049:親切なカワードさん
「お前は!! …………誰だっけ?」
「テメエ! 一緒に実力テストを受けたヤツの顔も覚えてねーのかよ!」
「え? あ~、あのたまたま勝った人ね」
「……チッ、まあそれでいい。丁度俺達もその近くに用があってな。その場所は知っているから案内してやるよ」
そうカワードが言うと、魔法使いのレイナが挨拶をしてくる。
流が異世界で初めてみた魔法使いであり、その印象はとても鮮明に記憶されていた。
「ナガレさん、ごめんなさいね。うちのカワードが礼儀知らずで」
「なに、気にしてないさ。それより案内をしてくれるんだって? いいのか、お前達も忙しいのに」
「ええ。カワードが何を思ったのか、今日はここでしばらく休憩してから、ゆっくりと探し物に行こう。なんて言ってるからそれは大丈夫みたい。そもそも近くに用って言うのは、先日カワードが私達とは別の人達と狩をしたらしくてね、その時魔物と戦った時に落とした腕輪があるらしいんだけど、それを探しに行くのよ」
カワードが自分の失敗をバラされて面白くない顔をすると、姉のリリアンが妹の続きを話す。
「まあそんな訳で、アタシ達も仕方なく付き合う訳さ」
「なんだぁ~、その言い方は? 嫌々そうじゃないかリリアン」
「……すまない。そういう訳では無いんだがな」
「チッ、ああそうかい。で、ナガレ。俺達はそんな訳だから、ついでに案内してやるよ」
流はカワードの様子を見てから少し考える。どうやら彼は何か心配事があるのか、落ち着きがないように見える。
しかしカワードが「どうするんだ?」と急かすので、その話に乗る事にする。
「じゃあ悪いけど、案内よろしく頼むよ」
「フン、早く決めればいいんだよ。で、どうする、今から行くか?」
「出来れば明日の方が都合がいいんだが?」
「そうかい、なら明日の九つ時に、西門で会おう」
「了解した。なら三人さん、明日はよろしくな」
カワードは一瞬嫌そうな顔をするが、すぐに頷いて歩いて行く。数歩進むと思い出したように立ち止まり、姉妹に指示を出す。
「あ~そうだった。どうせ明日まで暇だし、今日は自由時間にして休もうぜ。たまにはこういう日もいいだろう」
「あ、またカワードったら! そんな事勝手に決めて!」
「じゃあそういう訳だ、夜になったら宿屋で落ち合おう」
そう言うとカワードは急いでいるのか、足早にギルドから去っていく。
「はぁ……何であんな奴と組んでるのよ、お姉ちゃん」
「すまない、あいつには大きな借りがあってな……」
「それは聞いたけどさぁ、もう本当に嫌な奴! 早く借りを返して別れましょうよ」
「そう……だな……」
姉妹は流が居る事も忘れたように、カワードへの不満を愚痴る。
何となくこの姉妹が気になっていた流は、姉妹へ話しかけてみる事にする。
「なあ、あんたら。先日も何か変な感じのパーティーだと思ったけど、やっぱりそうだったのか。良かったら相談に乗るぞ?」
二人は流の存在を思い出し、その力にハッと思い至る。
「お姉ちゃん、私はナガレさんに相談すべきだと思う。このままだと、あのバカに何されるか分かんないよ」
「いやしかし……ナガレも迷惑だろう? いきなりそんな事を言われても」
「だから、それを含めた上で聞いてるんだよ。俺の事は気にしないで話してみないか? 力になれるようなら強力するぞ?」
少し思案をしてからこう考える。異国の人間なら話しても良いかもしれない……。そんな風に考えたリリアンはこう続ける。
「小耳に挟んだのだが、ナガレはこの国の人間じゃないって言うのは本当か?」
「そんな事まで広まっているのか? まったく『インターネットもSNS』も無いのに凄いこって。ああ、それは正しい。だからこの国の事はさっぱり分かっていないも同然だな」
身なりは珍しいが、容姿はこの国でも見かける事がある顔立ちと、黒髪で少し珍しい程のものだ。
だが意味の分からない言葉があった。それだけで流がこの国の人間じゃないと、簡単に信じられてしまうほどリリアンは馬鹿ではない。
しかし何故か流から漏れ出る雰囲気は、この国の人間じゃないと感じた。そして何より巨滅の英雄になった瞬間を目撃し、そんな流にリリアンは憧れを感じていたからかもしれない。
だから――。
「頼む、ナガレ聞いてくれないか? そしてレイナ。お前にもちゃんと話して無かった真実がある。二人とも聞いてくれ。実は――」
「おっと、ここは人の目も多い。ジェニファーちゃんの店に行こう。あそこなら問題無いからな」
リリアンの話を遮り、流はジェニファーの店を親指で指し示す。
その指し示した先を見ると、変態紳士が妖艶なウインクしていた……。
「よ、ジェニファーちゃん。ちょっと奥の席借りたいんだけどいいかい?」
「あはん♪ いらっしゃいボーイ。モチロンボーイに閉ざす門は、あたしの心も体も無くてよん?」
「出来れば閉じて欲しい門もあるんだが……じゃあ悪いけど借りるよ。適当に飲み物も頼む」
「了解よん♪」
ジェニファーはよく訓練された従業員に指示を出すと、本人はカウンターの中へと入る。
