441:払いの儀
「それでそこにいる幽霊たちだが、このままではマズイと思うが……ただ祓うとしたらどうなる?」
『ふぇ~面倒ですねぇ。いっそ魂から滅すればいいと思いますよ。簡単だし』
ラースはそんな声がする悲恋美琴に触れ、抗議しようとする――が。
指先が触れた瞬間、苦痛を感じ「ぐぅ」とうめきを上げ指を引っ込める。
それを見た流は「やれやれと」思いながら、悲恋をかるく小突く。
「コラ、一般人に酷いことをするんじゃない。それにラースも、人の持ち物を勝手に触れるのは関心しないな。あんなものですんだが、この妖刀……ふれると最悪狂い死ぬぞ?」
「す、すまない。つい……。だがナガレ! 頼む、アイツらの魂はなんとか安らかにおくってくれ!!」
「もちろんそのつもりさ。それで向日葵、あそこまで存在感が増した霊体はどうしたらいいんだ?」
『ん~。なにせ私たちは滅するのが専門ですからねぇ。んんん……』
向日葵は少しうなるように思案すると、おかしな声をあげる。どうやら答えを見つけたようだ。
『ふぇぉ!! わっかりました大殿。姫にやってもらいましょう』
「美琴に? 同じバケモノつながりでか?」
『ちょと酷くないですか流様!? だれがバケモノなんですか、誰がッ!?』
『ハッハッハ! 大殿。姫は我らの主ですからな。さもありなん』
『三左衛門までッ!?』
『ふぇ~そういう訳ですので、姫は一つ舞を披露してくださいよ~』
『唐突に言うね向日葵ちゃん? まぁ分からないけど分かったよ』
複数の声に冒険者たちは青ざめ、この異常な状況がまだ続くのかと生唾を飲みこむ。
さすがのシーラですら顔の前に両手をおき、その驚きを隠しきれない。
その驚きが収まらぬなか、悲恋から美琴が抜け出し実体化する。その様子を見たシーラは恐怖よりも、その美しい娘に魅了される。
現実感のない白く美しい肌。吸い込まれそうな黒い髪。そして――。
「東方で着られている高級衣装……着物。なんて美しいんだゾ」
「え? ふふ、嬉しいな。これお気に入りなんだよ。母上に頂いたんだ」
「それだけじゃ無いんだゾ。顔もすごく可愛いんだゾ! 夜の女神様みたいだゾ!」
「え!? そ、そんな事言われたの初めて……恥ずかしい」
美琴を見つめるシーラは、他のものなどまるで視界に入らないように、食い入るように見る。
そのあまりの食いつきっぷりに、美琴も頬を染め下を向いてしまう。幽霊なのに。
「ちょっとお待ちなさいな。美琴はわたくしのものですわ!」
「なに百合っぽい展開になってる。そしてイルミス、お前まで参戦するな。たく……それで向日葵この後は?」
『姫と大殿には、いつもと逆のことをしてもらいます。具体的に言うと、大殿が練った妖気を姫に譲渡し、姫の舞にそれを乗せ固定された魂をおくります』
「え、私そんな事やったことないよ?」
『そこは私がフォローします。やれやれ面倒な姫ですね』
そう言うと向日葵も実体化する。白い陰陽服を雑に着こなし、烏帽子は寝癖でひん曲がっている。
ブラの収まりが悪いのか、右手を胸元にゴソゴソと入れ、なおす仕草に冒険者たちは唖然。
色気のかけらもないその仕草に、見た目は美人が台無しだ。
そんな痛い視線をまったく無視し、向日葵は直したついでに胸から札を一枚取り出す。
右手に札を持ち、そのまま印を切り札を地面へ向けて放つ。すると湧き出る青い炎。高さは五メートルほどに伸びたそれは、まるで炎が剣になったように燃え盛る。
「って事で~面倒ごとはチャッチャと済ませましょう。じゃあ姫はその火の前に立ち、霊どもと向き合うように舞をお願いしますね」
「うん分かった、やってみるよ!」
「次は大殿ですが、姫が舞を始めたら悲恋に妖気を注いでください。静かに丁寧にですよ?」
「自信は無いがやってみる。鞘から抜けばいいか?」
「そうですねぇ。そっちがいいでしょうねぇ……ふぇ~眠い」
向日葵はあくびをすると、流と美琴の間に立つ。美琴はそれを確認し、ひとつ頷くと扇子を開く。
その絵は川のながれに青い紅葉の葉が舞流れるものだ。そしてそれが本当に動いているのを、冒険者達は驚きの目で見つめていた。
「では、舞います……みなさん……どうか安らかに天へおかえりなさい」
美琴は〝悠久の舞〟のような仕草で舞い始め、その直後だった。突如、流の右手が光り始めたかと思うと、右手の中より鉾鈴が出てくる。
これは異世界と異怪骨董やさんをつなぐもので、通常は流が意識して出さないと出現しない。
それが勝手に出現し、美琴の舞に合わせて厳かに鳴り響く。
驚く流。そこに向日葵が声を静かにかけて、その先を促す。
「これはいったい……」
「大殿様。心静かに姫の背に集中してください。いいですか、まず鉾鈴が出たのは驚きですが、この場合は僥倖。なればこれを利用し、術を完璧にいたしましょう」
普段と違う向日葵の様子に、流も困惑しつつもそれに頷くのだった。




