456:裏口から這い出るもの
その言葉をきき、流はイルミスへと小袋を渡す。
「オイ、こっちがこんなに被害を受けて苦しんでいるというのに、なに女といちゃついていやがる。ナメテるんか? ア゛?」
イルミスは呆れた顔で何かを言おうとする。が、流を見てさらに呆れる。どう見てもこれは楽しんでいる顔だからだ。
それを見た美琴は、目の前の哀れな被害者たち五名に同情の視線をおくる。
『…………良かったですね。おめでとうございます』
「さすみこ。お前は心の友よ」
「あぁん? だれと話している? それよ――」
流は言葉を遮り、右手の平を全面に押し出すことでそれをとめる。
「――まて。俺はいま、異世界の再洗礼を味わっている。それはとてもいいものだ。できればこのまま、おまえたちを再教育したい。いや、するべきだろう! だが俺はいま忙しい……くッ、なんたる試練! なんたる残酷な事実!!」
「オイ! 人の話をき――」
「――そこでだッ! 時間を短縮し、俺はリーダーのおまえだけを」
流は両手を広げ、目の前の男を最大限に歓迎するように慈悲深い笑顔でむかえ。
「熱烈に歓迎しよう!!」
「なにをワケの分からないことを言っていやがるッ!? てめぇら、このクソガキに大人のマナーってやつを叩き込んでやれ」
「「「「へいアニキ」」」」
そう言うと雑魚どもが流にむけ殴りかかる。見事にそれが流の顔面に吸い込まれ――。
「ハッ! 馬鹿が調子にのるからそうなッガ!?」
殴ったはずの男が突如崩れ落ちる。同時に周りの四人も膝から崩れ落ちると、そこには無傷の「銀髪の漢」がいた。
その銀髪のバケモノが雑魚リーダーへとせまる。しずかに一歩……。床を靴底で撫で二歩……。そして悲恋を抜刀して三歩進み、犬歯をむき出しにして雑魚リーダーに刃を突きつける。
「ひ――ひっひぃぃぃぃ!?」
「どうした、そんなに顔を青くして。安心して息をゆっくり吐き出せ、そうだ……そう、しずかにだ。それがこの世で最後の一息になるから楽しめよ。最後の一息は……格別だぞ?」
悲恋に妖力を流し込み、それを雑魚リーダーへとむけ額へと突き刺すように向ける。
「ひゃあああああああああ!?」
雑魚リーダーは見た。そう見てしまう、自分の額をゆっくりと突き刺された未来を。
そのあまりにも恐ろしく生々しい幻影を見た雑魚リーダーは、意識を急速に手放すのだった。
それと同時に人間形態に戻る漢。その顔はいまいち物足りなそうであり、美琴は残念そうに話す。
『時間……なかったから仕方ないね』
「俺は間違っていたのか……こんなにもあっさりと……」
「ハァ~あなたたちねぇ、どうしてそう問題ばかり起こすんですの? すべて間違いだらけですわ。まぁ、ちゃんと言われたとおり、あそこにいる賭けの胴元に金貨一枚渡してきましたわ」
先程イルミスは、流が賭けの対象になっていると耳打ちをする。それを聞いた流は金貨が入った袋を渡したのだった。
「なにがあったんだ……」
「わからねぇ……気がついたら、あいつら気絶していたんだ」
「髪が黒く? 俺の目がおかしくなったか?」
「いえ、おかしくなんか無いわよ。だってあの人さっき銀髪だったはずですもの」
「ああそうだな。それにあの男……さっきはとてつもなく恐ろしく見えた」
冒険者の男がそう言うと、ほぼ全員がうなずいた。その時だった、ギルド内の裏口から女の怒鳴り声がし、騒ぎを鎮める。
「いったい何があったんだい!? ちょっとアンタらしずまりな!!」
「ギルドマスター!? いつお戻りに!」
「今戻ったのさ。たくッ、ジジイ共にこき使われて業腹だと言うのに。パニャ! ちちくりあってるんじゃないよ! さっさと説明しな!!」
受付カウンターでオレオと手を握りあっている娘、パニャにギルドマスターは状況説明をさせる。
「そ、そんな事していません! それがエリオット様がまた……」
「エリオットだってぇ? あぁ、またやらかしたのかい。ったく、それで被害者はどうなった?」
「被害者はその……エリオット様と、そのお仲間です」
「何を馬鹿な。エリオットはクズだが巨滅級だよ? そのゴミが被害者のわけが」
そうギルドマスターは言いながら、エリオットと呼ばれた男が新参によくやる手口を思い出す。だから入り口へと視線をむけると、複数の男が倒れているのを見つけ「ほぅ」と一言。
「すまなかったね、理解したよ。それでそこの物騒なガキはなにもんだい?」
ギルドマスターは流を睨みつける。その姿は三編みを左右にさげ、鼻がごろりとし、目は肉食獣のように鋭い。
ギルドの壁に〝おたずね者〟として貼りだされている、山賊のカシラと言われても納得する顔だ。
そんな五十代後半ほどの女が、獲物を見つけた獣のように静かに睨みつけるのだった。




