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415:くまさんのお鼻はいい香り

「全員逃げることは許さん!! 逃げれば確実に殺されるぞ!!」

「でもラースさん、どうするんだよ!?」

「人数は少なくなったが、当初の予定を実行する」

「っ――わかった! 嬢ちゃん出来るな!?」

「だ、誰に言っているんだゾ? 当然出来るんだゾ!!」

「頼んだぞ嬢ちゃん。蜜熊がアイツの死体を貪っているうちに、防御陣形を敷く。おまえらは俺の斜め後ろに入れ」

「分かったぜラースさん!」

「嬢ちゃんは詠唱開始。魔力を練れるやつは俺が蜜熊の一撃を防いだ後、最大限の力でアタック開始だ。その他はアタッカーの補助で二撃目を入れろ」

『『『オウッ!!』』』


 冒険者たちはラースの指示に従う。そして隣にいる人物と、誰と言うわけじゃなく固く誓う。


「必ず生きて戻ろうな」

「ああ、俺が死んだらアイツが悲しむ」

「一番右はじのギルドカウンターの娘か? 残念だったな、あの娘は俺の女だぞ?」

「「「なにッ!?」」」

「すまん。俺、あの娘の人生の危機を救ったらホレられたんだわ」

「「「よし。お前が次の蜜熊の生贄な!」」」

「そ、そんなぁ!? 俺、帰ったらあの娘と結婚するんだぞ!」

「「「あぁ、なら心配いらんな」」」

「どういう意味だよッ!?」


 こんな時でも冗談が言えるくらいには、三星級(トリプル)と言う存在は場馴れしている。

 だからこそ動きに緊張はないし、生きるための道は常に模索する。泥臭く、みっともなく足掻(あが)いてもだ。

 

「おい、あの蜜熊……いや多分そうだ。お嬢……は詠唱中。じゃあラースさん、八宝蓮華蜜の入れ物って白い小瓶か?」

「そうだ、小瓶というより小さなツボのような物だ。それがどうした?」

「なら間違いない。見ろ、アイツの右鼻の中に見えるアレを」


 冒険者たちは男の言うとおり、吸血熊の右鼻の中にある白い物体を見つける。

 ちょうどコチラを向きながら、潰れた冒険者の脳を長い舌で吸っているからこそ見えたツボ。

 だからこそ理解する。あの元・蜜熊が狂った原因と、その解決法になるかもしれない一手を。


「マジかよ……。じゃあ囮役のアイツらがしくじって、あいつに蜜ツボを取られたのが原因で凶暴化したのか?」

「この際それはどうでもいい。問題はあの熊ヤロウから、あのツボを切り離す事だが……どうするラースさん?」

「……少々作戦を変更する。俺が一撃を防いだのち、全員であの人喰い熊の鼻を切り裂いて、蜜ツボを排出させる。同時に嬢ちゃんには酷だが、最大威力の『パグブート・カノン』を撃たせる」

「だがそんな事をすりゃこの森が燃えて、蜜熊の生息地を荒らした罪に問われるぞ?」

「確かに森は焼けるだろう。そして俺らはギルドからその責任を負わされ、ランクも下がりペナルティも課せられる。が、今ここであんな喰われ方(・・・・・・・)するよりはマシってもんだろう?」


 ラースの見つめる先。そこには血をすすられ、脳を舐めるように咀嚼されている男の姿が見えた。

 だからこそ覚悟を決める。たとえ高級資源地の破壊した罪にとわれようとも、絶対に生き残るのだと。


「そう……だな。俺はなにを考えていたんだ。ここで死んだらそんな事も言っていられないってのにな」

「そうだ。だからこそ全てを投げうっても、生きる覚悟を示せ」


 冒険者たちは無言で頷くと、吸血熊が動き出すのを待つ。そしてその時がついにやってくる。

 可愛らしい姿で座っていた吸血熊は、立ち上がると同時にまた狂ったような笑い声を上げる。


「チッ、俺らを(わら)ってやがるのか」

「気にするな。最後に笑うのは俺たちよ」

「だな……ッ!? ラースさん!!」

「来やがった、嬢ちゃんどうだ!?」

「完璧だぞ! いつでも来いやーなんだゾ!!」

「よし。じゃあ今だ、やれ」


 ラースの指示で、シーラは魔法の詠唱を開始。それと同時に吸血熊は先頭にいるラースへと、獣らしく四足で突っ込んでくる。

 その距離、のこり五メートルになった瞬間、シーラが魔法の詠唱が完了する。


「地に満ちる五つの光霊よ、我に従い我を包みその姿を持って悪意を退け、光の盾よ此処に顕現し我を守れ。上級魔法・五芒の盾! ≪ララリリス・ヴァーハン!!≫」


 シーラがそう唱え終わると同時に、ラースの前に光に包まれた盾が五つ、五芒星の形に現れる。

 この魔法は先生と呼ばれる男が、Lのブレスを防いだ折り紙付きの防御力である。

 だが先生ほどの防御力は無いようで、盾の一部が欠けていた。

 それは術者の精神力・練度・才能などによる差であり、魔法は使用者によって威力も違うと言うこと。

 だが吸血熊の攻撃ならば、シーラの「ララリス・ヴァーハン」でも十分に通用する。


 


 ――突如目の前に現れた光の塊を見た吸血熊は一瞬驚くも、そのまま攻撃体勢に入る。

 右手を大きく振りかぶり、目の前にいる毛のない人間(エモノ)へと自慢のツメを斜め上から振り下げる。

 吸血熊は思う。このまま斜めに切り裂き、中から出てくる濃厚な旨味を楽しめると思うと背筋がゾクリとする。

 だが次の瞬間、振り下ろした右手が硬質な物体に遮られてしまい、さらに勢いよく弾かれるのだった。

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