513:決着~斥候の男は月を愛で旅立つ
美琴は青金色を引きながら、驚く速度で悲恋を振るう。童子切が放った斬撃を全て叩き伏せ、ついには童子切の目前に迫り悲恋を童子切の眉間へと突きつけた。
それに童子切は微動だにせず額に汗を浮かべ押し黙ると、ジット美琴を見つめる。
童子切の視線を気にもせず、美琴の左目は黄金の長髪に隠れ、右の蒼い瞳は悲恋の先端部分である切っ先を見つめていた。
ジットリ……そんな汗が童子切のあごから滑り落ち、首筋へと伝わりながれる。
やがて耐えられなくなったのか、童子切はゆっくりと口を開く。
「……やれやれだねぇ。あのバケモノ・時空神の力の一部とはいえ、ここまでとはねぇ」
童子切はそう言うと、視線を一瞬美琴の背後へと向ける。そこには青金色の神玉が浮いており、その表面には〝神域開放〟と四文字が見えた。
「そういう事かい……チッ、やめだやめだ。『理』にこれ以上かき回されるのはごめんだし、何より酒がきれた。おい流! この勝負はおまえらの勝ちだ。せいぜい腕を磨いて、今度は俺を最後まで楽しませてくれ。ただし――次は本気だ」
そう言うと童子切は眉間に突きつけられている悲恋を、手に持った刀で軽く弾き納刀。そのまま童子切を待つ女、駒那美の元へと歩いてゆく。
やっと息が普通にできるようになった流は、その姿を見て驚く。
「童子切……おまえは一体何を……」
これまで自分を殺すことだけが目的のような男が、たったこれだけの事で引いた。いや、確かに美琴の力は圧倒的だった。あの童子切をここまで追い詰め、さらに刺殺する一歩手前までいったのだから。
そんな事を考えていると美琴の神気が急速に小さくなり、背後の神玉へと吸い込まれてしまう。
神気が無くなった次の瞬間、美琴はもとに戻り、そのまま倒れて動かなくなった。
「そ、それより美琴! おい美こ――ぐぅ、美琴大丈夫か!?」
急いで立ち上がろうとするが、全身打撲と複雑骨折。そして右腕の激痛でその場から動けない。
そこへ童子切と入れ替わりエルヴィスが走ってくるのが見えた。
「ナガレ大丈夫か!?」
「エルヴィスか……すまない、腰のアイテムバッグから紫の回復薬を出してくれ」
「分かった少し待て!」
エルヴィスはすぐに流のそばまで来ると、腰のアイテムバッグから紫の回復薬を取り出す。
それを口にはこぶと即効性は無いものの、徐々に流の体が回復する。完全回復にはまだ時間はかかりそうだが、この異世界の薬の効果と比べても十分即効性といえる回復量だ。
まだ痛む体にムチを打ち、流は美琴の元へと駆け寄る。
「美琴大丈夫か!? おい! 美琴!! 返事をしろ!!」
「ミコトさんは一体どうしてしまったんだ……」
二人は動かなくなった美琴をどうしていいか分からない。生きている存在ならば、流が持つ因幡が作った回復薬でなんとかなるだろう。だが美琴相手にそれが効くとは思えず、二人は狼狽えた。
「ダメ元だ。無理やり飲ませてみよう」
『ふぇ~、それはもったいないです。やめた方がいいでしょう』
地面に転がる悲恋から、間の抜けた声が聞こえる。見れば悲恋から抜け出た娘、向日葵が現れた。
「向日葵か、それはどう言う意味だ?」
「大殿様ぁ、そんなに怖い顔で睨まないでくださいよぅ。言葉のままの意味です、姫の症状は草津の湯でもなおりませんね。あれ? 違う意味だったかな」
「今は冗談を言っている時じゃない、知っていることを話せ」
「はぃはぃ、原因はソレですよ。ほら……その浮いている神玉です」
流とエルヴィスは向日葵が指を指した方向を見る。神玉と呼ばれたものは、美琴の真上で滞空したまま動かずにいるのだった。
◇◇◇
「あんさん、本当にアレでよかったのですえ?」
壊れた町並みを歩きながら、童子切はそれを見て修繕に時間がかかるだろうと嘆息する。もっともその原因は自分だと思うと、複雑な心境なのだが。
「いいも悪いもないさねぇ。おまえも見たろう、あの玉ころ」
