481:狂宴
「なんだッ!?」
これまで息を潜めていた住人たちが一斉に活気だつ。能楽堂で突然始まった演奏と、それに呼応して揚屋から女郎たちが三味線などの楽器ではやしたてる。
どこから出てきたのか、酔っぱらいや盗賊としか見えない男たち。ガラの悪い騎士や、荒くれているのがひと目で分かる冒険者たち。
そんなとてもじゃないが、まともじゃないとひと目で分かる男や女が遠巻きながらもギャラリーとしてわいて出てくる。
「オイお前たち! 危ないから今すぐここから離れろ!! さもなければ死ぬぞ!!」
「うるせー! さっさと始めろバカタレが!!」
「そ~よ~ヒックッ。さっさと~おっちになさいよ~ヒックッ」
「ガキが負けるほうに金貨十枚だ!! さぁさぁ勝負はすぐ終わるぞ! 相手はあの〝あん〟さんだ! さぁ~はったはった!!」
流がギャラリーを心配して避難をうながすが、それに従うどころか逆に罵倒されるしまつ。
それを見た童子切は呆れたように、刀を右肩に担ぎ流へと話す。
「おいおいおい。今回の古廻はとんだ腑抜けかい? 他人、まして知らないやつの事を気にする余裕――あるのかねぇ?」
そういうと童子切は、なんの緊張もなく自然に流へと迫ってくる。しかも酒を煽り呑みながら、流のことなど気にもせずにすれ違う。
「ぐっぅ!?」
「ただすれ違っただけだってぇのに大げさだねぇ」
童子切が流とすれ違った刹那、〝ギィィン〟と金属同士が震える音がした。その直後、流の斜め後ろの男が血飛沫をあげ真っ二つになる。
それを見た観客たちは一斉に静まり返り――。
『『『ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!』』』
逃げ出すかと思いきや大歓声が巻き起こり、死んだ男を嘲笑うもの。まずは一人! と何人死ぬかを賭けている者。次はアタシを斬っておくれよ! と懇願するものなどなど、常軌を逸した人間があふれていた。
「な、何を言っているんだお前達!? 死ぬんだぞ!! 馬鹿な事を言っていないで今すぐここから逃げろ!!」
「ハァ~……流と言ったかい? あんた本当に〝あの〟古廻かい? 鬼に逢うては鬼を斬り、仏に逢うては仏を斬る。そんな気迫がなきゃ古廻は名乗れないんだがねぇ……」
「まて童子切、一般人を巻き込むな! 俺だけが目的だろう、なぜ無益な事をする!?」
「そこからかい……いいかい流。こいつらが死ぬのを込みで〝祭り〟なんだぜ? だから見てみなよ、全員いい顔してらぁ」
流は童子切から目を離せない。だからその直線上にいる男女だけ視界に入る、が。まるで麻薬でもキメたかのような恍惚な表情で、流と童子切を熱い視線で射抜く。
「うそだろう……なんで……なんでそんな顔をしていられる!?」
「ナガレ落ち着け!! ここは元々そういう人間の集まりだ! だからお前はお前の出来ることだけに集中しろ!!」
「ん~あいつぁ……あぁ、アルマーク商会の小せがれかい。いいかい流、あいつの方がお前さんよりはるかに覚悟がある。ちったぁ見習うんだねぇ」
そういうと童子切は酒を一口呑みながら、無造作に刀を右上に振り上げそのまま斬りかかる。
その様子は剣術を嗜むものからすれば馬鹿にした攻撃。隙きだらけであり、いつ斬られても不思議じゃない。
(チッ、馬鹿にしやがって!? こうなれば短期決戦で勝負をつけるっきゃねぇ)
だがそんな攻撃であっても一撃が重く、受けるより払うことでなんとか躱す。
流は場所を移すかと考えたが、この男。童子切から逃げ出すのは不可能だと判断し、できるだけ被害者を出さずに短気決戦を挑むこととする。
しかしそれを見越したかのように、童子切は流へと苦言をていする。
「やめとくんだねぇ。なぁ流、俺はそんなに安かぁないぜ?」
「やってみなければ分からないさッ!」
流はまた酒を呑み始めた童子切へと斬りかかる。急速に妖力を込め、下から切り上げる形で三連斬を放つ。
「ジジイ流・壱式! 三連斬!!」
「あん? ジジイ流だと? チッ、そういう事かい」
童子切は刀で蜘蛛の巣を払うように、四度刀を振るう。火花が三つ飛んだのち、四つめは流の前で飛び散る。
連斬の基本型とはいえ、子供の雑技をいなす大人のように連斬を弾き、さらに同威力の一撃を流へと打ち返す。
「クッソッ!」
三連斬を放った直後、童子切の隙きをつき大技を出すつもりだった。が、童子切はそれを簡単に払うどころか、同程度の業で流へと斬りかかる。しかもなんのモーションもなく、自然に斬り返しただけだ。
しかも――。
「ギャアアアアアアア!?」
「チィ……」
「いいか流。おたくが逃げても奴らは死ぬし、受けてもその余波で何処かを大怪我する。あんな風にねぇ。何もしないから見てみなよ」
悲鳴がしたほうを一瞥すれば、女が左腕から血を流してうずくまっていた。しかしその女の顔は実に楽しそうであった。
「狂っていやがる……」
「そうさね。ここはそういう場所、快楽も苦痛も末永く続くようにと名付けた〝永楽ノ園〟なんだからねぇ」
そう童子切は言うと、さみしげに徳利から酒を煽り呑む。そんな童子切の言動に流は困惑するも、一つの確信を持つのだった。




