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449:憎しみ~開放を求めて

 その祈るエルヴィスは信じられない現象を目撃。流は魔力は使えるが、当然魔法は使えない。

 だが今、目の前で起こっているソレは〝魔法を操っている〟ようにしか見えない。

 お互いが水上で刀を振るい、斬撃がぶつかり合うと同時に流の周りの水が槍のようになり、童子切を突き刺さそうと鋭い水槍と化していた。

 直径五センチほどの水槍、その数は常に四本。それが流の攻撃と同時に水面から現れ童子切を襲う。

 だがやはり流は先程と似たような状態になり、自我が失っていくのが目に見えて分かる。


「これは一体……ナガレが魔法を使えるなど聞いたことがない」

「ふぅ、貴方も無理をしますえ」

「駒那美様。体が勝手に動いてしまいすみませんでした」

「いいのですえ、そういう間柄でもありませんし……ただあの人の邪魔をしてほしくなかった。ただそれだけですえ」

「ええ、理解しているつもりです。ただこのままではナガレが、本当のバケモノになってしまう」


 そう言いながら二人は流と童子切の戦いを見る。ますます激しさを増し、水面を走り、飛び、割り、穿(うが)つ。

 童子切が水面を叩き斬った事で出来た水壁の向こうから、流は左手の爪でそれを切り裂き悲恋を片手に持ち右斜め上から袈裟斬りに攻撃。それと同時に切り裂いた水壁からは四本の水槍が襲いかかる。

 それをギリギリ避け、刃ではじき、刀の先端である切っ先で穿つ。


「かぁ~たまらん! 水の上にでこれだけ動けるのも驚くが、さらに水槍まで出せるのかい? この出鱈目(でたらめ)な攻撃ってのが最高だねぇ!」

「グルガアアアアアアアアッ!! 美琴グウウウウウウウッ!!」

「まだ完全には狂ってはいないようだねぇ。だがそろそろ限界かい?」


 先程とは違い右目だけは通常の妖人(あやかしびと)の目だった。しかし怒りのあまり童子切へと斬りかかった時に、左目は真っ赤に染まりあがっていた。

 そして今、右目も徐々に赤くなりかけており、このままなら流は確実に狂ってしまうだろうと、童子切はそれを期待する。


「もう少しでさっきの続きが出来ると言うものさね。さて、完成された野獣の力を見せてもらおうかねぇ」


 そう言うと童子切は、美琴の破片に向けて赤黒い斬撃を放つ。その斬撃は流が童子切を攻撃した隙きをついて放ったもので、いくら獣じみた動きの流いえどそれを許してしまう。

 三日月になった赤黒い斬撃は、水面を斬り裂きながら一直線に美琴の残骸へ向かう。それを見た駒那美は、「やれやれ」と言いながらエルヴィスを片手で引き寄せながら大きく背後へと飛ぶ。


 直後、美琴の破片へと斬撃が吸い込まれた次の瞬間。〝ゴッゥゾ〟と土とぶつかり、エグる音が響く。それを見た流は激しく動揺し、左手で顔を覆うと目だけ指の隙間から出して吠える。


「美琴グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「くくく、いいぞ! そうだ。そのまま覚醒してしまいなぁ。思い出すねぇ、アイツ……〝千石の野郎〟もそうだったねぇ」


 楽しげに見る童子切は、この後の戦いが楽しみでしかたなかった。だから油断して酒をあおり赤い満月を見上げた。

 もうこのまま流は自我を失い、獣になるのだからと……。

 その予想通り、流はすでに意識が飛びかけており、指の間からのぞく右目は八割ほど赤く染まる。

 それが九割になり、もうすぐ真紅に染まる刹那にそれは起こる。


「グガアアアアアアアアアアアアアア!!」


 怒りとも悲しみとも言える咆哮を放つ。そして人としての全てを捨てさる刹那に流の背後からあの声(・・・)が聞こえた。


「――もぅ手から血が出ているのに、痛みも分からなくなるなんて……馬鹿だね。本当に馬鹿だね。こんなになるまで心をすり潰して……本当に馬鹿なんだよ……」


 そう言うと明るい藍色の大島紬を着た娘が流の後ろから、そっと背中に抱きつく。その感覚は獣と化す寸前だった流には覚えがあった。

 冷たく死体のような(・・・・・・)感触。だけどやわらかく、とてもいい香りがする娘の事を。

 怒りに支配され、意識が消し飛ぶほどの憎しみ。それがこの冷たく心地よい感覚と、琴のような美しい声。そして甘い華に似た香りで徐々に意識が戻ってくると同時に、憎しみも消えていくのが分かった。


「グゥゥゥッ……そう……だったな……。俺は大馬鹿だった。なぜこんな事に気が付かないで暴走しかかっていたんだ……」

「それだけ私を愛してくれているって事にしてくれたら、私は嬉しいんだよ?」

「いつでも悲恋とセットで愛しているさ」

「はぁ~そういうトコロがもぅ……」


 その娘はガックリと肩を落とす。それを見て唖然とした男が酒を呑みながら、怒りに染まった表情で娘――美琴を睨む。


「こいつぁどう言うことだい? あんたは死んだはずだろうが」


 その問に流と美琴はこらえきれずに同時に笑う。それが(しゃく)(さわ)った童子切は、ジットリと睨みつける。


「……なぜ笑う。もう一度聞く、どういう事だい?」

「アハハ。どうもこうもなぁ美琴?」

「ふふふ。そうだよ、どうもこうもないんだよ。だって――」


「「もともと死んでいるんだから!!」」


 その答えに童子切はポカンと口を開け、美琴を見つめる。その存在は生き物と同等であり、生命力より上位な存在力だけで感じるなら、その存在自体はさらに上位の存在だ。

 それが童子切の判断を狂わせた原因でもあった。そうなのだ、よくよく探ってみれば生命力を感じない。

 むしろ死人(しびと)とは違った、もっと神に近い上位の不死者の気配だったのだから。

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