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480:夜祭

 流とエルヴィスはラーマンに乗り町をすすむ。相変わらずあちこちで喧嘩や酔っぱらい同士が言い争う。

 かと思えば花魁(おいらん)が道の中央を闊歩(かっぽ)し、それを楽しむ大衆たち。そんな欲望と艶美が混在するこの町を流は楽しむ――余裕はなかった。


(なんだ……血の騒ぎが加速する。千石、アンタは俺に何を伝えたい? この先に何があるっていうんだ)


 そんな流のことが自分のことにように感じる美琴。だからこそ美琴本人もこの背中に短刀を突きつけられているような、死と隣り合わせの緊張感に震える。


『流様……』

「どうした怯えているのか? なぁに心配はないさ、俺とお前なら大丈夫だ。と、言えないのが悔しいが……どうやらすでに遅いようだ」


 ここまで不自然ともいえるように道が酔っぱらいの喧嘩で阻まれ、エルヴィスの誘導で抜け道を行く。

 その結果、まるで誘われたようにその場所へと流たちは到着する。そこはこの背徳の町が異世界の中の異世界だと思った流ですら、〝さらなる異界〟として再認識するほどの場所。

 水辺に囲まれた中央の小高い丘の上に巨木が三本絡み合い、その枝には八重桜が咲いている。

 それがとめどなく咲き、狂い、乱れ、舞い散り消えゆく。その異常な光景を流はよく知っていた。


「異界骨董やさんの中庭の八重桜……やはり(ふたば)か」


 その桜を中心に和風建築物がたちならび、巨大な阿吽像(あうんぞう)が寺院に似た建物の入り口に立つ。

 建物と水辺の間の大きな道には誰もおらず、全員が建物の一階や二階の窓辺からコチラを伺っている。

 よくみれば三本桜の根本には能楽堂があり、そこで和装の複数の男女が静かに座っていた。


「ナガレ……すまない。こんな光景は見たことがない、どうやらハメられたようだ」

「あぁそうだな。確実にハメられた、しかもかなりヤバイ」


 そう言うと、流は嵐影から降りる。そしてそのままゆっくりと歩き出すと、阿吽像の隣にある和風な茶屋の前に来て足を止める。

 茶屋の外にある赤い布をかけた長椅子にすわる、一人の男が絶世の美女に酌をされていた。


 その男は左目が隻眼であり、黒い眼帯に〝楽〟の一文字。赤い着物に昇り龍をそめ、女物の桜柄の着物を羽織る。

 ざんばら髪からのぞく顔は、酸いも甘いも噛み分けた表情の無精髭の男。その視線は浮島の中央から生えている、三本の巨木から舞い散る魔具に照らされた桜を見つめていた。

 男はそのまま顔を動かさず、流へと話しかける。


「なんの因果か異世界へ来ちまった。おたくもその口かい?」

「まぁそんなところだ。もっとも因果はあったようだがな」


 男は「そうかい……」とつぶやくと盃をあける。そこへそそがれる透明な酒に流の視線もうつる。


「時に、〆の女郎(めろう)はまだ生きていやがるのかい?」

「あぁ元気も元気。あんたへ酌をしている女に負けず劣らずの美しさでな」

「やはりねぇ……」

「それであんたは、俺の敵なのかい?」

「そうさなぁ。それはおたく次第かねぇ」


 流はそう言いながらも確信している、この男は間違いなく敵であると。だから迷うことなく男へと堂々と名乗る。


「俺は古廻流。世話になった先祖の借りを返しに異世界(ここ)へ来た」


 男は「あ゛ぁ゛~」と深くため息を吐き、その後の言葉をつなげる。


「真っ直ぐな男だねぇ……眩しすぎて俺にゃぁ直視できないねぇ。名乗らずば楽しく日ノ本を肴に一杯やれたのにねぇ」

「どうせ名乗らなくても殺る気だったんだろう?」

「さてねぇ、今となってはソレ(・・)はどうでもいいことさね。いい男ってのは過去を振り返らないものさ」

「それには同意だねぇ」


 男は長椅子に置いてあった提灯型の大きい徳利のヒモを掴み、そのまま立ち上がる。そして流を射抜くような視線で見た後、左手に持った徳利に入った酒を煽り呑む。


「古廻と名乗らずば道もあったろうが……まぁ、言葉よりまずは(これ)で語り合おうかねぇ」


 男は赤鞘からゆっくりと刀を抜き。


「名乗らずとも避けられはしないだろうさ」


 流は悲恋を静かに抜いた後、右手をだらりとおろし。


「名乗りか……あぁ忘れていた。俺の名は童子切だ。下の名が名乗れる器か――試させてもらおうかねぇ」


 童子切は左手に徳利を持ったまま、流へ斬りかかる。その動き、四メートルほどの距離がまったく無いように、あっと言う間に距離をつめてくると、流の首筋へ向けて真横に一閃。

 それをだらりと下げきっていた悲恋を斜め下から舐めるように、童子切の剣筋を当てながす。

 童子切の剣が悲恋が当てたことにより浮き上がり、童子切の表情がよく見える。その顔はとても真剣で殺し合いをしているとは思えないほど――。


(こいつ笑っていやがるのか!?)


 本来ならそのまま斜め下へと斬り返すはずであったが、童子切の目が爛々(らんらん)と輝き、口元は凶悪な獣の如く歪む。

 それに気圧されてしまい、流は思わず後ろへと飛び退く。


「おやまぁ、感がいいのか――それとも臆病風に吹かれたか?」


 童子切がそう言った次の瞬間、流がいた場所に真横一文字に亀裂が走り、地面が陥没する。


「なッ!? いつの間に?!」

「どうやら後者のようだねぇ。だがまぁ~運も実力の内とはよく言ったものさね。あれで死ななかった古廻と会うのも、実に何百年ぶりだろうかねぇ。くくく……あ~っはっはっは!! さぁ祭りだ祭りだ景気よく行こうじゃないか!!」


 童子切は徳利を煽りながら、手に持った刀を天へと掲げる。それを待っていたように歓声が沸き起こると同時に、能楽堂にいた男女が笛や鼓を打ち鳴らすのだった。

いつも骨董無双をお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もうすぐ王都へ到着……ですが、その前になにやら不穏な感じです。


近いうちに重大なお知らせがあります。あ、書籍化とかではないので笑わないでくださいね。

(;・∀・)

では明日もお楽しみください♪

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