535:額にピタリ
「ん、セイジュ。どうしたんだい、呼吸が乱れているようだが?」
普段は信心深くない男、セイジュはバレないようにと神様に祈ったが、その甲斐もなく、あっさりとアルバートに見破られてしまう。いきなり無茶振りをされた神様もいい迷惑だろうが、そんな神様へと脳内で悪態をつきつつ口を開く。
「は、自分でも自覚はありませんでしたが、呼吸が乱れていましたか?」
「うん、それはもう誰でも分かるほどにね」
セイジュは「そんなワケがあるか!」と口から出そうになるが、そこをぐっと堪えて落ち着いて口を開く。
「……そうでしたか。もしそうであれば、副将のデリル殿の采配があまりにも見事だったからでしょうね」
「あぁなるほど。そう言う抜け道もあったか、流石はセイジュだね。期待しているよ」
「アルバート様、そのように申されてはセイジュ将軍もやりにくいでしょうに」
「あぁこれは失言だったかな? 許しておくれよセイジュ」
「は、こちらこそ気を使わせてしまい、申し訳ございません」
「いいさいいさ。お互い様って事でいこうじゃないか」
そう言うとアルバートは馬に騎乗すると、右手をひらひらとさせてすっかり昇った太陽を見る。
「どうやら今日は熱い一日になりそうだね」
「そうですな。全てはあの男の動き次第ということですな」
「さて、どう出るかな古廻流。のこのこ王都まで乗り込んできたんだ、大いに楽しんでくれよ?」
(殿下はナガレをどの程度知っているんだ? それに呼び名のニュアンスも違う。まだまだ俺の知らない事がこの国には多そうだ……)
セイジュは苦笑いしながら、馬で移動するアルバートを見つめる。そして自分たちが最後尾になったと同時に、緑色の葉っぱが飛んできて額に張り付く。
一瞬払い落とそうと思ったが、目の前にアリエラが浮かび上がり、自分だけに聞こえるように話し始めた。
『黙って聞きなさい。この通話と映像は誰にも見えないわ。多分お侍様……いえ、流はヴァルファルドの子飼いだった者の所へと向かうはず。あなたはアルバートがそれに気が付かないように何とかしなさいよね』
(無茶を言わないでくれ!)
『残念だけど、あなたの声は聞こえないの。ま、その顔では無茶とか思ってそうだけど』
(くっそ! 貸し一つだからな! その無駄にデカイお宝を頂戴するぜッ!!)
『知らないわよ。そんなイヤラシイ目線で見つめても、ちちは揉ませてやりませんからね!』
(聞こてるんじゃないのかおまえ!?)
『じゃ、そういう事でよろしく。そうそうこれだけは言っておくわ。もし……流の身になにかあったら、頭を射抜いてやるから覚悟してね?』
(ちょ、待て! 何を言って――消えやがった)
突如、額の葉っぱが剥がれると、そのまま地面へと落下し茶色く変色する。それと同時にアリエラとの通話も切れる。
涙目になりながらセイジュはアリエラとの熱い夜を期待しつつも、任務失敗を予感するのだった。
◇◇◇
「おい爺さん、こっちでいいのか!?」
「ふぉふぉふぉ。お若いの、そう焦るもんじゃないの~」
「って言っても――ッ、来たぞ!!」
流は王都・冒険者ギルド本部へと向かう途中で、一人の老人と出会う。
その老人は貴族然とした、白地に金色の刺繍をほどこした服に身を包む。
顔つきは好好爺といった優しげな顔で、白髪を後ろで大きなリボンで結んでいる。ちなみに、あごヒゲは三つ編みだ。
そんな老人が冒険者ギルドが見えてきたと思ったら、突如嵐影の背に飛び乗り、流と嵐影へと「逃げるぞい」と告げる。
ワケも分からず老人へと抗議しようとした瞬間、エルヴィスが流へと告げる。見れば遠くから兵士が迫ってきており、それを老人は知らせてくれたようであった。