530:命が大事
「これでよしっと」
「馬鹿野郎!! 何をしている、とっとと逃げるぞ!!」
エルヴィスがそう叫んだ瞬間だった、腹のそこまで響く重低音を轟かせ、うなりあげる警報が王都に響く。
【ヴヴヴヴヴヴヴヴ~!! 緊急警報・キングロード、七八列目の街路樹がテロリストにより切り倒されました。職員は速やかにテロリストを捕縛し、四肢を斬り落とした後に玉座へと献上しなさい。繰り返します、キングロードの――】
「うおッ!? うるせえええ! なんだこれは?」
「ば、馬鹿! いいから早く来い!」
焦るエルヴィスは、流の所まで来ると袖を引く。だがすでに遅く……。
「いたぞ! テロリストは二人か!? お前ら動くな!」
「クッ、遅かったか。ナガレどうする!?」
「ん~どうするもなにも、やる事は一つだろう?」
そう言うと流は嵐影の背に再び立ち、悲恋へと力を込めだす。そのまま鞘の中に妖気と魔力を練り合わせ、向かってくる敵に向けて備える。
「なんだアイツは!? 我らの事が恐ろしくないのか? 馬鹿にしおって、とにかく捕えろ!!」
隊長格の男が叫ぶと、その両脇から騎兵が二十騎駆け出してくる。その距離、約百メートルほど。
焦るエルヴィスに美琴を託し先に行かせ、流は嵐影に指示を出す。
「嵐影、俺を思いっきり奴らの上方へと飛ばしてくれ。その後回収よろしく」
「……マッ!」
嵐影は五歩勢いよく進み、前足を踏ん張って尻を上にあげる。と、同時に流も足に妖気を込めて嵐影から射出!
放物線を描きながら、流は敵の上空十八メートル付近まで到達すると、悲恋を抜き放ち敵騎兵を睨みつけ大声で叫ぶ。
「人の命を何だと思っているんだ!! ちったぁ~その痛みを知ってから出直してこい――オリジナル参式・七連斬【改】!!」
流オリジナルの七連。しかも魔力を練り込んだ【改】のうえに、拡散型の参式を放つ。
青白の矢じりに似た斬撃群が、両脇の街路樹へ向けて放たれる。瞬間〝ザッズッ〟という音と共に街路樹の幹が震えた。
「な、なんだ……? って、うわあああああああああああ!?」
「ヒヒーン!?」
「街路樹がぎゃああああああああ」
「ぶべらッ!!」
震えた刹那、街路樹は音もなく斜めに斬られ、そのまま向かってくる樹木師たちを巻き込む。
その数見えるだけで、双方二十本。それが地面に倒れ落ちた瞬間、先程と同じように木に浮き上がった顔が割れ、中から白い光が抜け出てきた。
「ウァアアアアア!! 自由だああああああああ!!」
「やっと……やっと……」
「よくやってくれたわ。本当に感謝しています」
「ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、本当にありがとう」
街路樹に封印されていた、分かれた二つの魂が一つになる。そのまま光は螺旋状に天にのぼると、そのまま消え去ってしまう。
「シャッ! うまくいったな、樹木師たちは木の下敷きだし、あとは逃げるだけだな! 嵐影!!」
「……マッ!!」
流は倒れた街路樹の影に入りながら、建物の影に潜んでいた嵐影を呼ぶ。嵐影も街路樹をうまく利用し流の元へと来ると、そのまま止まらず流を背に乗せて嵐のように走り去る。
なにが起きたのか、いまだに理解していない隊長格の樹木師の男は、街路樹がさらに倒れたのを見て冷や汗をながす。
「マ……マズイ。このままなら確実に殺される……今なら俺だけでも王都を脱出できる、今なら……よし、善は急げだ」
そう言うと隊長の男は部下を見捨て、一人馬を正門へ向けて走り出す。もうすぐ開門するであろう南門から一気に外へ出て、そのままトエトリーへ向かおうと思うが、賊にでもなったほうが楽しそうだと思い直す。
「クソついてねぇ! が、ものは考えようだ。こんな所から抜け出るいい機会だ、いっそ賊にでもなって――」
「――おや、それは困るね。何があったのかを聞かせてもらおうかな?」
「アアン? 誰だテメ…………ひぅ!? で、殿下ッ!」
逃げ出した隊長の右斜後ろに、いつの間にか並走している影。その影は南門にいたはずのアルバートだった。