425:稀代の商人
太刀魚で直線上にいた蜜熊は真っ二つにされ、そのまま道がドミノ倒しのように出来上がる。
そこへ向け、流とイルミスは背中合わせに走り出す。それを見た森長が吠える。
「グオオオ!! 何ト言ウコトダ!? 逃ガスナ、追エ、絶対殺セ!!」
「おい、誰が逃げるって言った?」
「蜜熊ごときに逃げると思って?」
流とイルミスは囲いを抜けると、広場の外周を回るように駆け出す。その様子、まるで黄金の貨物を引く貨物車両のようである。
やがて黄金の塊を引き連れた二人は、互いに交差するように広場中央まで走り抜けた。
その後を追う蜜熊が一直線になった次の瞬間、二人は刀を担ぐように構え、足を内側にいれながら回転を始める。
獲物の足がもつれたのかと思った蜜熊は、ますます勢いを付けて襲いかかる。
「本来の業と言うのはいいものだ! 初心を思い出す!」
「ええ、本当ですわ! ではいきますわ!」
「ジジイ流・断斬術! 羆破斬!!」
「古廻 流・断斬術! 羆破斬!!」
――羆破斬。本来は背後から襲ってくる、羆へのカウンターとして生み出された業であり、その威力は羆を斜めに分断するほどの威力。それを妖力と魔力のスペシャリストが刀に込めて放てば――。
回転しながら背後から襲ってくる蜜熊へ向けて、ヒグマへのカウンター業である「羆破斬」を放つ。
互いに妖力と魔力を込めた羆破斬は、斜めになった楕円形の斬撃を蜜熊の集団へと撃ち込む。
それに一瞬も驚く暇もなく、蜜熊は斜めに両断されてしまう。それも一頭ではなく……。
「ナ、何ダト!? 馬鹿ナ、一体何ヲシタノダ!!」
森長はあまりの事に呆然となる。今、背後から襲うのが目前だったはずの同胞が、次々と斜めに斬り落とされいるのだから。
まだまだ同胞はいるが、このままではまずいと思った森長は、呆然と眺めているシーラへむけて飛びかかる。
「クッ、コウナッタラ、ソノ娘ヲ人質ニッ――ナニィ!?」
「あ~ら、いけない熊だこと。あたしがいるの忘れちゃったの~? ぶあ~っか♪」
上空から急降下し、森長の眼前に来ると、右手の爪を宝槍・白で弾き返す。
突然の来襲に森長も驚くが、そこは蜜熊の長。即座に右足でケリを放つ、が。
「手だけじゃなく足癖も悪いのね。いいよいいよ、それならその足も斬り飛ばそうじゃない?」
「舐メルナ、女!」
「誰があんたみたいな、臭っさい熊なんか舐めるかっつ~の。ほら、そこのハゲたおじさん、ぼうっとしてるんじゃないわよ? 冒険者の生き残りまとめて、この娘連れて邪魔にならない所で隠れてなよ」
「ハゲじゃない! 剃っているだけだ!! ったく、分かった感謝する。お前ら起きろ! 這ってでもここから離れて端まで行くぞ! シーラは動けるか?」
「え、あ、うん。もうだいぶ痛くなくなったんだゾ……骨が折れていたのに……うそみたいダゾ」
ラースはシーラの元へと駆け寄ると、手を差し出し起こす。シーラは何事もなかったかのように右手をさしだし、ラースの手を握って起き上がる。
「本当か!? 確かに折れたのを俺は見た。それがこの短時間で治るとは……一体何を飲まされたんだ」
「分からないんだゾ。でもナガレ様は命の恩人で、また今回も助けてくれたんだゾ……でも」
シーラは今日、嫌というほど学んだ。大丈夫と油断した時が一番危険なのだと。だからこそ、今が一番危険な状態なんだと言うことを」
「うーうん。だからこそ、今が一番気をつけなくちゃだめなんだゾ。おにぃさん、あっちの端にある岩の影に行くんだゾ」
「へっ……言うようになったじゃねぇかよ。オラ、野郎ども早く起きねーか! シーラを見習え!」
「ッゥ~。たく、嬢ちゃんの言う通りだぜ。立ておまえら、休むのはあっちへ避難してからだ」
「あぁそうだな。あの人達の邪魔になるのだけは勘弁だからな」
「今は蜜熊に見逃してもらっていたけど。いつ俺たちを襲うか分からないもんな」
まだ気絶している二人を起こし、冒険者たちは広場の端にある大きな岩の影へと隠れた。
それと同時に岩陰から三人の戦いを覗き見る。その光景、まさに異常。その戦い、まさに仰天。
「すげぇ……なんだありゃ……」
「人間なのか本当に……どうしてあんな動きができる……」
「いや、それより蜜熊の回復が追いつかないまま死んでるぞ……」
「ラースさん、あれは一体誰なんです?」
「……分からん。気がついた時にはそこにいたんだよ。お前らは気絶していたから分からんだろうが、吸血熊が復活してな。それを止めたのが、今は銀髪になっている男だ」
一同は吸血熊が復活した事実に驚きの声をあげ、そしてその存在を探す。
それはすぐに見つけられた。流とイルミスが倒した蜜熊を食べまくっているのだから。
「どうなっていやがる。なぜあのバケモノが復活し、しかも見た目もデカさも変わっているんだ」
「最初は蜜熊だったのはお前らも知っての通り。だが復活したら顔が長くなり、舌が蛇のように蠢いていた。それがシーラを襲う瞬間、あの男たちが現れたのさ。正直あの戦いに戦慄すらおぼえるが……味方……なんだよな?」
「味方なんだゾ。彼はコマワリ・ナガレ様。この世界に二つとない商品を売っている、稀代の商人なんだゾ!」
冒険者たち心の中で叫ぶ。「そんな商人がいてたまるかあああ!?」と思うのだった。
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