491:謎の酒
流の顔を確認した卵妙姫は優しく微笑むと、「あぁ、もっと楽しみたかったのぉ」と一言つぶやくと光となって消え去るのだった。
光となって消え去った体から、生えるように床に突き刺さる童子切の刀。それをゆっくりと引き抜くと、童子切はそれを肩に背負い流へと話す。
「どうやら元に戻ったようだねぇ。あの女の思い、無駄ではなかったようでなによりだねぇ」
「……どうして分かった? あの平行感覚は無論、全ての感覚は狂っていたはずだ。なのにどうして俺がいる場所を正確に分かった?」
童子切は「あぁ」と言いながら徳利から酒を一口呑み、「やっぱうめぇ」と言った後に話す。
「なに簡単。酒のおかげって訳さね。流がいる場所は分かりはしなかったが、俺は床の上にいるという事だけは理解した。あの状況でも酒はこぼれなかったからねぇ」
「そんなことで無限万華鏡を破るとは……」
「そんな事とは失礼だねぇ。いいかい流、酒ってぇのは人生を助けるものさ」
「うちのジジイみたいな事を言うのはやめてほしいんだがな」
その言葉で童子切はじつに楽しそうに笑う。そしてまた一口呑むと、酒臭い息を盛大に吐き出し一言。
「そいつぁいいねぇ。古廻にも話ができる奴がいるってだけで、ここまで生きてきた甲斐があったってもんさね」
「そうかい、ジジイが聞いたら無言で斬りかかりそうでなによりだよ」
そう言いながら、流は体に戻った力を確認しつつ状況を見極める。もちろん鑑定眼もフル稼働で油断なく童子切を探る。
(規格外もいいところだ……あの無限万華鏡のデバフからなぜこうも平気でいられる? 弱点も相変わらず無いし、それにあの業はなんだ? たしか〝無響羅刹〟と言ったか)
確かにあの業は抜刀術そのものであった。だが童子切が刀を抜いた刹那、円形状に分身体が斬り裂かれ、同時に業を放った童子切を中心に上部までそれが広がる。
さらにどこにいるか分からないはずの流を見つけ、その方向へとまっすぐやってきた。つまりこの業は――。
「――そうか、あんたの無響羅刹は探知レーダーみたいなものか。音を無くし、自分の斬撃だけの当たり具合だけで状況を把握する。感覚が無いにも関わらず、それが分かるってのが意味が分からないが」
「ああん? れーだーとは何か知らねぇが、よく分かったねぇ。そうさね、あの無響羅刹は俺が斬った経験と合わないのが分かるのさね。まぁ本来の抜刀術を極めた副産物てきなものだがねぇ。感覚は無くても、込める力・間・気配なんかは分かるのさ。あとはまぁ、俺が強すぎるからってだからかねぇ」
「でたらめだな……」
「よく言われるねぇ」
呆れる流は嘆息しつつも、あの業の恐ろしさはそこじゃないと思う。それは抜刀術なのにも関わらず、剣閃が変化して剣筋の嵐になり童子切本人が抜刀術を幾度となく放っていたことだ。
「ありえないだろう。抜刀術を何度も放つなんて……」
「まぁ出来ちまうんだから仕方ないねぇ。さて始めるかい?」
「そうしよう。卵妙姫の痛みを一つでも返してやらないとな」
「嫌だねぇ。そこはほれ、『敵をとってやる』くらい言わないねぇ」
「それが出来る相手かどうかは分かるつもりさ」
「覇気が無いねぇ」
呆れる童子切を見つつ、流は状況を冷静に判断する。まずこの男、童子切には勝てない。剣術だけでも遊ばれているという事。だからこそ虎の子の骨董品を使い、一気に勝負をつけようとしたが、それでもこの状況だ。
だがこうも思う。無限万華鏡のデバフは効いているはずだし、さっきの自分の攻撃は本来の攻撃威力とは程遠いものだと。だからあの異物に注目。
「覇気がないかどうかは、俺の全てを見てから判断するんだな」
「そうかい、なら見せてもらおうかねぇ」
お互いの距離四メートル。宴会場らしい広い部屋とは言え所詮は木造建築であり、あちこち崩壊している。
その畳を蹴って斬りかかる流は、左手に持った童子切の徳利から斬り上げ、斜め上に一閃。それを童子切は「うぉ!? 馬鹿野郎!!」と、これまで見せなかった剣幕で怒り、後ろへと二歩下がる。
「何をしやがる!! 分かっているのか? これには酒が入っているんだぞ!!」
「そうそれだ。なぜ戦いの最中までそれを手放さない?」
「ああん? なぜって、嫌だねぇ。祭りには酒がつきものだろう? まったく古廻ってのは、いつの時代も同じことを言うんだから嫌になるねぇ」
「そうかい……。ならその祭り、いい加減終わらせようじゃないか」
動揺する童子切へと流は斬り込む。大徳利を狙いつつ、その後ろにいる童子切へと自然に悲恋の剣筋が通るようにコースを決め、そこから連斬を放つ。
「ジジイ流・弐式! 三連斬【改】!!」
妖気の溜め込み型の連斬を放つ。そこに流の妖気も乗せた三連撃は、右太もも・大徳利・首を狙い斬る。
「ぐぅぅ!! 重てぇ、何だその連撃は!? そんなのは古廻の業には無かった……つぅ~か、徳利を狙うな! 酒がこぼれたらどうするつもりだ!!」
「型は一緒だが俺オリジナルだからな。それより……そうか、やはりそれだったか」
童子切は徳利をかばうあまり、流の連撃でも威力が最大の〝弐型〟を、もろに受けきってしまう。
その威力は骨身にしみるほどであり、ダメージが蓄積させるにはうってつけだった。




