050:親密なカワードさん
その日、リリアンは何時ものように畑の雑草を取り除いていた。そんなリリアンの元へ、凶報を届けにカワードがやって来る。
その瞳は凶報を届けに来た者ではなく、むしろ楽しんでいるようでもあった。
「おい、リリアン! お前のせいで俺のカレリナはゴブリン共に拉致られたぞ!」
「な、なんだって!? それは本当の事なのか!!」
カワードにリリアンは掴みかかり、それをカワードは強く払い退ける。
「チッ、本当の事だ。この目でシッカリと見たからな。俺は『たまたま』神隠しの森に居たんだが、遠くで悲鳴が聞こえたんだよ。それで急いで駆けつけると、リリアンがゴブリンの集団に担がれ森の奥へ消えていく所だった。その中には一際デカイ奴も居てな、武器も何も無い俺は呆然と見ているしかなかった訳だ」
その話を聞き表情が真っ青になり焦るリリアンは、即座に村長の所へと向かおうとする。
「待て! 早まるな! 何故俺が最初にお前の所へ来たか分かるか?」
そうカワードは言いながら、リリアンの肩を強く掴み実に卑しく笑いかける。
「……何故だ?」
「お前、湖でカレリナにありえない『依頼をした』な? 丁度そこの岩陰で釣りをしていた俺は全て聞いている」
「依頼? って、妖精の息吹の事か? 馬鹿な、あれは冗談で言っただけの事だろう!!」
「かもしれない。だが現実はお前の戯言のせいで、カレリナはゴブリンに攫われて、今頃は肉奴隷にされているだろう」
「お、お前っ!!」
走り出そうとするリリアンを、カワードはまたしてもその肩を掴む。
「だから待てと言っている。いいか? お前の真意はどうあれ結果はこのザマだ。この事が村や村長に知られたら、お前は無論、妹や家族まで良くて追放。最悪縛り首だ」
「なッ!? そ、そんな事がある訳が――」
「無いとは言えないだろ? カレリナは村長の一人娘だ。その娘を唆して、一人であの危険な森へと向かわせたのは事実。そうだろう、リリアン?」
「クッ……」
リリアンは目の前の状況にどう対処していいか分からなかった。
自分だけなら縛り首になっても良い。ただ家族が、妹がそんな目に合うのだけはどうしても我慢が出来なかった。
「…………どうすればいい?」
「ハハハ、良く理解してるじゃねーか。実を言うと、俺はもうカレリナはどうでもいい。あんな俺の魅力が分からないバカ女は、ゴブリン相手がお似合いだ」
「お前ッ……」
「そう怖い目でイキるな。それで、だ。前々から思っていたんだが、俺はお前の妹のレイナがとても気に入っている、もう我慢できない程になぁ」
カワードがそう言うが早いか、リリアンはカワードの胸倉をガッツリと掴み持ち上げる。
「だからそういきり立つな。それでここからが本題だ。取引をしよう、俺はレイナを気に入っているが、強引な事はしないと約束しよう。それで俺は俺の実力でレイナを惚れさせてみせる」
「それの何処が取引なんだ?」
「これだから脳筋は嫌だねぇ~。いいか? 俺は『お前が唆した事実』を誰にも言わない。その代わりレイナを俺の物にする。ただし『卑怯な手を使わず堂々』とだ。本来なら俺がお前にこんな気を使わなくてもいいんだろうが、いつもお前が傍にいるから邪魔で仕方なかった訳だよ」
リリアンはカワードを放り出す。
「どの口が言う!!」
「それにだ、このままカレリナが肉奴隷のままで良いのか? 噂では最後は殺されて食べられるらしいじゃないか? 今ならまだ体は無事だ。助けてやりたいとは思わないのか?」
「そ、それは勿論当たり前だ! 今すぐにでも行って助けてやりたい!」
「だろう? でも現実は不可能だ。俺とお前で行っても、あの数のゴブリンには敵わない。そこでだ、レイナも入れて三人で実力を付けながら、カレリナを救出しないか? 肉奴隷になっても、カレリナなら長く持つだろう」
