051:屋敷への初めてのお客
「「「お帰りなさいませ、旦那様。ようこそファン様、歓迎致します」」」
「おおう!? これは一体いつの間に揃えたんだ??」
「ははは、驚いたろ? 俺も驚いている……。お前達、馬車の荷物を部屋へ運んでくれ」
「承知いたしました」
「まぁ、使用人達を用意したのはこの男なんだがな」
屋敷に入ると、王都でも見ないような立派な仕立てをした、見慣れない純白の執事服に身を包んだ男が出迎えていた。
「お帰りなさいませ、古廻様。そしてファン様ですな、御噂はかねがね」
「コイツはこの屋敷の執事長をしているシンって言うんだ、よろしくな」
「あ、ああ。こちらこそよろしく……です」
あまりの紳士然とした執事の振る舞いに、呆気にとられるファンだったが、そこは商人。すぐに態度を立て直し対応する。
「こちらこそ、何時もナガレさんには世話になってます。それで荷物はこのままここに?」
「はい、そのままで結構です。明日になったらファン様に運搬して頂きたく思いますが、問題はありませんでしょうか?」
「勿論問題はありません、では『道中打ち合わせした通り』と言う事で」
「まあそんな訳だ。ファン、明日はよろしくな」
「任せろ! この『とんでも荷物』であのクズ共に一泡吹かせてやれると思うと楽しみだな」
「全くだ。お前今日はうちに泊まってけよ。少しは歓迎してやるぜ?」
「ハッ、どこが少しなんだかな? じゃあお言葉に甘えて世話になってやる」
「そうこなくちゃな! お前達、今日はファン様のお泊りだ! 『ここで』出来るおもてなしをしてくれ」
「承知致しました」
参は流の言葉を聞くと、目配せだけで指示を出す。
するとそれだけで全てを理解したのか、使用人達は動き出す。
「……なぁナガレ。お前の使用人達は何者なんだ? 道中での魔法? での打ち合わせも、この対応といい……あ、いやすまない。今更無粋な質問だったな」
ファンは流の腰で暇そうにしている美琴を見ると、その質問がいかに馬鹿らしいかと改めて思う。
「正直言うと、な。俺も分からないんだよ。ファンからすれば何を言っているんだ? と思うかも知れないけどな……いつの間にかこうなってた」
「そう言う物かもしれないぞ。お伽噺にこんなのがある……『そこに至るか、元々至ってたのか』ってのだ。勿論、もっと長い話だが、掻い摘むと意味が分からないが、こんな感じだ」
今の流ならその意味は分かる。何処にでも居るし、何処にも居ない。そんな台詞を言った猫君が居たが、今ならそれが実感出来る。何せここは異世界なのだから。
「なあファン。俺も最近学んだんだが……別の世界があるとしたら信じるか?」
廊下を歩き、貴賓室へと向かいながら流はファンに問う。
調度品はまだ配置の途中だが、その見事な作りを見ながら歩くファンは不思議そうに答える。
「ん? 当たり前だろう。この国はその別の世界の凄い奴に救われたって話だ」
「そ、そう言う話っすか……何か魔法も普通に使えるのが納得した」
〆がここに来る前に言っていた「固定観念」と言う、ある意味呪いが、いかに自分の世界を狭くしているのかと実感する。
そんな事を考えながら歩くうちに目的の部屋へと到着すると、メイドにウエルカムドリンクを用意させファンと別れる。
「さてと、しばらくここで寛いで居てくれ。俺は明日の用意をしてくる。じゃあ飯の時にな」
「おう! じゃあまた後でな」
ファンと別れた後、異界骨董屋やさんから運び込んだ荷物と、今日村から持って来た荷物を地下に運び込んだついでにアリスの元へ流は居た。
「ナガレ! あたくしを放っておいて、何処へ行ってたのじゃ?」
「ぬ、羽娘。生きてたのか」
「馬鹿者め! あたくしは不滅だ!! それはそうとその箱はなあに?」
「これは明日使う道具が入っている。まあ気にするな」
