460:4人の覚悟、シーラの涙
馬車からシーラが降りた瞬間、迫る黒い影がその姿を白日の下に晒す。
「「「シーラアアアアアア!!」」」
「うわっ!? な、なんなんだゾ!?」
これまで覚悟を決めるように大人しかったシーラを呼ぶ、暑苦しい三人の男たち。
見ればシーラの祖父であり、この町の統治者であるアルマーク・フォン・リッジ。つづいて鍛冶工房の主であるガラン師。最後にシーラの兄であるエルヴィスだった。
「おおおお!! シーラ!! ほんに無事で良かった……ワシは……ワシは……」
「泣くでないリッジよ。男はそんな事で泣くなど……うぉぉぉぉん!!」
「泣いているんだゾ……あいたぁッ!?」
呆れて祖父とガラン師を見ていたシーラだったが、突如脳天に激痛を覚える。背後を見れば、兄のエルヴィスが震える瞳でゲンコツを落としていた。
「このッ……馬鹿が!! どれだけ心配したと思っているんだ!? 報告は影から聞いている。もしナガレがいなかったら……死んでいたんだぞ!!」
あの冷淡だと思っていた兄が本気で怒っている。しかも涙まで浮かべて……。その事実に困惑しつつも、胸の奥が苦しくなり思わず両手で口元を抑えてしまう。
そして大きな瞳を震わせて、シーラは大声で泣くのだった。
「落ち着いたか?」
「うん……おじーちゃん。ドワじいちゃん。そしてお兄様ありがとう。そしてごめんなさいだゾ」
そう言うと、シーラは数歩後ろへとさがると頭をさげる。三人はそれを優しげに見つめ、何度も頷くのだった。
「うむ……外でもなんだ、まずは中に入ろうではないか。ガラン借りるぞ?」
「おう入ってくれ。それに婆さんもご苦労だな」
「なに、ちょっとした大事があるようなんでね」
流の表情からそれを理解していたリッジは、「やはり」と思い一つ頷く。そして工房の奥へと歩き出す。
「ワン太郎、もしおかしなのがいたら頼むな?」
「まかせてぇ~。ワレが全部凍らせておくワンよ」
「たすかる。Lは裏側で警戒していてくれ」
「承知いたしましたマイ・マスター」
そう言うと流とイルミスは工房の奥へと歩いていく。中に入るとガラン師が手招きしており、先程とは違う部屋へと案内される。
どうやら密談するには相応しい場所のようで、窓のないすこし息苦しい部屋であった。
「まずはナガレよ、シーラを救ってくれてありがとう。おまえがいなければシーラは死んでいただろう。本当に感謝する!! ありがとう、本当に、本当に……」
「俺からも礼を言う。この子は俺の孫みたいなものでな、リッジとともに目に入れても痛くないほど可愛いんじゃよ。ほんに感謝するぞ……うおおおおん」
「ほらお二人とも、そんなに泣いていたんじゃナガレも困ってしまいます。俺からも礼を言う、馬鹿な妹を救ってくれて本当にありがとう」
三人は流の手をとり固く握りながら感謝をのべる。両手を爺さん二人に掴まれ激しく上下されるのは、流といえどこたえるものだ。
それを申し訳無さそうにエルヴィスはたしなめつつ、流に礼をいう。
「わかった、わかったから落ち着いてくれよ爺さんズ! 大した仕事でも無かったから気にしないでくれよ」
「ははは、短い間だが一緒に旅をしたから分かる。普通じゃ到底なし得ない事を今回もしてきたんだろう?」
「そうですわ、問題はありませんことよエルヴィス。まぁ、王滅級クラスを二体屠ったのを、『大したことがない』と言うならですけれど?」
その言葉にエルヴィスをはじめ二人は固まる。そして息を呑みこむとリッジが全員に席をすすめる。
「まぁ適当に座ってくれ。茶はそこのポットに入っとるから好きに飲むとええ」
「うむ……してナガレよ。わざわざババアまで連れてきたんだ、何があったか聞かせてくれるか?」
「それだが――」
流はシーラを救出し、蜜熊をある程度間引きつつ、吸血熊を倒したことまでを話す。
それに冒険者ギルドマスターであるユリアは、白い眉をひそめながら流に問いかける。
「やれやれ、そんな事だろうと思ったさ。それでそのワケはどうしてだい?」
「そのまえに爺さんたちと、あらためて冒険者ギルドの長として聞きたい。この話を聞いたら最後、厄介事に巻き込まれるのは確定だ。それでも聞くかい?」
三人は何を今更とばかりに肩をすくめると、話しの先を促す。
「ワシはこの町の統治者だから当然だ。しかもその様子、よほどのことなのだろう」
「じゃな。俺は厄介事に絶賛巻き込まれ中だから、今さら増えたとて問題ないわい」
「ジジイらと同じだよ。アタシはこの町の冒険者ギルドの元締めってのもあるが、ここが好きだからねぇ」
「俺は今さらだろう? おまえと友になってからと言うもの、そんなのばかりだ。ハハハ……」
エルヴィスは乾いた笑いで遠くを見る。目の前は分厚い石壁なのに、まるで花畑でも見ているようだ。
そんな四人を見て頷くと、流は重い口を開く。それは四人が想像もできない驚きと恐怖の内容であった。
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