519:ブラックホール
黒く光沢のある美しい四足獣がしずしずと、足音も無く地面を歩く。そして向日葵を見ると、その足を早め再開を喜ぶ。
「ふぇ~白ちゃん久しぶりぃ! この体なら喚べると思ったんだよねぇ~」
「…………」
「どったの? ほれほれ、主の向日葵ちゃんですよ? カモン・ハグ!!」
「…………っの……」
「ふぇ~?」
「会いたかったぜえええ!? こんのクソ女! まだ生きていやがったのかあああああああああ!!」
白ちゃんと呼ばれた黒い神獣は、額の歪な赤いツノを光らせ向日葵に突進して来る。
「ちょ、ま、ぎゃふえええええええ!?」
いきなり襲われてしまう向日葵。体が黒い白ちゃんは、そのまま向日葵をツノで突き刺すと、七メートルほど上空へと払いあげ「悪は滅せよッ!」と鼻息を荒くする。
その姿、まるでトルネードに巻き込まれた木のごとく、高回転しながら地面へと落下。そのまま頭から埋まるのだった。
「チッ……せっかく天界の西丘にヴァカンスに来たっつ~のに、喚ばれてみりゃ性悪陰陽師とはツイてねぇ。つか、ここはドコよ?」
あまりの出来事に流とエルヴィスは固まる。そしていきなり話だし、不機嫌MAXな黒い白ちゃんに驚く。
そんな流達を見た白ちゃんは、もう一度「チッ」と舌打ちすると流の前に歩いてきた。
「オイオイ兄ちゃん、ここはどこだい? つか、お前……まさか向日葵の仲間か?」
「いや、被害者だ」
「おお! あんたも被害者かよ!? マジでアイツは一度滅した方が、世のため人のため神獣のためだと俺は思うんだわ。ウンウン」
さらっと向日葵を売る流にエルヴィスは額に汗を浮かべ、何かを言おうとした瞬間、穴の中から恨めしそうな声が響く。
「ぼぇぇぇ!? ちょっとぉ大殿様ぁ、速攻で私を売るのはやめたげてくれますぅ?」
「知らん。俺はいま疲れているんだ、こんな神獣と闘う余裕はない」
「酷すぎ都市伝説!?」
向日葵はなぞの言葉を叫ぶと、尻を上下にくねらせ穴より抜け出す。その実にマヌケな姿に凄腕の陰陽師の威厳などまるで無く、無様な美少女が顔に土をつけて立ち上がる。
どうやらとっさに術でガードしたらしく、残念ながら無事だったようだ。そんな雰囲気を察した向日葵は、右人差し指を白ちゃんに指しながら、ツカツカとその元へと歩いて一言。
「誰が主か思い出させてやるッ!!」
「俺が主だバカヤロウ!!」
そう言うと白ちゃんは〝ギロリ〟と睨みつける。そんな白ちゃんに向日葵はビクリと震えると、涙目で数度うなずく。
意味の分からないやり取りの最中、住民が集まりだし流を見て騒ぎ始める。
「おい……あんさんはどうしたんだ?」
「まさか負けたのか……」
「いやそんなはずはねぇ、あの男が負けるはずがッ――オイ! オマエどうなった!!」
徐々に距離を詰められ囲まれる流たち。流石その様子が普通じゃないと思った黒い神獣の白ちゃんは、向日葵の襟元に噛みつくとそのまま前方へと放り投げた。
「ふええええええええ!?」
「チッ、よく分からんがここから逃げたいんだろう? お前の名は?」
「流……古廻 流だ」
「そうかよ。んじゃ流、俺の後について来いや」
そう言うと白ちゃんは前方へと緑色が混ざった黒い霧を吐き出す。黒い霧はトンネル状になり、それに触れた住民は再び気絶し倒れる。
「よし、んじゃ行くぜ?」
「あ、あぁ分かった。エルヴィス、大丈夫だ行こう」
「まったく次から次へと……お前のそばにいると飽きないよ」
白ちゃんを先頭にトンネルの中を走る二人と一頭。途中で向日葵をキャッチした黒い神獣の白ちゃんは、背中に乗せると笑いながら疾走
「ギャハハハ! 邪魔だぁ! どけどけぃ!!」
そんな様子をエルヴィスは最後尾から眺め、「私の常識はどこに置き忘れて来たんだろうか?」と、ハイライトの消えた瞳でトンネルの先を見つめるのだった。