041:【狂気の幽霊屋敷を討伐しよう】
流の突然の申し出に困惑するメリサ、それを不思議に思った流は先日の話をしてみる。
「ん? だってお前、買い取っても良いと言ってたじゃないか?」
「そ……それがですね。申し訳ありません、ギルドマスターの部屋まで来ていただけますか?」
そう言うとメリサは流を三階のギルマスの部屋まで案内する。
ギルマスのバーツは書類の山に埋もれていたが、流が来たと分かると立ち上がり、両手を広げて歓迎をしながらも即座に席を用意した。
「おお! ナガレ、元気そうじゃないか。聞いたぞ、巨滅級になったんだって? 報告しに来た奴が一瞬何を言ってるのか分からなくて二回聞き直したほどだったぞ」
そう言うとバーツは快活に笑った。その様子を見ると、まるで自分の事のように喜んでくれているようで、流も嬉しいやら恥ずかしいやら複雑な気持ちになる。
「さて、今日はどうしたんだ? また面白い物でもあるのか?」
「それがですね……」
流はメリサとの話をバーツに話した。
「あ~、あそこなぁ……正直スマン事をした。メリサは知らなかったんだが、あの物件は建物自体は凄く良いんだが、実はゴーストが沢山出るんだよ。だからナガレには相応しくないとメリサとも相談してたんだがな」
バーツはメリサを見る。すると彼女は消え入るような表情でションボリとしていた。
「あぁそんな事か。それなら問題は無いから安心してくださいよ。ゴーストも屋敷もまとめて面倒みますから」
「ナ、ナガレ様、あの……ご無理をなさらないで下さい。私のミスであんなお化け屋敷をナガレ様にお貸ししてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
メリサは流を真っ直ぐと見据え、その後で深々と頭を下げる。
そんな彼女に鷹揚に手を振り、安心させるように流は話す。
「いや、本当に大丈夫だよ。あの程度のゴーストなら居ても居なくても、何にも問題は無い。寧ろ退屈しのぎになって良いくらいだ」
そう言い切る流に、バーツもメリサも驚いたように顔を見合わせる。
「ほ、本当に大丈夫か? 以前冒険者ギルドへゴースト払いを依頼した事があるんだが、三つのパーティーが全滅した。なんでも地下にヤバイのが居るって話だった」
「そうなんですか?」
「ああ。実はな、あそこの元の持ち主は、色々と汚職をしていたのがバレて処刑されたんだが、その前は真っ当な役人だったんだ。ある時を境に金に狂いだしたんだが、調べて見ると地下室を作った辺りからおかしくなったらしい」
地下室はまだ行っていないと流も興味が出る。
「地下室、ですか? まだ行っていないから分かりませんがね……何やら楽しそうじゃないですか」
「お前本当に豪胆なやつだな。普通なら逃げ出すぞ? まぁ、そんな訳で冒険者達も地下室へ行ったんだが、全員魂が抜けたような廃人になって発見されたって話だ。うわ言で『もう払えないよ』と言っていた者も居たらしい」
その話を聞いて流は思わず「何その怪談話!? めちゃ楽しいんだけど!!」と思うが、それを言うとまた変な目で見られるので自重しておく。
「ほ、ほほぅ それはそれは楽し――じゃなくて、大変でしたね。どうです、俺に討伐依頼を出しませんか?」
「何!? 本気でやるつもりか? 今お前を失う訳には……いや、これも天意ってやつかもな……よし分かった! 冒険者ギルドを通して流に指名依頼として、屋敷のゴーストを討伐する依頼を発行する!」
「お~、やったね! じゃあ成功したら屋敷の値段は安くしてくださいよ?」
「フフフ、それは成功してからの話だな。少しは期待してもいいぞ?」
「承知しましたよ。じゃ、早速メリサ頼むよ?」
「ハ、ハイ! 只今準備をしますので少々お待ちください」
そう言うとメリサは駆け足で机に戻り、依頼書を制作するのだった。
「そうそう。ナガレ、実はあのセイハ……じゃなくてガラスのグラスだがな、買い手が付かなかった」
「えええ!? そうなんですか? 屋敷の資金にしようと思ってたのになあ~」
「いや、正確に言うと王族に召し上げられた。そして今後あのような品があれば率先して見せてくれとの事だ」
そう言うとバーツは背後にある金庫から箱を持ってくる。
「これがオークションで落札された金額と、王家から支払われた金額の合計だ」
そう言って箱を開けたバーツは王貨一枚と竜貨一枚を取り出す。
「…………え? これっていくらなんですかね?」
「おいおい、お前も商人の端くれならちゃんと覚えておかんか、こっちの大きいのは王貨で、こっちの竜の顔のが竜貨だ。もっと値が付くかと思ったんだが、オークションの方は残念な結果になったな」
(イヤイヤイヤイヤ! 何言ってるのあんた!? 残念どころか大儲けですよ!?)
