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536:ジルコ・フォン・アダムズ

「そこの怪しい奴ら止まれいッ!!」

「止まれと言われて止まる馬鹿はいないってなッ! 爺さんどうする?」

「ほぅ……伝承通りかの~。それにしても良い色じゃわ~」

「爺さん、ボケるのは家に帰ってからにしてくれ!」

「んん? おおそうじゃったわな~。憲兵隊じゃなく一般兵という事は、まだ時間があるかのぅ~。どれ、雑兵共にはコレをくれてやろうかの~。お若いの、そのまま北へと進むがよいわ~」


 そう言うと老人は懐から黒い玉を取り出し、右手の中指と人差し指の間に挟み込む。それを向かってくる兵士へと投げつけた瞬間、周囲は白煙に包まれて視界が阻まれた。


「北ってどっちだ!?」

「おちつけナガレ。その路地を右に曲がって、王城へと向かう。それでよろしいですか、アダムズ伯?」

「ほっほっほ。どういう組み合わせか知らぬが、アルマークの小倅(こせがれ)と一緒とは――」


 瞬間、アダムズと呼ばれた老人の好好爺とした印象は吹き飛び、ギラつく目つきの暗殺者のような雰囲気を放つ。それを不愉快に感じた嵐影は、「……マ゛」と不快感を隠さない。


「――どういう了見かな、古廻 流よ」

「どうもこうもないさ。こいつはアルマーク・フォン・エルヴィス。俺の友達だよ」

「ほぅ、敵の跡取りを友と申すのかの~?」

「ああそうだよ。こいつは俺の親友と言ってもいい男だ」


 嵐影の頭の上に乗ったアダムズと、背に乗ったままの流はにらみ合う。隣で並走するエルヴィスと、その背に布を被され荷物に似せた美琴は動かない。

 数瞬の緊迫した時間がながれ、アダムズが腰の剣へと手を伸ばした瞬間、目にも留まらぬ勢いで右手が動く。

 その迷いのない動きに、エルヴィスはアダムズが腰の剣を抜刀したと思った、が。


「ほっほっほ。お若いの……いやさ、流よ。良き目を持ったわな~。よっこらしょっと、特等席じゃわ~」

「キセル?? てっきり私は抜刀したのかと」

「う~むぅ。いい煙管(キセル)だ! ご老人、その龍が煙を吐く作りも凄いが、鱗の出来が美しい……まるで本物の龍が雲海を征くようじゃないか!?」

「ぬうううううッ!? 分かるか流よ! ワシゃ~この出来に惚れての~一目惚れじゃった……あれは三十一年まえのことじゃったか」

「ちょ、ちょっとお待ち下さいアダムズ伯、それにナガレもだ! 今はそんな話をしている時ではないでしょう!」


 アダムズと流は顔を見合わせた後、エルヴィスへ向かって一言。


「「骨董品の良さが分からないやつは、馬に蹴られてしまえ」」

「あああ……こんな時、ミコトさんが健在なら止めてくれたのにいいいッ!」

「嘆くな小倅。骨董の良さが分からぬ朴念仁は修行するんじゃの~」

「そうだぞエルヴィス。骨董の良さが分かるまで、トエトリーの骨董市で修行するんだな」

「うるさい骨董狂いどもめ!」


 怒るエルヴィスを尻目に、流はアダムズと呼ばれた老人へと向き直る。次の言葉が分かるのか、アダムズは楽しげに嵐影の頭の上に座り、キセルから煙を吸い込み〝ぷかり〟と吐き出す。


「それで爺さんは一体だれなんだい?」

「ほっほっほ。ワシはここ王都の冒険者ギルドのマスター、名をジルコ・フォン・アダムズと申す。一応は伯爵らしいの~」

「伯爵がギルドマスターなのか? なんと言うか異世界って感じでいいなぁ」


 その言葉を聞き、アダムズは「異世界、か」とポツリともらすと、流の顔をまじまじと見つめる。


「な、なんだよ。俺の顔に何かついているのか?」

「いんや、顔には何もついてはいないがの~……そうか、ついに来おったんじゃなぁ~」

「アダムズ爺さん?」


 流はアダムズの瞳から涙があふれ落ちるのを見て驚く。アダムズ本人も、涙があふれ出た事に気が付かなかったようで、頬を伝う感覚ではじめて涙がながれていると分かる。


「あぁすまんの~、年をとると涙腺が弱くなるようじゃて……それにしても、【本当によ~来なさった。歓迎しよう、古廻 流殿】」


 その言葉を聞いた流は違和感につつまれる。そう、これは今までたまに聞いたことのある、〝名前だけの日本語〟だけじゃなかった。


「アダムズ爺さん、マジかよ……あんた日本語を話せるのか?」

「ほっほっほ。冒険者ギルドの元締めなんぞを長年していると、異世界の言葉も覚えてしまうこともあるでの~」

「という事は、アダムズ爺さん。あんたは俺の事をどこまで知っているんだい?」


 アダムズはくるりと前を向くと、「そうさなぁ」とつぶやく。そして街路樹が切れた先に見える、〝悪趣味な建造物〟の一部を見つめると、その答えを話すのだった。

明日で一時休載となります。

その分ボリュームは多いので、明日をお楽しみください。

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