496:置き土産
「グガアアアアアッ!!」
「っと、酒がこぼれちまうぜ……いやだねぇ」
美琴の決意など微塵も知らない流は、童子切へと悲恋と爪で襲いかかる。これが獣の動きだけなら童子切もそこまで焦りはしなかっただろう。
だが流は違った。野獣じみた動きにくわえ、さらに童子切を悩ます〝古廻〟の剣術と体術が一体となって童子切を容赦なく攻め立てる。
さらに最悪のなのが、流のまとう力が〝不明〟だと言うのが大きい。
妖力もたしかにある。が、童子切が知る力が混在していた。それは魔力・精霊力・神聖力などを感じられ、さらにそれらが反転し〝堕ちた〟力に変換されているようだ。
(なんなんだいこりゃぁ? 俺が分かる範囲でこれだ。まだ何かごちゃまぜになっているようだが、流石にこりゃぁえげつないねぇ)
童子切がそう思うのも無理はない。流は〝色々な力が混ざりあった〟恐怖と畏怖が混在した塊になった力で童子切を襲うばかりか、周囲にいる観客まで無自覚に攻撃してしまう。
「っ!? ギャキャアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
「お、おいどうしたおまぎゃああああああああああああ!!!!」
「ひぃ!? 死ぬのは怖くないが、こんな狂い方だけはごめんだぜ!?」
ギャラリーに流が近づいただけで、気が狂う観客。一定の距離に入らなければ問題はないのだろうが、それでも運悪く興味本位で近づいた者たちは発狂し、そのまま気絶。
だがそれはまだいい方で、最悪気が狂ってしまったのかもと思うような者まで出始める。
だが誰も逃げ出さない。流が放つ恐ろしくも畏怖する〝謎の力〟に観客たちは魅了されていたのから。
あのエルヴィスですら遠くから見ていたが、それでも流の謎の力に魅了されていた。
「くぅッ!? これはいったい何なんだ……意識が持っていかれそうになる」
「あらまぁ……いけせんえ。これ以上あの人に近づいたら、貴方も狂う事になりますえ?」
「こ、駒那美様。それは一体どういう意味ですか?」
「どうもこうもありしませんえ。あの力は出来損ないの神気と言ったところですえ。しかも魅了のちからもあるらしいですえ」
「魅了……ですか?」
「ええそう、あれは魅了と言ってもいいでしょうえ。混在する色々な力……まるで全ての力が使いこなせるよう……」
「ちょっと待ってください。私はそういう関係に疎いのですが、聞いたことがあります。自身に宿る力と言うのは一つのみだと」
「ええ、普通ならそうなのでしょうえ。でもほら……あの人。古廻流の姿もそうですが、人として異常な姿。もちろん妖人としても同様ですえ」
「ええ、ナガレの妖人化した姿はこれまで何度も見ていますが、ここまで人から離れた姿。そしてあの動きは見たことがない。一体何なんですかあれは?」
「さて……とんと見当もつきませんえ。ただ耐性がない一般人は、半狂乱になりながらも、あの恐怖と畏怖が混在する〝邪神のような姿〟に魅力を感じるようですえ。原因は分かりませんが、それを知るのはあの娘だけじゃないかしらえ?」
エルヴィスは駒那美が指差す方を見る。そこには美琴がおり、何やらタイミングを図っているように見えた。
だが流と童子切の二人の動きがあまりにも早すぎており、何かを仕掛けるにも分が悪い。
(ダメ……落ち着いて。ここでしくじれば流様は壊れる。一瞬のタイミングを見逃さないようにしなくちゃだよ)
美琴は内心焦る。目の前にいる最愛の男の魂が歪に感じ、さらに自我がどんどん崩壊しているようにしか見えない。
その原因は分らないが、憶測であるが見当は付いていた。それは――。
(卵妙姫……とんだ置き土産をしてくれたんだよ。まさかこんなふうに作用するとは思いもしなかったけれど、これが流様の力の一端なのは分かったよ)
美琴が言う置き土産。それは流の深層心理に働きかけ、強烈な催眠効果をもたらし眠れる力を呼び覚ます。
つまり火事場の馬鹿力を無理やり叩き起こすようなものだ。それを自身の命が散る間際に流へと施し、その代償として流の意識に卵妙姫の意識を刷り込む事で愉悦をえる。
そんな悪趣味とも言える最後の置き土産により、流は自我が崩壊しかかっている。それもそうだろう。なぜなら、あの無限に広がる万華鏡の世界に放り込まれて、精神がまともでいられる方がどうかしているのだから。
「恨むよ卵妙姫。私の流様にこんな事をした罪、決して軽くはないんだよ」
美琴は両手を力の限り握りしめ、手のひらに爪が食い込みなながらも二人の戦いを見守るのだった。




