492:阿・吽像
狙い通りと、そのまま斬りかかりながらも疑問に思う。鑑定眼でいくら探ろうが、あの大徳利はただの徳利でしかない。
内部構造を探っても、やはり液体と空洞だけであり、何も怪しげなものを探ることはできなかった。
(おかしい何もない……だが、なぜそこまでして徳利を庇う? その徳利が童子切の強さの秘密じゃないのか? いや、よく見ろ。必ずなにかあるはずだ)
そう考えながら左足を大きく踏み込み、童子切の左手側――つまり徳利の方へ回り込み真下から悲恋を突き上げる。
「うおッ!? だ、だからやめろって! 俺を狙え! 酒にゃあ罪はねぇんだぞ!!」
「あからさまにそう言われて、はいそうですかと言えるかよ!」
「くっそ、話が通じねえ! これだから古廻は嫌いだねぇ!」
悲恋を徳利から体へ向けて一閃し、そのまま反動を殺さずそれに乗り、左つま先を軸にグルリと右カカト蹴りを童子切の顔面へと放つ。
それに苦虫を噛み締めた表情で顔を背後にそらしながら右後ろへ飛ぶが、そこへコマのように回転をしながら流が連斬を放つ。
「ジジイ流・弐式! 四連斬【改】!!」
一撃集中型の妖気を込めた弐式四連斬を、童子切の刀へと放つ。それに「なにッ!?」と右目を見開き驚く。
連斬が徳利へくるものと思っていた。だからガードしようと刃を下に向け、守りの体勢に入っていた事で、三連斬を叩き込まれ刀を弾かれてしまう。
さらに徳利へ向けて最後の連斬が襲いかかる。が、「させるかよおおお!」と吠えた童子切は、弾かれた刀をとんでもない膂力で最後の連斬を防ぎきってしまう。
さらに驚くのはここからだった。防いだだけでも驚愕モノであったが、そこは童子切。なんと防いだ重い斬撃を弾き返したばかりでなく、そのまま弾き返した力で攻撃をしてくる。
右斜め上より流へと迫る童子切の太刀筋。もはや受けることも避けることも不可能と判断した流は、そのまま童子切へとむけ倒れるような姿勢で飛び込む。
次の瞬間〝ギャリン〟と苦しそうな金属音がし、ほぼ倒れる姿勢でギリギリ悲恋を背負った形で童子切の攻撃を防ぎきる。
このまま倒れ隙きを狙い斬られるだろうが、流に運が味方をした。
童子切の斬撃で床が大きく穴が空き、その崩れる木材を足場に二人は屋根の上に飛び出る。
そのまま剣戟を重ねる二人は、戦場を部屋の中から屋根の上へとうつし、次々と建物を崩壊させる。ある家は真っ二つになり、ある店は賽の目に粉々になり、女郎部屋は客ごと縦に斬られた。
それを苦々しく見ながら、流は崩壊する建物を移動。最後は童子切がはじめにいた茶屋を崩壊させ、現在は寺院の入り口に立つ巨大な阿吽像の上に二人は立つ。
阿像の上には流。吽像の上には童子切が立ち、徳利から酒を呑みながら空を見上げる。
「どうやら役者が揃ったようだねぇ……」
「ああ、そのようだな……」
二人は同じ方向を見上げる。そこには厚い雲に覆われていた満月が顔を出しつつあり、ゆっくりと……だが確実にその姿をあらわす。それは優しげで、すべてを包み込むような自愛の光で祭りを彩る。
「いい夜だねぇ……」
「あぁ、決着をつけるには……な」
童子切はグビリと徳利から酒を呑むと、困ったように苦笑い。
「そこまで行けるかねぇ?」
「やってみなければ分からねぇさ?」
お互いの空気が張り詰め、あれほど賑やかだったギャラリーが静まり返る。聞こえるのは能楽堂からの楽器の音だけだが、一層艶と激しさを増し祭りを加速させる。
が、永遠と思えるような緊張に、二人の間に一枚の桃色が差し込む。その間に舞った桜の花びらが真っ二つに分かれた瞬間、二人は同時に動き出す。
「ジジイ流・抜刀術! 奥義・太刀魚【改】!!」
「神刀流・抜刀術! 無響羅刹!!」
阿吽像の上から同時に空中へ飛び出すと、鞘に納刀してある日本刀を二人同時に抜き放つ。
童子切の周囲に月の光を受けた銀閃が大鎌になり襲いかかり、それを流のドラゴンサイズの太刀魚が果敢に挑む。
月の光を受け輝きを増すの大鎌を、太刀魚は凶暴な刃で噛み砕く! 金属とは思えない、轟音を周囲に放ちながら二つの斬撃は拮抗する。が――。
「くくく、やっぱりだめだねぇ?」
「グオオオオオッ!?」
流の太刀魚が真っ二つに斬り裂かれてしまい、そのまま流へと銀の死神が襲いかかるのを必死で悲恋美琴で耐える。
しかしそれもつかの間のこと。流はその威力に耐えきれなくなり、悲恋美琴を両手で抑えながら、祭りの夜を滑空するように吹き飛ぶ。
その先にある能楽堂と桜を囲む水源へと勢いよく落ち、水切りのように数度跳ねた後、流は魔具に青く照らされた水の中へと沈むのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
先日少しお話したとおり骨董無双について、重大なおしらせがあります。
詳しくは活動報告に記載していますので、ご確認ください。
本当にいつもありがとうございます。
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