482:まな板の上の太刀魚
「童子切……俺にお前と同じようになれと?」
「さてねぇ、ただ俺は腑抜けと殺りあうほど安くはないのさね」
流が抱いた確信。それは流自信の覚悟の本質を童子切は見せてみろと言う。たしかにこの異世界に来てからというもの、これまでも人間は殺してきた。が、それは盗賊や悪党のみであり、一般人相手ではない。
それを童子切は躊躇なくおこない、しかもギャラリーはそれを楽しんでいる。
その異常と異常が重なり合い、流は困惑してしまうが――。
『流様大丈夫だよ。私にまかせて、なんとかしてみるよ』
「美琴おまえ……わかった、任せる!」
「おいおい、そいつぁ妖刀か? 俺の時代には無かったはずだが、また珍しいモノを持っているねぇ。どれ、それじゃあいくかい」
流へ向けて童子切が袈裟懸けに左上から斬りかかる。それを悲恋で受けた刹那、童子切の斬撃が左右に別れ飛ぶ。
『三左衛門は右を!』
『承知!』
左右に別れた斬撃を悲恋の中から妖気の斬撃で迎撃する美琴と三左衛門。童子切の三連斬に似た斬撃を見事に相殺するが、同時に流にも異変がおこる。
急激に妖力を持っていかれてしまい、回復まで多少の時間がかかる。だがこの場合の多少は、死を意味する事を流は誰よりも感じた。
(クッ、ここまでとは!? 普段あいつらが助太刀をしない理由が分かった)
表情にも出さずそう内心つぶやくが、それを見逃すほど甘い相手ではなかった。童子切は「ははぁ~ん、そういうワケかい」と言うと、右の口角をあげて同じ攻撃をしてくる。
流の妖力が通常状態では回復が不能と判断し、急遽予定を変更し妖人となり攻撃。
膨大に膨れ上がった妖気で減った分の妖力を補い、さらに悲恋に妖力を込め左上段から振り下げ斬る。が、童子切はそれに合わせ逆に斬り上げて刃を当て火花を散らす。
直後、童子切は古の武士と想定し、流は蹴り技を放つ。左足を軸として右回し蹴りを童子切の脇腹へと叩き込む。
が、驚いたことに童子切も左足を腹の高さまであげ、そのスネで流の蹴りを防いでしまう。
「っ~やるねぇ、俺もこの世界に来て色々覚えたのさね。どうよ、なかなかのものだろう?」
「なかなか過ぎて嫌になる」
「はっはっは。それにしても流よ……おたくは妖人だったのかい? これはまた珍しいモノと会えたねぇ。その馬鹿みてぇな力を持った妖刀といい、その使い手が妖人とは、今日は本当にツイているねぇ」
「俺は今日ほどツイていないと思ったことはないがな」
こんな事ならイルミスと別れずに、ここへ来ればよかったと後悔する。しかし今更どうしようもなく、童子切の弱点を一つでも見つけ出そうと鑑定眼をフルで使う――が。
(ちぃ、やっぱりどこにも弱点らしきものが見つからない。が、なんだアレは?)
流の鑑定眼は一つの違和感を感じる。これまで見たこともない表示が童子切の酒徳利に出ており、それが何なのかは全く分からなかった。
(なにかの魔具か? いや、あれはただの酒が入っている徳利のはず。じゃあ何で見たことが無い緑色のマーカーが付いている? あれが弱点だとでも言うのか……いや、ばかばかしい。あれはただの徳利だ)
特段大切にしている様子もなく、ただ酒の入った器としての徳利。そこに緑色の二重丸が表示されており、その意味が流には分からない。こんな時に壱でもいればと思う。
(……だめだな、弱気になるな。俺を信じて皆は託してくれた、それを頂が見えない山にぶち当たったくらいで、雰囲気を出して下を見ている場合じゃねえ!)
流はたった数合剣を打ち合っただけで己の未熟さを痛感。だから心が折れそうになるが、自分を信じて送り出してくれた全員の顔を思い出し、己を奮い立たせる。
「ほぅ、いい顔になったな。さっきまでの腑抜けとは大違いだねぇ。どれ……見せてみな、本気の古廻とやらを」
「見せてやろう、俺が古廻だと言うことを」
流はそう言うと悲恋を高速納刀。そして妖気を深く練り上げ、あの奥義を放つ体勢に入る。
童子切はその様子を見て目を見開く。そう、それは童子切もよく知るあの奥義――。
「おお! いいねぇ太刀魚かい! こいつぁ~酒が進みそうだねぇ」
「その余裕もここまでだ……ジジイ流・抜刀術! 奥義・太刀魚【改】!!」
流の妖力を最大限に詰め込んだ、一撃必殺の奥義である太刀魚。その銀鱗のドラゴンとかした斬撃は、童子切の鳩尾へと食らいつき、その胴を真っ二つにする勢いだ。
「くぅ~いいねぇ。旬の太刀魚は刺し身が旨ぇ、ならまずは三枚におろすかねぇ」
そう言うと童子切は右手に持った刀の切っ先を真下に向けると、そのまま微動だにせず凶悪な銀鱗の太刀魚を睨む。だがその表情はとても楽しげであり、太刀魚が到着するのを舌なめずりをする。
「クククッ俺ぁ気分がいい! だから見せてやろう、本物の剣術と言うモノをな」
太刀魚が童子切まで迫ること二メートル。いまだ動かない童子切は、そのままの姿勢で一言吠える。
「神刀流――紅時雨!!」
刀を持つ手の親指が下向きだったものを離し、童子切の刀が宙に浮く。それを親指が上にくるように持ちて部分の柄を握ると、勢いよく引き抜いた瞬間だった。
刀身が赤く染まり、舞い散る〝くれない〟の紅桜。それが三本の刀身に変化した瞬間、太刀魚へと襲いかかる。
――次の瞬間だった。太刀魚と打ち合った紅時雨は一瞬拮抗するが、まるで灼熱のナイフでバニラアイスを斬るように、あっさりと太刀魚を三枚におろしてしまうのだった。




