472:死人反り
「まぁ考えても今はしかたありませんわ。それより後ろから追ってくる気配がありますわ」
「だな、じゃあ行くか。この先はどうなっているんだエルヴィス?」
「この先から下へと下る道がある。そしてそのまま進むと廃村寸前の村にでるから、そこを通過して王都へと向かおう」
流はそれに頷き先頭へと向かう。下を見れば馬で追ってきているのか、明かりと蹄の音が谷間にこだましていた。
闇夜に沈むように移動する一同。馬の騒がしい蹄の音と違って、ラーマンのしなやかな体が実にいい仕事をしていた。さらに地を走っているのに柔らかい手のおかげで、蹄のような騒がしい音など一切なく、じつに静かに移動する。
しかも馬よりも早く、悪路でも平気で走り抜けるその走破力に、歴戦の猛将・ルーセントですら舌を巻く。
「ぬぅ……バーバラが言っていた事はこれであったか」
「どうしたんだルー爺?」
「いやな、ワシはラーマンを馬鹿にしていのだ。こんな見た目が可愛らしく、のっそり歩くだけの生き物だと思っっておったが」
ルーセントは自分の騎乗するラーマンを撫でる。すると気持ちよさそうに「……マァ~」と一鳴きすると、嬉しそうに耳を小刻みにふるわせた。
「そうなんだよ。ラーマンは早いし乗り心地もいいし、何より可愛い」
「はっはっは、まさにそのとおり! 命をあずける相手として、これ以上の存在はないわ。すまなんだのぅ、これからはよろしく頼むぞ?」
「…………マ」
そんなルーセントのラーマンへの偏見もなくなったころ、エルヴィスが前方を指さし旧道の終わりをつげる。
「見えてきたぞ! この先の村を突き抜けるのが一番早い。ただ問題が一つある……」
「問題? いったい何だと言うんだよ?」
エルヴィスはそれに答えるのが嫌そうにしていた。が、渋々と言った感じで口を開く。
「怒らないでくれよ? この先の村は――地獄だ」
「地獄とはまた穏やかじゃないな」
「ああ。その地獄とは王の直轄地であり、質の良い狩場だからだ……」
「まさか王家が人間狩りを?」
その問いにエルヴィスはコクリと頷くと、その先を続ける。
「それだけじゃない。逃げられれないように、強力な奴隷の首輪をはめられている。そしてそこに住む代々の者たちが、獲物として住まわせられているんだ」
「ちょっと待て、今代々の者と言ったのか?」
「そうだ、その者たちが住んでいるわ――」
瞬間、流は自分でも気が付かないうちに妖人となっていた。その静かで深い怒りは、全員を威圧するように漏れでる。
「もぅ仕方ないですわ。流おちつきなさい、人だけじゃなくラーマンまで怯えてしまっていますわ」
「ッ……すまない。気が付かないうちに妖人になっていたようだ。つまりエルヴィスの言いたいことは、見て見ぬ振りをしろと言いたいワケだな?」
「ふぅ~生きた心地がしないぞ。そのとおりだ、あそこを解放するとなれば、相応の時間がかかるだろう。だが今の俺たち、とくにお前にはそれがない……優先順位を間違えるなよナガレ」
「ああ分かっているさ。だが……」
視界に入ってきた薄明かりを見つめる流。その村と言えないような〝内側に向いている壁〟を睨みつけたときだった。
久しぶりに流のスキルの一つ、「第六感」が警鐘をならしはじめ、その脅威を全員に叫ぶ。
「ッ!? ラーマン! 左右に散開、急げ!!」
「「「マアアアッ!!」」」
流がそうラーマンたちへと指示をだし、各自バラバラに散った瞬間だった。いままで密集していた場所めがけて、夜の闇よりなお黒い霧のようなものが背後から通り過ぎる。
見ればその進路上にある草や土が腐り落ち異臭を放つ。
「ッ!? 後ろからの攻撃?」
「違うセリア、前に注意しろ!」
「え、前? って……なに、あれ」
前方に一人の男がいる。厚い雲に覆われていた月が、顔を出したその時だった。そう黒いローブを風になびかせ、あの死んだはずの男が目の前に立つ。
その顔は憤怒にかられており、流を射殺す勢いでにらみつけている。
「あぁ、思い出しましたわ。流、あの男は死人の中でも最弱であり、最強の男……〝ゾルゲ〟と呼ばれている個体に違いませんわ」
「ゾルゲ? 知っているようだが、どうして断定的なものいいじゃないんだ?」
「ええ……あの男の顔をよくご覧になってほしいのですわ」
イルミスがそういう男の顔を見る。さらに明るくなる月光……そこから見えたのは流が先程みた顔だが。
「ちょっとまて、あいつ……そうだ! 俺が気絶させた衛兵の一人だ!?」
「そう、あのゾルゲは死体を渡り歩く事ができるゆえ、その力は最弱。しかしその膨大な経験からいやらしい事をする。ゆえに最強の男というワケですの」
流は苦々しくゾルゲと呼ばれた男を見る。ゾルゲもイルミスに気がついたようで、まるで旧友にでもあったかのように嬉しそうに話すのだった。




