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421:くまさんの腕にぶら下がったゾ

「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 色白ヒゲ面の男は吠える。渾身の力で、その目標である蜜熊の喉笛へと愛用のバトルアックスを振り上げる、が。動きが俊敏な蜜熊は、背後へと大きく飛び退きそれを躱す。

 男はそれを見逃さずに追撃する。蜜熊は咄嗟に両腕をクロスさせてガードするが、その上から迷いなく、縦に真っ直ぐバトルアックスを振り下ろす。


 このバトルアックスは特注品であり、重さが通常の二倍近くある。当然扱いも難しいが、一撃でも当たればどうなるか? 当然蜜熊であろうが、最低骨折は免れない。

 さらにこのバトルアックスは魔具であり、使用者は総重量の半分ほどの重さで戦える。しかもインパクトの瞬間、重さが元に戻ることで威力増だ。

 さらには回数限定だが、切れ味増加のバフがかかる事で、攻撃力が跳ね上がる効果まで使える高品質な魔具だ。

 つまり使い手の技量次第で、「通常の重さで戦えるが、攻撃力は四倍以上」と言う破壊力に変わる。


 その凶悪な斧が、蜜熊の両腕をへし折りながら、肉を切り割く! はずだった。


「グルルルルルルルッガアアアアア!!」

「なッ!?」


 メキメキと音を立てながら蜜熊の腕が折れ、さらには吹き飛ぶ寸前だった。吹き飛んだ後、すぐに喉元へ一撃入れようと体勢を整えようとした刹那、蜜熊は勢いよくその腕で男を抱きしめる。


「グアアアアアアアアアッ!?」

「ヤーーーーン!?」


 ラースは蜜熊に締め付けられている友、ヤンに向けて絶叫する。だが、蜜熊も完全に骨折が完治していない状態での締め付けにより、ヤンは辛くも脱出に成功した。


(ぐぅぅ……痛っぅ……。やつも今ならまだ完治してねぇ。ならばッ!)


 ヤンはそう即座に決断し、残りの全魔力をバトルアックスの魔法回路に注ぎ込む。

このバトルアックスにはもう一つのギミックがあった。使用者の最大魔力を使い、インパクトの最中「魔力で刃を灼熱にする」というものだ。

 だが一度きりの技であり、使用後は全ての魔法的な恩恵が消え去り重い斧に成り下がる。

 

「ココっきゃねえええええええッ!! 喰らいやがれ! 超・熱光斧(ねっこうふ)!!」


 男は振り上げたバトルアックスを、ハンマー投げのようにして体を回す。瞬間、刃先が真っ赤に光だし、蜜熊へと喰らいつく!

 蜜熊もただならぬ攻撃と察知し、身を固くして防御体勢にはいる。ほぼ完治した腕を内側にし、健全な腕を前にクロスさせて斧を受け止める。


 灼熱の斧が黄金の腕に当たった瞬間、肉の焼ける音と、太い繊維が切れるような〝ブヂリッ〟と言う不快な音。

 それがやがて内側の腕に届く頃には、蜜熊は悲鳴のような叫び声を上げていた。


「ギャギィィィィッィ!?」

「ざまぁねえぜ! コイツで終いだああああああッ!!」


 男は焼き斬り飛ばした二本の凶悪な腕を払い除け、ガードが無くなった喉元へと、バトルアックスを振りかぶり――次の瞬間!!


「ぐぼおおおおおおおおッ!?」


 色白でヒゲが濃い男は、驚くほどの勢いで背後の燃え盛る森へと吹っ飛んで行く。

 何が起こったのかが全く理解できないラース。だから吹っ飛ばされた場所に自然を目が行くと、そこには蜜熊が一本足で立っていた。


 そう……右足を宙にあげるようにして、色白でヒゲが濃い男・ヤンを蹴り飛ばしたのだ。


「フォフォフォ! 良キ戦イダッタ。コレゾ戦士ノ戦イ。ダガ……」

「……ヤン。戻って来てくれ、頼むッ!!」


 ラースの願いも虚しく、ヤンは帰ってこなかった。蜜熊の長は酒ツボの中身を飲み干すと、ため息を吐き、それを残念に思う。

 だが無情にも次の戦士(イケニエ)を、ラースへと差し出すように要求した。


「オシカッタ。実ニ。サア、次ノ戦士ヲ」

「森長……もう無理だ。この中にヤン……今戦った男以上の使い手はいない。いるなら俺だけだ」

「ナント、ソレハ本当カ?」

「こんな場面で嘘を言っても仕方ない。本当の事だ、もう誰も蜜熊には勝てるやつはいない」

「ナントナント……」

「だから俺の命と引き換えに、コイツらを逃してはくれないか?」

「駄目ダ。オ前ハ生キテ帰レ。モシクハ、ココニ住メ。ソレ以外ハ認メナイ」

「くッ…………」


 ラースは不安そうに見つめる生き残りを見る。いくら三星級(トリプル)で死ぬ覚悟が決まっていると言っても、それは戦闘中や作戦中での事だ。

 だから面と向かってこれから殺すと宣言されるのは、さすがの男たちも恐怖に震えた。

 しかもヤンのような特殊な武器もなく、ただ手入れを怠らなかった武器のみ。これは、もう――。


「――俺はここで死ぬのか。はは……パニャと結婚するって約束したばかりなのに。でかい家なんて、いらないってアイツの言うこと……聞いときゃよかった」


 男は目尻に涙を浮かべ、今もギルドの受付で元気に働いている娘を思い浮かべる。だからこそ、最後くらいは、自分に嘘は付きたくないと思い直す。


「そうだ、どうせ死ぬならアイツに天国で褒めてもらおう。『がんばったね』って! だからッ……オイ! 森長(もりおさ)! 次は俺がやる、ヤッテヤル!!」


 男の焼けるような言葉に、森長は唸る。人間も存外面白いと……だが。


「弱者ヨ。ソノ台詞。オ前ニ、似合イダ。ダカラコソ、ツマラン」

「なッ!? ば、馬鹿にしやがってッ!!」

「馬鹿ニナド、シテオラン。ソノ価値、無イダケ」

「くそぅ……」


 渾身の覚悟すら価値がないと一蹴され、男は涙をながし森長を射殺すように睨む。そんな事など知った事かと、森長はラースへと話す。


「勇者ヨ。コレデハ興醒メダ。仕方ナイ。血ノ(みそぎ)ヲ持ッテ、宴ヲ終ワラセヨウ」

「なにを……言っているんだアンタ?」

「何、簡単ナ事ダ。コレカラ、アノ女ヲ……殺ス」

「なにッ!?」


 そう森長は言うと、配下の蜜熊へ指示をだす。それは太く黄金色の右腕を、首をハネルように真横に振るのだった。

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