534:飛ぶ短剣は頭部を穿つ
音もなくスムーズに開くドアは、早朝とは言え少なからずいる冒険者たちすら気が付かない。
そんな事も気にもせず、アルバートは良質な革靴の音を響かせて冒険者の隣を過ぎ去る。
「ん? ッ、誰だ……俺の背後を抜けただと!?」
「あぁ失礼。君はたしか……そうそう、巨滅級の冒険者だったね。ならば知っているかな、冒険者ギルドの元締めである、アダムズ伯はおいでかな?」
瞬間〝ざわり〟と空気が波打つ。それは冒険者たちの警戒感がそうさせたのか、全員顔つきが緊張したものとなった。
「ん、どうしたんだい? 私の質問に答えてほしいのだがね」
「……どうして俺の事を知っているんですかい?」
「それは知っているさ、巨滅級ともなれば戦力になるからね。そこのキミは三星級の期待の新人だし、そっちのキミは来月巨滅級昇格試験を受けるんだったはずだね。だが気をつけたまへよ、巨滅兵は強力だからね。単独討伐の〝++〟称号は確かに魅力だが、死んでしまえば元も子もないからね?」
ざわつく冒険者たちは、口々にアルバートの事を噂する。
「何者だ? あんなスカした野郎は冒険者にいなかったはずだろ」
「わからねぇのか、アイツ。いや、あの方はアルバート様だ」
「ちょっと待て、アルバート様って言えばあの?」
その言葉でさらにざわつく冒険者の中から、一人の男の声が思わず漏れ出てしまう。
「第三王子の〝マーダープリンス〟か」
「ば、馬鹿何を口走ってやが――ッ!?」
「おや、随分と不名誉なあだ名じゃないかい? 酷いねぇ、謀殺って言うほど酷いことはしていないはずだが?」
アルバートはそう言うと、腰の短剣を高速抜刀し思わず口走った男へ向けて放つ。
短剣は高速で飛翔し、男の眉間をつらぬく。そう隣の仲間である男には見えた。
「ガッ――!?」
「ボリス!!」
ひざから崩れ落ちる男・ボリスを見た仲間の男は、即死だと思いボリスの元へと駆け寄る、が。
「え……生きている?」
「やれやれ、感謝してほしいね。ほらごらん、ボリス君の頭の上にあんなものが飛んでいたら危険だろう?」
全員の視線が気絶しているボリスの頭があった場所を見る。するとそこにあったのは、短剣に貼り付けにされている、大きな蜂に似た虫が絶命していた。
「私はね、何を言われても別に怒りはしないのさ。ただ今後必要になるであろう君たち、冒険者の戦力は一人も無駄にしたくない。そんな思いからの行動だと思ってほしいね」
そう言うとアルバートはニコリと微笑む。その黄金の瞳から薄く見える瞳の奥は、まぶしく怪しげで、とても魅力的な危険な香りで空間を支配する。
誰も動けず、誰も話せず、誰も、誰も、なにも行動を起こせない。一秒が一日に感じられるほどの極限のなか、何事もなかったように一人の娘が気負いなくアルバートへと話しかける。
「アルバート、か弱い冒険者をいぢめるのはやめてくれないかしら?」
「ん? 誰かと思ったら、顔より胸が主張するアリエラ様じゃないですか。いつまで王都でバカンスを?」
「会った瞬間セクハラはやめなさいよね。バカンスはそろそろ終わるわよ」
「それは残念。その凶悪な胸とあえなくなるとは、残念の極み」
「ぶっとばすわよ! フン、心にもないことを。それで何の用なの? っと、その前にこの子たちを開放なさい」
アルバートは「ああ失礼」と楽しげに言うと、右手の指を鳴らす。その瞬間、糸の切れたマリオネットのように、冒険者たちはガクリと前に崩れ落ちるのを何とか踏ん張ってこらえる。だが数名はそのまま前に転び、手に持っていたエールのジョッキをこぼす。
「これでいいかな? それではあらためてお聞きしたい。アダムズ伯に聞こうと思ったが、古の英雄にして、トエトリーの冒険者ギルドマスターの貴女なら知っていよう……日ノ本の侍、古廻 流はどこだ?」
これまでの優男の雰囲気が吹き飛び、アルバートは静かな殺気と共にアリエラを凝視して、流の所在を聞くのだった。