042:ラーマン
ミャレリナはメリサより預かった依頼書を、ギルドの公式なクエストとして発行するために、しばらく暇が出来る。
その間に冒険者と馬鹿話をして笑ったり、なぜか険悪になったメリサとエルシアを宥めたりと、それなりに忙しくしていると、ミャレリナがクエスト証書を持って戻って来た。
「これで良いニャ。ナガレ様、どうぞお持ちくださいニャ」
「はいよ~、ありがとさん」
「しかし成功報酬が時価って、一体何ですニャ?」
「さぁ? 俺もそれは知らないんだ。ただ期待はしてもいいらしい」
「それはまた曖昧ですニャ~。では無事の達成をお祈りしていますのニャ」
「ありがとニャ」
流はミャレリナよりギルドのクエスト証書を貰うと、そのまま幽霊屋敷へ行こうと出口へと向かう途中、巨漢の紳士が行く手を阻む。
「アハン♪ 私に会って行かないなんて酷いじゃな~いボーイ?」
「ジェ、ジェニファーちゃんか。すまない急いでいたもので忘れていたよ」
「んもぅ、つれないんだからん。それで今回はあの幽霊屋敷なんですってん?」
「そうなんだよ。そこを買い取る事なったんだが、ゴーストが出るからダメだと言われてな。それで俺が払う事になった訳だ」
ジェニファーは右手を顎に添え、少し考えた後で流に幽霊屋敷の情報を渡す。
「なるほどん……まあボーイなら心配は無いでしょう。けどね、あそこに出るのは間違いなく精神攻撃をしてくるタイプよん。対策はあるのかしらん?」
「まあ無くは無い……かな? ま、吉報を待っててくれよ」
「アハン。その自信は流石ねん、じゃあまた会いましょ☆」
そう言うとジェニファーは脳殺ウィンクを放つ。
「グフッ!? なぜ攻撃するし……」
「壱:グファッ な、なんやこれ……は」
その波動に流れの肩に止まっていた壱はモロに受けて落下する。
「あらやだん! それって生き物なのかしらん? てっきりアクセサリーかと思ったわん」
「ハァハァ。こ、これはだな、まあ魔法生物みたいな物だよ。おかしな奴だから気にしないでくれ。じゃあまたな」
思わぬ精神攻撃に足元をふら付かせながら、流は気絶している壱を拾い上げると、メリサを連れて屋敷へと戻る。
「はぁ~酷い目にあった……」
「ナガレ様も大変ですね。冒険者ギルドへ久しぶりに行きましたけど、相変わらず雰囲気が怖いです」
「ははは、商業ギルドはマトモなのが多いからな。でもあんな連中だけど、気持ちは良い奴が多いんだぜ? 見た目はあんなんだけどな」
しばらく町を歩くと、見たことが無い動物が歩いている。
見た目はカピバラを馬なみに大きくしたような、温厚そうな顔つきの動物だった。
頭の上には黄色い小鳥が二羽止まっており、どうやら昼寝をしているようだ。
「お? メリサあれは何だか知ってるか?」
「あれはラーマンと言いまして、人間の言葉が分かる動物なんですよ。それで交渉して、ラーマンが良いと言えば背中に乗せてくれてるんです」
「へえ!! それは面白いな。よし、じゃあ乗せてもらおうぜ?」
「あ、ナガレ様~」
そう言うと流はラーマンの元へと行く。
「おっす! 良かったらお屋敷街まで乗せてくれないか?」
「……マ?」
ラーマンは首の下に下がっている革製の可愛らしいバッグを器用に指差すと、そこに書いてある金銭を要求しているようだった。
「ここに金を入れればいいのか?」
「……マ、マ」
どうやらそうらしく、ラーマンは頷いている。よく見るとつぶらな瞳がとても可愛い。
「じゃあ二人分入れておくな」
お金を入れるとラーマンは乗りやすく、体を低くして伏せる。
「メリサ、交渉成立したから乗って行こうぜ?」
「ひゃ、はい!」
乗り込むとラーマンは立ち上がり、人が走るくらいの速さで動き出す。
以外にも振動は少なく、とても良い乗り心地と速さに流は感動する。
「おお! 意外と早いんだな。メリサ、落ちない様に掴まってろよ?」
「はう~別の意味で落ちそうです……」
メリサは顔を真っ赤にしながら流にしがみ付く。
「ラーマンいいね! フワフワの背中に、猫のようなしなやかさ。そしてこの速度! 気に入った。お前仕事無かったら、ウチで雇ってやるから何時でも来いよ?」
「……マ」
ラーマンは流の話に満更でもないようだ。
そしてメリサはと言うと、それどころでは無かった。
周りの景色なんて目に入らず、流の背中を凝視し、服を両手で少しだけつまむようにして持ちながら胸の鼓動を抑えるのに必死だった。
(はぅぅぅ。ナガレ様と一緒にラーマンに乗れるなんて……胸がドキドキする)
「お、もうすぐ着くな。そこの角を右に行ってくれ」
「……マ!」
そんなメリサを背後に乗せてるとも知らず、流は何時もより高い目線で街並みを見る事を楽しむ。やがて幽霊屋敷に付くと、ラーマンを少し待たせてメリサと話す。
「メリサありがとうな、おかげでスムーズに話が進んだよ」
「い、いえ……私の方こそ面倒な手間をかけさせてすみません……」
「まだ気にしてるのか? 仕方ない奴だなぁ。あ、そうだ! ほら、コレやるから元気出せよ?」