流は心の中で盛大に焦った、それはもう財布を無くした時よりもずっと。
「ええっと……これ、多くないですかね?」
「何を言っとるんだ? だから少ない方じゃないかって思ってる」
(エエエエーまじですか!? 俺、今回もっとスゲーの結構持って来たんだけど……どーするのこれ)
「そ、そうですか。じゃあ、ありがたく頂戴しときますよ」
そうこうしていると、メリサが書類を作成して戻って来る。
「ナガレ様お待たせしました。それでは冒険者ギルドへと行きましょうか」
「ん、もう出来たか? よっし、じゃあナガレ。何時でも遊びに来てくれ。お前に閉ざす扉は無いからな!」
「ありがとうございます、じゃあまた遊びに来ますね」
「おう、何時でも待っとるよ~」
メリサと流が退室し、入口から外へと歩いて行く二人を、三階から見ていたバーツは独り言つ。
「まさかもう頭角を現すとは……少し早すぎる……か。奴らに気が付かれないようにしなければな」
そう言うとバーツは出かける準備をするのだった。
◇◇◇
冒険者ギルドへ向かう途中で、メリサがしょんぼりとしていて流石の流も気になった。
「なあメリサ。俺は本当に気にしていないからさ、元気出してくれよ?」
「はい……次からは気を付けますね……」
(はぁ~。これは困ったな、まさかここまで落ち込むとはね。エリート程挫折に弱いってやつか?)
何度もメリサに問題は無いんだと言ったのだが、メリサは申し訳ないと項垂れるだけだった。
そんな女心なんて微塵も分かる訳の無い流だったが、そこに天啓が訪れる。
「お? そこの店のアクセは中々いい出来だな。メリサちょっと待っててくれ」
そう言うと流は店先にあるアクセの一つを手に取り、じっくりと見定める。
「ご店主! この職人はどこの誰だ?」
「はい? 私ですが……?」
「素晴らしい出来だ、見て見ろ! この青空のような突き抜けた色から、赤色に変わるココ、そう、ここだ! まるで日が落ちる瞬間のような色合いだ……すばらしいぞ、ご店主!!」
「ヒィ!? あ、ありがとうございます!!」
「ご店主の力量と、拘りを感じる作品だ、是非これを貰おう!!」
「ありがとうございます!」
突然現れた領域者に困惑するも、店主は自分の作品を褒められてご満悦のようだった。
「メリサ、待たせてすまなかった」
「いえ、ナガレ様が納得の品が見つかって良かったですね」
(はぁ~いいなぁ。私もあんなのをプレゼントしてほしい……)
「よし、じゃあギルドへと行くぞ。もうすぐそこだからな」
「じゃあ行きましょうか」
流れは歩きながらアクセを見ながら「イイ」とか「素晴らしい」とか言っていた。
それを見たメリサはますます欲しくなるのだったが、くれとは言えず肩を落としてギルドまで到着する。
ギルドへ到着すると流れはウエスタンドアを思いっきり「押して」入った。
するとギルドへ木霊する〝ギィィィ〟と言う油の切れたドアの音が木霊する。
「……おいでなすったぜ?」
「野郎、懲りずにまたやるつもりか」
不穏な空気にメリサは緊張する。すると奴らが丁寧な挨拶でお出迎えしてくれた。
「ヒャッハー! ここは通さねーぜ!!」
「よし、合格!! 今日も立派な雑魚キャラとして精進しているようで何よりだ」
「ヘイアニキ!」
「だから人聞きの悪い事を言うな、俺はアニキじゃない」
「ヘイアニキ! 分かってまさぁ~」
「えっと……何この展開……?」
メリサはドン引きしながら周囲を見ると、奥のカウンターからメリサと対照的なスタイルの娘が駆けて来る。
「ナガレさん! お待ちしていました! 本日はどのようなご用件で?」
「よ、エルシア。今日は俺に指名依頼があってな、それを頼みに来た。メリサ頼む」
「あ、はい。こちらになります、お屋敷街のゴースト屋敷の浄化を依頼したいと思いまして」
メリサはエルシアに書類を渡す。その書類をまじまじと見つめ、それが信じられない物だったのか、エルシアは二度見てから叫ぶように驚く。
「え!! ナガレさん、あの狂気の幽霊屋敷を浄化するんですか!?」
エルシアが驚愕の声を上げ、その内容が広まるとギルドが騒然となる。
「おい! 聞いたか? 巨滅の英雄が今度はあの狂気の化け物屋敷をやっつけるんだとよ!」
「ああ、マジかよ。巨滅の英雄も今度こそ死んだな……」
「ざまあねーぜ、俺の財布の恨みもそこに入れてくれ」
「流石ミーのボ~イ、しびれるわん」
「ナガレ様~! 頑張って~!! 応援しているわよ~♪」
ホールがかなり騒がしくなって来たのを、奥のカウンターから見て居た人物が陰のように移動する。その影のように黒い毛並みのネコ科の獣人の娘がエルシアの背後に立つ。
そこに居たのはこのギルド、三番目の権力者であるミャレリナが現れた。
「ナガレ様、本当にやるのかニャ?」
「無論やるのニャ」
「あそこは三星級のパーティ複数が全滅してるのは知っているのかニャ?」
「無論知っているし、俺には問題ないニャ」
二人はじっと見つめ合い、やがて「「ニャ~」」と二人は頷く。
「お、おい。室長と流暢に話をしている猛者が居るぞ」
「なんだよ『にゃ~』って……」
「シッ! お前知らないのか? あれは猫族の間で信頼の証なんだぞ? それを汚す奴は恐ろしい目に合うらしい」
周囲からは違う意味で怖れられ始めた流であったが、本人はそんな事を全く知らなかったのであった。
本日も見てくれて、本当にありがとうございまっす!