「ええ……またとんでもない物が出てきましたえ」
「そうだ、あの玉ころ――青金色に輝く神玉は、時空神があの娘に渡したのは確実だ。俺の無響羅刹が羽虫を振り払うように、蹴散らされたのはアレが原因だ」
「神域展開……ですえ」
「そうだ、忌々しい神のスキルというやつだねぇ。しかも最上神のものだ、うかつに攻撃しようものなら俺が細切れになるか、ここら一帯が吹き飛んだかもしれないねぇ」
二人は自然に空を睨む。月は美しく輝き、雲ひとつ無い夜空だ。そこの何処かにあの玉の持ち主がいるような気がして……。
「やはり完全防御型ですえ?」
「あの形態ならそうだろうな。あの娘に力を与え、かつ存在そのものを強化もしているように感じたねぇ」
「強化……と言うより、体そのものを作り変えているように感じましたえ」
童子切は「おお!」と言うと、両手をあわせて駒那美の言葉を称賛する。
「それだ! やっぱり俺の駒那美は違うねぇ! そうさな、あの娘――美琴と言ったか。あれそのものを、作り変えようとしていたふしがある。そもそも『理』が出張ってきたことが異常だねぇ。と、すると……」
「ええそうでしょうえ。あんさんとの戦いを続けさせ、そこから何かを狙う……それが何かは分かりませんが、『理』のすることです。ろくなことではないでしょうえ」
それに童子切も無言でうなずくと、左手の大徳利を寂しそうに撫でる。
「はぁ……寂しくなるねぇ」
「古廻 流とのことですかえ?」
「そうさね、やつはよくやったさねぇ」
「そうですかえ? あんさんの足元にも及ばない存在に見えましたえ?」
「そうでもないさねぇ……ほら、見てごらん。ここだよ、ここ」
童子切は大徳利を左手で紐を持ち、駒那美の前へとぶら下げた。それを訝しげに見る駒那美は、それに気が付き「あっ!?」と声を上げた。
次の瞬間、徳利は真横に線がはいり、そのまま上下に分かれ下部分が地面に落下し壊れてしまう。
「あぁ……俺の大事な大事な徳利がぁ……ハァァァァァ~」
「まさかあんさんの徳利を割る人物がいるなんて……」
「だろう? 日ノ本から唯一持ってきた品だ。それがこんな形になっちまうとは、俺もう泣きそう」
「歴代の古廻ですら、その徳利に触ることすら出来ずに死んだというのに……」
「そうさね。あの古廻千石ですら、徳利にふれることは無論、斬ることなんて出来なかった。それを流の奴ぁ最後にやりやがったのさ、あの最後に放った〝真横に払った流の渾身の一閃〟でこうなったんだ」
童子切は流の最後の一閃を思い出す。戦いの中でメキメキと実力を伸ばし、剣の冴えを極限まで研ぎ澄ませた結果、本当にあと一歩で童子切へと届いたと思うと嬉しくなる。
「奴の……古廻 流の実力は本物だ。結果的に考えると、俺はついているのかねぇ。生かしておいて正解だったねぇ」
「その言葉、聞き捨てなりませんね」
突如背後より声がする事で、童子切は立ち止まる。そこには流が追ってきた斥候の男がいた。童子切はその男の方を見ずに口を開く。
「そうかい? なら好きにすればいいさね」
「そうさせていただきます。事の顛末は詳細に報告させていただきます。それでは失礼」
「そうかい……達者でな」
――〝ティン〟と、涼やかな金属音が聞こえ、童子切はまた歩き出す。斥候の男は小さく舌打ちすると、月を見上げながら建物の影に移動しようとした刹那――
「ぐ…………ガハッ!?」
「馬鹿は死ななきゃ治らないってねぇ。さて、これで流の情報も弐に伝わること無くなった。強くなれ流、俺のためにねぇ」
童子切は赤く染まる満月を見ながら、手に持った大徳利の半分を放り投げる。瞬間、銀閃が無数に広がると、落ちた大徳利破片と対空中の破片もろとも粉になり風に包まれて消え去ったのだった。
一時休載まで残り数話となりました。
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