「……分かった。小さき物にも魂は宿る。程ほどにな」
「ハハハ、良く分かるな。了解した。それとここはこの屋敷で一番堅牢な場所だ。お前は今は動けないが、見張りはしっかり頼むぞ?」
「任せておくがよい。もし何かあれば大声で叫んでやるのだ」
「早く出れるといいな、まぁしばらく不便だろうが我慢してくれ」
「気にするでない。この中は不思議と心地良くてな、腹も減らんし不便は何も無いのじゃ」
「そう言う物か? 出来るだけ早く解放してやるから、暫く我慢しろよ」
「ううん、気にしないで。迷惑をかけてごめんね?」
「なんだよ、素で話すと可愛いな」
「バッ!? 何を言っておるのじゃ!」
「はっはっは、冗談だよ。じゃあそろそろ行くわ」
「う、うむ。気を付けてな」
メイド達が荷物を解き始めるのを見て、後の事を頼む。
「じゃあ頼んだぞ、丁重にな? それとアリスの事もよろしく頼む。村の荷物は見えない様に開封してくれ。その後はここに置くように」
「承知しました」
アリスを一瞥してから、そのまま流れは三階へと向かう。
自室に入ると流れは椅子に座り、あの漢を呼ぶ。
「壱、居るか?」
「壱:はいな! 古廻はんの壱、只今参上でっせ!」
「呼んでおいてなんだが……その、帰ってくれないか?」
「壱:なんでやねん!!」
「すまん……鬱陶しくなった」
「壱:酷いお人やでぇ……で、御用は何でっか?」
流は懐からジェニファーの店で、参が繋ぎに送って来た短冊を見せる。
「先日のサブマスの話は聞いていたと思うが、明日は相当数に囲まれるらしい。数の暴力に対抗するには、俺の武力が足りなすぎる。妙案を示せ」
壱はしばらく考えると、ある事を思い出したようだ。
「壱:あ! そうや。あの愚かな妹の道具に、威力は低いけれど、連撃する道具があったはずでんがな。それを使こうてはどないですか?」
「ほほう、じゃあそれを〆の所へ借りに行こう」
「壱:はいな」
「あ、ついでに愚か者呼ばわりしていたと報告もしとくか……」
「壱:やめてーな! 僕また真っ二つにされてしまうですやん!! 不死鳥言うても、精神的に辛いんやで!?」
壱と心の交流をしつつ、異超門を超えていく。
すると何時もはすぐに駆け付ける娘の姿が何処に無かった。
「〆~帰ったぞ~……あれ? いつもすっ飛んで来るのにな?」
「壱:ほんまでんな~まぁ、所詮は愚妹。兄に勝てる妹などおらへ『んのや』『んのや』」
壱が最後まで言い切る前に壱の体が左右に半分に割れ、その双方から声が響いたかと思うと〝パッタリ〟と割れ倒れる。
「〆:も、申し訳ございません。ちょっと湯浴みをしていたもので……」
「風呂だったのか。それは悪い事をしたな」
「〆:いえ、何時いかなる時も、古廻様の僕たる私にあるまじき行為に恥じる入る所存です」
〆を見ると今日はピンクの狐の折紙だった。
「湯上りだからピンクなのか?」
「〆:えっと、裸なので恥ずかしいから……か、と……?」
「そう、か……」
「〆:はぃ……」
「壱:カ~ッペッ! 嫌やなぁ~。何そのラブコメ展開は!? 今頃読者様は『ラブコメ爆発しろ』って言ってまんがな。七割強で、確実に! 大体そんな紙きれ見て誰も何とも思わんわい!」
復活した壱が吐き捨てるように言う。自分もその紙きれだと言う事を置いといて。
「〆:べ、別に私は古廻様の僕であって、そんなんじゃないんですからね!?」
「壱:ふっ……我が妹ながら可愛い所もあるんやな。正に怪奇現象や!」
「〆:……壁に貼りつけますよ?」
赤い紙を青く染めながら、流れの後ろに隠れる壱。
「〆:それで今日はどうされたのですか?」
「ああ、実は明日な――」
流れは詳細な明日の事を説明する。
「〆:なるほど。では明日は屋敷にも攻めて来ますね」