リリアンは葛藤する。そして決断した。
何があっても「家族を守り親友を助ける道」を。
「……分かった。レイナにも協力を頼んでみる。ただ約束は守れ、もし力ずくでレイナを物にしようとしたら――殺す!!」
「おーおー怖いねぇ~。じゃあ取引は成立だ。出発は早い方が良い、明日の朝ここで会おう」
カワードはそう言うと誰も居ないかと周囲を確認し、足早に去って言った。
その様子を呆然と眺めながらも、リリアンの頬を熱い涙がとめどなく流れ落ちる。
「何と言う事になってしまったのだろう……すまないカレリナ、すまないレイナ。全てが終わったらケジメはつけるッ!!」
リリアンはそう言うとガクリと膝から崩れ落ち、地面に両手を付けて泣き始めるのだった。
◇◇◇
「お、お姉ちゃん……まさかそこまで酷い事になってるなんて……」
「レイナすまない。お前と家族のためとは言え、保身に走ったと言われても仕方ない愚行だ。全てが終わったら、私はカワードを斬り捨てて自分も死ぬ」
「何を言っているのよお姉ちゃん!? お姉ちゃんは何も悪くないよ! 悪いのは全部カワードじゃない!!」
姉妹の状況を冷静に見る流。すると頭上から一枚の短冊が、ヒラヒラと舞い落ちて来る。
それを手に取り見た流は、ニヤリと口角を上げる。
「まあ少し落ち着け、話は分かった。それに『今現在の奴の動向』も分かった事だし、ついでだ、お前達の事も俺に任せておけ。悪いようにはしないから」
普通だったら「大変だな」で片づけられてもおかしくない話だと言うのに、流はそれを自分に任せろと言った事に姉妹は顔を見合わせる。
「ほ、本当なんですか、ナガレさん」
「いや、レイナ。私はナガレなら信じられる。そして信じるしかない。頼むナガレ、私達に力を貸してください」
二人はナガレに深々と頭を下げる。
「おいおい、そう言うのはやめてくれよ恥ずかしい。だから言ってるだろう、任せておけってな」
「「ありがとうナガレさん」」
「礼は全て片付いてからな。それとリリアン、お前は死ぬな。それは絶対に許さん。それがお前達の依頼を受ける条件だ」
リリアンとレイナは片手を握り合いながら、流に強く頷くのだった。
丁度話が終わると、カウンターよりジェニファーが手招きをしているのが見える。
「じゃあ俺は行く。お前達は今言った話をアイツに悟られないように、明日何食わぬ顔で集合場所へ来てくれ」
「「分かった!」」
そのまま二人と別れ、カウンターへと向かう。するとそこには馴染みの顔がもう一人居た。
「ようナガレ、探したぜ! もし暇なら俺の護衛を頼みたい。急ぎで近くまで行かなきゃならないんだが、先日の事もあって不安でな。夕方には戻れるはずだ」
「それは良いが、一体何処へ行くんだ?」
「ああそれはな――」
流はファンの馬車に揺られながら、林道とは言えない広さの街道を走る。
「マジかよ、じゃあお前はこれから殺盗団を討伐するってのか? それも一人で?」
「まあそんな感じになった。でも組織自体は俺一人ではどこにあるのか掴めな……いや出来るのか? まぁ出来るだけ汚物処理はするつもりだ」
「相変わらず巨滅の英雄様はやる事が派手だねぇ~。で、何時やるんだ?」
「明日からを予定している。そしてもう一つ依頼と言うか、頼みを聞いてる事があってな。ファンの話が正しいなら、そろそろ見えて来るはずだ……」
森を抜けるとそこは湖だった、向こう岸は霞んで見えない程広く、その中央から少し離れた所からは、巨大な一枚岩の大地が広がっている。
「ビンゴ♪ ここで間違いないだろうな。そしてこの先の村に行くんだろう?」
「ああそうだ。殺盗団のせいで物流が滞っていてな、至急生活物資を送ってくれと矢の催促なんだわ」
