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477:てがみ

「そんな顔をするな、それでもまだまだここは良いほうだ。襲ってくるのが二人だけだからな」


 気配察知と鑑定眼で周囲を探る。たしかに敵対的な感覚はあるが、今すぐ襲ってくるということもない。

 むしろいつでも飛び出せるように身構えている感じであった。


「なるほど、漁夫の利ってやつね。うまく変換して伝わったかい?」

「ん~『泥棒がパン屋同士の喧嘩を喜ぶ』と聞こえたが?」

「まぁその泥棒がどうするかは察しだが、そんなところだよ。はぁ……オルドラはどうなっているんだろうな……」

「あそこは表向きはまともに見えるが、地獄そのものだよ。しかも最近では人さらいが横行しているらしい」


 流はその理由に心当たりがある。そう、トエトリーに赴任していた、オルドラ大使だった悪魔が言っていた事があるのだから。


「想像以上に闇が深いんだなこの国は……」

「それもこれも私の父が元凶としか思えない。祖父の代ではここまで酷くは無かったのだからな」


 ちょうどその時、村の店じまいしていた商店から人がやってくる。どうやら危害は加えそうもなく、自然に歩いてきたのを流は鑑定眼で確認。

 やがてその中年の男が右手をあげ、親しげに挨拶をしてきた。


「やぁ、先程は村のものがすまなかったな。あいつらは家族が殺されて特に自暴になっていたところさ」

「それはいいが、あんたは何かようかい?」

「おっとすまない。こんな時間では宿もないだろう? 王都もまだ開門はしていないし、よかったら泊まっていかないか? 無論宿代はもらうがね」


 そういうと男は片目を閉じウインクする。どうやら宿代目的で来たようで、悪意は感じられない。


「悪いが急ぐんでね。その代わりと言っては何だが、ラーマンの食べ物を売ってはくれないかい?」

「あぁ、そっちのほうが俺も助かるよ。宿とは言え用意も面倒だしな。ハッハッハ」


 男は笑いながら店へと入っていくと、カゴ二つに野菜とパンを持ってきた。そのうちの二つパンには干し肉らしきものが挟んであり、それを流とエルヴィスへと渡す。


「これはささやかだが、うちの馬鹿どもがやらかした詫びだ。これに懲りずにまた来てくれたら嬉しい。だが昼に来ることをすすめるがね?」


 流はその表裏のない男の言葉に頷くと、代金を支払う。だが男が提示した額は相場の二倍ちかくであり、エルヴィスが苦言を男になげる。


「いやいいさエルヴィス。こんな時間だし、状況もわかるからな。ほら、とっておいてくれよ」

「悪いなあんちゃん。って……おい、これはどういうことだ?」


 男の表情は固まる。男の手に乗せられたもの、それは金貨十枚だったのだから。


「見たままだよ。いいか、あんたらが辛いのは分かる……いや、気がするだけだ。だがこことは違う、天国のような街から俺はきた。だからこそ思う、あんたらを必ず解放してやるってな」

「あんたは一体……」

「なに、この国が心底嫌いになりかけている、ただの商人だ。だからこそ、楽しく商売ができる環境を作りたい。ただそれだけだ」

「だが俺はあんたの足元を見てふっかけた。なのに逆にこんなに沢山もらっちまっては……」

「おっと勘違いをするなよ? あんたに金貨はやったが、村のやつが腹が減った時にあんたの店のものを食べさせてやってくれ。そのための金だ」

「なぜ……そう思った。俺が全部懐にいれるかもしれんぞ?」

「簡単なことだ。あの痺れ薬はあんたの店で売っているのだろう? 他に商店は無いようだし、鑑定眼(なんとなく)だがそれは分かる。それに今回のエサや食事には、痺れ薬や毒物の痕跡がない。あくまで俺が感知できる範囲ではないはずだ。そんな男がぼったくりをするのは、理由がある。もちろん自分の貧困以外でな」


 近くの家から子供の声が聞こえている、「ねぇ、お腹が空いてねれないよ」と。それが聞こえた流は、この男なら村のために「自分の店の品を売ってくれる」と思い金貨をたくす。


「おたくは儲かり、村人も飢えから少しは解放される。そして俺は偽善に酔いしれて楽しく旅ができる。三方よしってやつだな」

「あんたって男は……わかった。ありがたく頂戴する、だから今度来た時はまっさきに俺のところへ来てくれ。俺はここの村の村長をやっているからな」

「わかった。その時は茶の一杯も出してくれたら嬉しい」

「あぁ、喜んでだすとしよう。白湯だがな」


 そういうと男は、両手で流の手を取り強くにぎる。そしてそのまま深々と頭を下げるのだった。

 やがて嵐影とラーマンも落ち着いたのか、まったりとし始めたころ出発の準備をする。


「行くのか? まだ深夜だ、王都へ付く頃には朝になるだろうが……」

「大丈夫さ。このラーマンがいれば問題なく行けるからな」

「ラーマンがなぁ。分かった、じゃあ少しだけ待っていてくれ」


 商店の店主であり、村長は自宅へと戻る。待つこと数分……村長は店から出てくると、その手に茶色の油紙に包まれたものを持ってきた。


「またせたな、これを持っていってくれ」

「こいつは手紙か?」

「そうだ。多分あんたらはワケアリだろう? そっちの商人の兄さんは何度か見たことあるから分ける。が、こんな時間にこの村に来ることが異常だし、そんなマネは普通の商人はしない。だが今それをやっていると言うことは……ってな」

「まぁ色々とな。それでこれは?」

「おっとすまない、そんな理由で察したのさ。ここから行けば大門がある南門だ。だがワケアリのあんたらを、なにかが待ち受けているかもしれねぇだろ? だからその手紙だ。そいつは東門にいる、俺の弟に見せてやってくれ。融通をきかせてくれる」

「そういうことか。分かったありがとう、ありがたく使わせてもらうよ」

「ああ、気をつけてな。また来てくれよ?」


 流は村長に礼をいうと、そのまま嵐影へ騎乗し村を去る。その後ろ姿が見えなくなるまでみつめ、村長は二人の無事を満月に祈るのだった。

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