「ほぼ間違いなくな。屋敷の方は参とお前も来るんだろうから、間違っても落ちる事は無い。俺の方は数の暴力で来られると流石に一人ではキツイ。何か良い物があったら貸しておくれよ~〆えも~ん」
〆は考え込むように可愛らしい声を出すと、器用に前足を〝ぽん〟と合わせる。
「〆:それならこちらをお使いください。夢見姫『連撃の腕輪』と『山伏の下駄』をお持ちなさい。
「ハイ、カシコマリ」
天井から声がすると、すぐに二つの箱が上から紫の組紐に吊るされて降りて来る。
〆が箱を開けると、中から腕輪と下駄が勝手に出て来る。
その様子に一瞬驚くも、付喪神が憑りついていると思い出し落ち着いて品を見る。
腕輪は黒を基調とした金属製の物に、虎の形をした白い金属のような物が付いていた。
下駄は鼻緒が唐草模様で変わっている以外は、一見普通の桐製の下駄だった。しかし通常は二つあるはずだが、何故か底に付いている歯と呼ばれる下底を支える部分が一つで、とても普通に歩ける状態では無いと思える形状だ。
「これは何なんだ?」
「〆:これはですね、『手数が倍になる』腕輪と、山伏のように『悪路でも身軽に動ける』下駄でございます」
「腕輪は壱から聞いていたから分かるが、下駄は……指痛くなりそう。って言うか、下駄の歯が一本って天狗かよ!」
「〆:うふふ、大丈夫でございますよ。痛くもなりませんし、転倒する事もございません。現在お持ちの韋駄天狗の髭と比べると効果が低い代わりに、体に負担も少なく、制限時間はございません。効果としましては『通常の1.5倍』の速さで動けます。連撃の腕輪に関しましては、使用後に『増やした数×一分の冷却期間』を置いてから、再使用が可能となります」
なるほどと頷く。二つのアイテムを見ると流には少し大きいようだった。
「これ大きくないか?」
「〆:こちらも心配はいりません。試しに腕輪を装備してみてください」
流は箱から出すと、右手に連撃の腕輪をはめてみる。すると、驚いたことに腕輪のサイズが流の腕にピッタリと縮んだ。
「おお~凄い! 取る時は……お、スルっと外れる」
「〆:下駄もお試しくださいまし」
下駄も箱から出して履いてみると、こちらもピッタリのサイズになる。
「毎度驚くけれど、今回も驚いた……どうなってるんだこれ」
「〆:うふふ。憑いている付喪神が合わせてくれるんですよ」
「なるほどな~今回は頼むよ二人……? いや二柱様」
流が挨拶すると、憑いている付喪神が話しだす。
『狐にこき使われるのもまた善きかな。若き者よ、連撃の力、存分に使うが良い』
『あんな髭と違ってオレのは気楽に使ってくれ。見た目もいいだろ?』
まさか挨拶を返されるとは思っておらず、少し驚く流。
「お、おう? 頑張って使ってみるよ」
「〆:お前達、古廻様が困惑なさっています。あまり話しかけて、惑わすのではありませんよ?」
『うむ、承知』
『分かってますって姉さん』
「ま、そう硬くならずに気楽にいこうぜ? じゃあ俺はそろそろ戻るから、明日は頼むぞ」
「〆:はい、お任せくださいまし。では明日お会いしましょう」
流れは異界へ渡る障子戸を開けようとしたその時だった。
店内に響く不気味な声が木霊する。
『否』『否』『否』『可』『否』
「〆:『五老』!! 韋駄天狗の髭ですか……容認出来ませんか……五老などと増長した愚物共の長めが……どうしてくれようか!?」
『我らを脅しても無駄だ、こればかりは例えお前でもな』
『然り然り。悲恋美琴を置いて行け、さすれば協力しよう』
『アッハハハハ。腕輪を置いていくなら考えてもいいわよ?』
『み、みんなそう言うのは良くないよ』
『持って行きたくば、我らをもっと楽しませるがよい』
制限があるのは分かってはいたが、持ち出し拒否に流も困惑するのだった。
ブックマークとPVが増えて来て、感謝感謝の極みです!
(*゜▽゜)ノ