そう言うと流は先ほど買ったアクセサリーをメリサに渡す。
「いい出来だろう? この混ざってる部分が特にイイ! メリサにもよく似合いそうだな」
「ひょ、ひょんな事は……」
そんなメリサの言葉は無視して、流はメリサの背後に回ると首にネックレス状のアクセサリーを付けてやる。
「お~やっぱり似合うね、実にいい! ウンウン」
「ああああ、ありがとうございます!!!!」
「お、おう? 何か元気が出たみたいで良かったな。じゃあ俺は行くから、メリサはそのままラーマンへ乗って帰ってくれ。ここからは危険なんでな」
「はい……ナガレ様もどうか……ご無事で……」
「おう、じゃあまたな!」
流は屋敷の中に入って行くと、自動で門が閉じる。
いつまでも流が去って行った屋敷を見つめ、その後ろ姿を見てボーっと立ち尽くす。メリサはしばらく動けないでいた。
「……マ?」
「…………」
メリサを気遣ってか、そのままラーマンは休憩する恰好になり、しばらく優しい時間が過ぎて行ったのだった。
◇◇◇
屋敷に入るとそこは戦場だった。
止め処なく襲ってくるゴーストの群れに、参が使役した従者達が応戦している。
「旦那様がお戻りになられた、執事長に連絡を!」
「おいおい、なんだこれは? 美琴頼む」
流れが美琴を抜刀すると、それだけでゴースト達は消え失せた。
「大丈夫かお前達? 怪我とかしてないか?」
「はい、お騒がせして申し訳ございません」
「いや気にするな。で、何でこうなった?」
「それが突然現れまして、私共の装備では払う事が出来ずに困っておりました」
「なるほど……これは早急に何とかしないとダメだな。参を異界の間へよこしてくれ」
「承知いたしました」
流れは三階へ上るために、屋敷中央にある円塔へと向かう。
この塔は階段もあるのだが、魔具で動く昇降機も完備されており、とても楽に移動できるスグレモノだった。
「しっかしどこもかしこも幽霊ばっかだな……よっと!」
移動中もゴーストが襲って来るので、斬り割きながら移動する。
部屋に付くと、参が身動き一つせずにゴーストを駆逐しながら、頭を下げ待機していた。
「フム。古廻様おかえりなさいませ」
「参、これは何事だ?」
「私がおりながら申し訳ございません。地下からゴースト共が溢れ出ておりまして、現在対処に苦慮中です」
「やっぱり地下か……情報では地下に居る親玉は精神攻撃をしてくるらしい。そこで一度異怪骨董やさんへと戻り、対策を考えて来るからそれまで耐えてくれ」
「ハッ、至らないばかりに申し訳もなく」
「気にするな。では行ってくる。あ、そうだ。壱が今使い物にならないからそっとしておいてくれ」
そう言うと流はそっと壱をテーブルに置き、異超門を開放して中へと消えていく。
◇◇◇
「と、言う訳なんだよ〆衛門」
「お帰りなさいませ古廻様。えっと……その挨拶は様式美と言うものでしょうか?」
「そう真顔で言われると困るんだが……」
とても冷たい真顔で〆が困惑気味に流に確認してくるので、異世界の状況を説明する流であった。
「なるほど、それはやっかいですね……その場所は門を抜けたすぐ傍なのですよね?」
「そうだ、屋敷の中だからな」
「ならば……おいでなさい、夢見姫」
〆がそう言うと天上から一人の藍染の豪奢な着物を着た娘のカラクリが降って来る。
「うわ!? 何だこれ?」
「ハジメマシテ、古廻サマ。ワタクシハ夢見姫ト、モウシマス」
「この子は紹介した通り、夢見姫と申します。戦力も十分ですが、店の管理者としても十分可能な能力を持っています」
「そうなのか、いきなり天上から降って来るから驚いたぞ……」
よく出来たカラクリだと感心する流だったが、本題はここからだ。
「それでコイツを向こうへと連れて行けと?」
「いえいえ、今回はわたしが向かいましょう、精神攻撃とは少々やっかいなものですからね。この際ですから、その愚か者を使って古廻様の鍛錬に利用したいと思います」
そう〆が言った瞬間空気が一変する。
『女狐め、自分だけ楽しむとは許せん』
『ずるいずるいずるいずるい、卑怯な女狐め』
『妾も連れて行ってたもれ』
『み、みんなそう言うのは良くないよ』
『ふぉふぉふぉ、我らの管理を怠るとは……後悔するぞ?』
「黙れ俗物共!! 誰に向かって口を開く? 滅せられたい物から前に出よ……」
〆が骨董達に恐ろしい殺気で鎮圧する。
「相変わらずお前の変わりようには驚く、が。流石だと言っておこう」
「恥ずかしい限りです……あの、嫌いにならないでくださいましね?」
「馬鹿だな、そんな訳があるわけないだろう?」
そう言うと〆は嬉しそうな顔で流れに飛びつく。
「ありがとうございます、さあ行きましょう。では夢見姫、後の事は任せます。もし俗物が敵対行動を取ったら、迷わず破壊しなさい。いいですね?」
「ワカリマシタ、行ってラッシャイませ」
「では参りましょう♪」
「随分と楽しそうだな……まあいいか、では開錠!」
とんぼ返りで門を開くと、流れと〆は異界へと消えて行った。