476:普通の民~村人の営み
そんな流の心配が分かったエルヴィスは、その内容をぽつりぽつりと話す。
「そうだ……おまえの考えているとおりさ。まぁ……先の村が地獄なら、この先の村は天国さ」
「天国とはいいじゃないか。それでその皮肉めいたお言葉の意味を、俺は知りたいものだね」
「それは言葉より行けば分かるだろう。もうすぐ村へはいる」
エルヴィスはそう言うと村を睨む。見た目は木の柵しかなく、建物密度がそれほどない村であり、草原地帯にぽつりとある寒村だ。
ほどなく二人は村へと到着する。入り口を守るものも存在せず人も出歩いていない。だが確実にその存在を感じ、その視線から〝見られている〟と分かるものだ。
「……気分、悪いな」
「気分ですむなら安いものだ。さて井戸に向かおう、そこでラーマンに水をあげてから遊郭街を抜け王都だ」
「遊郭、か。この世界の遊郭ってどんなんだろうな。ワクワクしてきたぞ」
『……流様?』
「ぁ、はい。なんでもありません」
「ははは、仲がいいのはなんとやらだ。っと見えてきた、あそこが水場だ」
村の中央にある井戸。その隣に馬用に作られた水場があり、長方形の桶に水が入っていた、が。
「はぁ……やはりか」
「また何かトラブルかよ。で、どうしたんだ?」
エルヴィスは黙って長方形の桶の中を指差す。そこには何かの錠剤が溶けかけていたのが見える。
その白い固まりは見ている最中に透明になり、最後は何も見えなくなった。
「こいつは痺れ薬だろうと思う。もちろん馬用の強力なやつだ」
「って事は今俺たちが来たのを確認してから投げ込んだってことか?」
「そうだ。俺が商隊を率いていれば護衛がいるだろう? だから絶対にこんなことはしない。が、今はたった二人だ。しかも俺の正体をしらずとも、金を持ち歩いているのは知っている……」
「あぁそういうやつらか。つまり――」
物陰から鋭い風切り音を流の右耳がとらえる。そく妖力で棒手裏剣を作り、それへ向けて投擲。
硬質なもの同士がぶつかりあった音がした後、風切り音がした方向から男の悲鳴が聞こえる。
「――盗賊の村か?」
「んん……そうともいいずらい。これはその一面だ」
「あ、あの! 大丈夫ですか?」
いきなり声をかけられる二人。見れば十代半ばほどの田舎娘が、流たちを心配そうに見ている。
娘は周囲を見渡すと、震えながら駆け寄ってきて流の元へと歩み寄る。
「ここは危ないです、いまのうちにこっちへ来てください! さ、早く!」
「だ、そうだがエルヴィス?」
「お嬢さん、私たちは自分の身は自分で守れますから、きみは早く家に入りなさい。もう夜は遅い、危険な鬼が出る前に帰りなさい。さ、早く」
「何をワケが分からない事をいっているのですか!? 早くしないと来ちゃいますよ!」
あせる田舎娘。だが二人は井戸からあたらしい水を汲み、ラーマンへと与えている。井戸の方はさすがに自分たちも使うので汚染はされておらず、流の鑑定眼でも確認済みだ。
そんな悠長な二人に業を煮やした田舎娘は、いらだちの声を「暴力」に変えて、流の背中から包丁で刺す!
「ここは危……ねぇって言ってんだろうがああああああ!!」
「だなぁ、お前みたいな娘がそんな事するんだからな」
流は振り返らず、悲恋美琴の鞘の下部分である鐺を田舎娘の鳩尾にめり込ませた。
瞬間息ができなくなり、しかも美琴が絶妙に施した軽い呪いにより失神。生きてはいるが、ピクリとも動かなくなる。
「美琴さんやりすぎですぜ?」
『ふんだ。流様を殺そうとする悪い子には、キツイお仕置きが必要なんですぅ』
「さ、さすがはミコトさんだぁ……ははは」
「まぁ大体は分かったが、どうしてこんな事を?」
「まぁ……そうだな。このあたりの小さな町や村は大体にたような状況だよ。それと言うのも過酷な税の取り立てによるのが原因だ。彼らも生きるのに必死なんだよ」
「だからと言って、こんな馬鹿なことをしたら役人が黙ってはいないだろう?」
「忘れたのか、ここまで何があったのかを」
流はその言葉で思い出す。いや、思い出したくなかっただけだ。あの凄惨な現場、人の悪意、そして――悪魔よりも酷い鬼畜の所業を。
「…………そう、だったな。それで殺せそうなら奪って生きる糧するってことか」
「そうだ、夜もふけたこの時間に旅人は普通はよりつかん。まだ野宿したほうが安全だからな。昼はまだ遠慮もあるんだが、この時間は容赦はなしだな。もっとも金を村長に渡せば話は別だがな」
「なぁエルヴィス……俺はこの国が心底嫌いになりそうだ」
「奇遇だな、私もだよ」
二人は明るく照らす月を見て嘆息する。普通待遇の村ですらこうなのだ、もし辺境で領主が最悪だったら? そう。あのトエトリーと敵対している、オルドラ領の民はどうなのか……。
流はそんな事を考えながら、過去オルドラ大使館で戦った悪魔の事を思い出すのだった。




