 アニキの号令で賊達が襲い掛かる。

 賊とは思えない規律だった動きで、流達を半包囲にし徐々に追いつめる。

 その様子に焦る事無く、賊達の動きを見極める流とリリアン。


 流とリリアンの命を賭けた過酷な戦いが今、始まる。

読んでいただきまして、本当にありがとうございまっす!

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