「時にどうやって町まで伝令を送るんだ? 殺盗団にやられるだろう?」
「あぁ~、それは……。チッ、また催促のお知らせか?」
ファンが苦虫を噛みしめるように言うと、丁度真上から木製の紙飛行機のような物がファンに向かって来るのが見える。
それをヤレヤレと受け取ると、ファンは四角い金属製の魔具をその物体にかざす。すると魔具の中に文字が現れる。流はそれを横から覗き見ると、予想通り村長からの物資輸送の依頼だったようだ。
「って訳よ。登録した奴の間だけ使える連絡ツールって訳だな。この周辺だったらコレで大体は間に合う寸法よ」
「なるほどね、明日の遠足は楽しくなりそうだな」
そう流は独り言ちると、実にいい笑顔で口角を上げるのだった。
「お前、今すっごく悪い顔しているぞ?」
「そうか? 冒険者用の営業スマイルってやつだ」
「そんな顔して来たら、俺なら即お帰りいただくね」
「失礼な、俺ならお前が来ただけでお帰りいただくね」
何がツボったのかは知らないが、二人は笑い合う。
やがて村に付くと、流の思惑は確信に変わったのだった。
村人からは熱烈な歓迎を受け、このまま村に一泊して欲しいと言う願いを何とか断り、流達は帰路につく。
荷物を全て村へ届け、帰りの予定では空の馬車のはずだったが、そこには大きな荷物が一つ乱雑に転がっていた。
その荷物は赤い紐で括られた緑色の大きな木箱で、乱雑な置き方の割には箱が傷付かないように藁が敷き詰められていた。
急いで戻って来た甲斐があり、閉門前には馬車はトエトリーの町へと戻って来る。
駆け込みで入って来る、商人や旅人を門番が慣れたように誘導している中に、ファンの馴染み門番が挨拶をする。
「よう! ファンじゃないか。今日はもう終わりかい?」
「まあな、いつも門番ありがとうよ」
「なに、これも仕事さ。それでそっちの荷物は?」
「ああこれはな……ナガレ、いいか?」
ファンは流から預かった持ち物を門番に見せる。
「お~、これはまた珍しい物を持っているな。はいよ、了解。商業ギルド専用の品とのお墨付きがあれば問題ないな」
流が渡した物、それはバーツより貰った「商業ギルドの品に付き検品不要」の証だった。
これは昨日商業ギルドへとメイドが届けた手紙を見たバーツが、使うか分からないが流の仕事に不便があってはならないと、発行した特別許可証である。
馬車は正門を抜け、そのままお屋敷街へと向かう。
途中から敵意を感じた流は、ファンと話しながら辺りを自然に探る。すると露天の店主、二階から見下ろす主婦、犬を連れた老人、酒場の外にあるテーブル席に座っている男……。等々、帰館までの道中は、流を監視する輩で溢れていた。
やがて幽霊屋敷に到着すると、馬車はそのまま奥へと進んでいく。
「マジかよ……さっき言ってた話は本当の事だったのか? まさか本当に幽霊屋敷を住処にするとはなぁ……」
「おい、もう幽霊は居ないぞ? 体感で千以上居たと思うが、悪霊のほとんどはあの世に届けたからな」
「お前とお友達になれて、俺は幸せだよ……」
呆然と屋敷を見上げるファンを見ていると、ふと流は気になる事を聞いてみる。
「なあファン。『幽霊』と『ゴースト』何が違う?」
「ああん? 同じ言葉だろ。文字数まで同じだ。違いなんて何も無いだろう?」
(やっぱりな、異界言語理解仕事しすぎ)
「いや、外国とここではどう違うのか気になっただけだ、気にしないでくれ」
「? そうかい。じゃあ荷物はどうする?」
「ああそれは……」
すると玄関から使用人達が出て来て、流に出迎えの挨拶をする。
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