そしてグラスをキュキュっと磨くのだった。
「それでどうしてカワードと一緒に居るんだ?」
「ああ……私達の故郷の村はこの町からそれなりに近くてな、カワードを含めて私達三人はそこの出身だ。そこでつい先日の事だ、私の……不注意から……」
「お姉ちゃん……」
リリアンは涙を流しながらその先を言い淀む。
その涙を持っていたハンカチで拭うと、リリアンは決意ある表情で話す。
「すまなかった。その私の不注意から、最高の親友を失う事となってしまったのだ。だが、まだその親友はきっと生きている……と思う。ただ、女性としては死んでるかもしれないが、命はきっとまだあるだろう」
「おい。まさかそれって、盗賊や魔物に拉致られたって事か?」
姉妹は苦虫を無理やり噛み潰したような、苦悶の表情でゆっくりと頷く。
「ああそうだ。だから私達は冒険者になった。もしその親友が『殺してくれ』と私達に言うならば…………そうしてやろうと思う」
「聞いた話では正気じゃない事が多いらしいからな。まあそれは分かる、が。でもそれがなぜカワードと繋がりが?」
その問いにより一層強い視線で流れを見ると、リリアンは話を続ける。
「私の誕生日のプレゼントを調達するために、親友は『神隠しの森』へと入ったらしい。そこをゴブリンに襲われたのを見たのが、カワードだと言う訳だ」
流はリリアンの目をしっかりと見ながら無言で二回頷く。
「そしてその親友が森に入る前に、彼女は私と他愛も無い事を冗談で話していたんだ。それは――」
◇◇◇
時は少し遡る。ここは、とある村の湖の畔で、周りには「神隠しの大森林」と、大地から突き出た「巨大な一枚岩」が見える場所だった。
そんな風光明媚な場所で少女が二人で水遊びをしながら、何気ない談笑をしている時の事だった。
「ねぇ、リリアン。そろそろお誕生日が近いんでしょ?」
「よく覚えているな、カレリナは」
「それはリリアンの事は何でも知ってますよ~」
「それは私もだよ……それで、キミは何をプレゼントしてくれるんだい?」
「もう! リリアンはとてもステキだから、もう決めているんだよね~」
そう言うとカレリナは、白い百合の花が咲くような笑顔を見せる。
「それは楽しみだな。でも少し教えてくれないか? 一体どんな物なんだい?」
「う~ん、どうしようかなぁ。じゃあヒント! リリアンが昔から欲しがってた物で~す! さぁ何かな?」
リリアンは過去の記憶を遡って考えてみる。そして思い出すと、右手の人差し指を立てて答え合わせをする。
「あ! もしかして『妖精の息吹』かい?」
「あったり♪ 実はね、先日森へキノコを取りに行った時なんだけど、妖精を見かけたの! だからその辺りにまだ居るとしたら、妖精の息吹が見つかるかもしれないね」
「ははは、それは良いな。それではカレリナには是非とも、妖精の息吹を献上してもらおうかな? 無理だと思うけど」
「あ~、酷っどい! 絶対に見つけて見せるんだから!」
お互いの顔を見合わせる。それがおかしくて二人は笑い合ったのだった――。
◇◇◇
「そこに、あの、カワードがッ!!」
リリアンは拳を強く握りしめ、握った手のひらに爪が食い込み血が滲む。
「まあ落ち着け、ほら丁度良くドリンクも来たようだ」
動作が機敏でよく訓練された店員は、いぶし銀のトレイに明るい青色のドリンクを持ってくる。
見ると柑橘系らしい明るい緑色の果実が刺さっている、甘い香りがほのかに漂う心地よい物だった。
「お待たせしました。アルザの実より絞ったドリンクです。オーナーからの伝言で『気持ちが落ち着くわよん』との事です」
仕草も完璧なよく訓練された店員が流に説明すると、足音も静かにカウンターへと去っていった。
リリアンは受け取ったドリンクを一口飲むと、怒りの表情も少し和らぐ。
「ふぅ……すまなかった、少し興奮したようだ」
「気にするな。それにしても変態だが良い仕事をする、流石はジェニファーちゃんだな。おっと、それでカワードがどうした?」
流はテーブルにあった植物繊維から作られたような、使い捨てナプキンをリリアンに渡し、手の傷に当てるように促す。
リリアンはそれを受け取り、無言で頷くとその先を話し始める。
「奴は私達から見たら、丁度死角になっている近くの岩場で釣りをしてたらしく、私達の話を盗み聞いていたらしい。実際は後を付けて来てたんだろうと思う」
「あいつなんでお姉ちゃん達にそんな事を?」
「それはカワードはカレリナに惚れていたからだ。そしてそれが叶わないと、以前告白して失敗して分かっているはずだった……だが、奴は執念深くカレリナを追回した。カレリナが失踪した森へ行った時も、こっそりと付いて行ったのだろう」
「そんな事が……って、まさかお姉ちゃん。その事でカワードに何かされたの!?」
「ああ、カレリナが森へ『私へのプレゼント』を、私に言われて探しに行ったのは聞いたと言われてな。そして――」
リリアンはあの日の悪夢を噛みしめるように話し始める。