406:黒くそびえ立つ
「よし、じゃあ行くよ! まずはこのまま小川沿いに下っていこうか」
イルミスの右肩の上に座る中性的な妖精。外見はどちらかと言えば少女っぽいが、言動がどうも男の子みたいだ。
衣服は水のみだが、なぜか透けていない。これもまた妖精たる力なのか? とイルミスは不思議に思いながらも、人差し指で妖精の頭を撫でる。
「あらまぁ、意外と温かいのですわ」
「くすぐったいじゃないか! そうさ、私だって生きてるんだから温かいのさ」
「不思議な感覚ですわ。人を捨て去り三百年……妖精族とは何度か会いましたけど、こんなにも近くにいると言うのも貴重すぎる体験ですわねぇ」
「貴重すぎて失神しないようにな? あ、そこの大木を右ね」
妖精との会話を楽しみつつも、イルミスは中性的な妖精の力に驚く。
「貴方もすごい力を持っているのね。先程と同じように、森の音が聞こえないですわ」
「そりゃねぇ。全て会話が筒抜けだったら困るだろう? ま、ちょっとしたサービスだよ」
そう言うと中性的な妖精は大きく笑う。何が面白いのかともイルミスは思ったが、不思議と自分も楽しくなる。
「あ、笑ったね? よかったよ。私は辛気臭いのが大の苦手なんだ」
「あら……そう言えば。これも貴方の力かしら?」
「うん、そう。お風呂の妖精なんて言われているけど、あそこはみんな楽しく入っている水場だろう? だから条件が重なると出てきちゃうのさ」
「そうだったんですの……。本当に貴重は体験とお話ですわ。それでこの後、どうすればよろしくて?」
「そうだねぇ。私はここの主の元まで案内するだけ。後はおじょうちゃんが決めなよ」
「さっきもそう言っていましたが、どうも重要な何かを封印しているよう。ならばここの主が作る術式は、破壊しない方がよろしくて?」
「それも決めるのはキミさぁ~。あ、そろそろつくよ。おじょうちゃんは強いから大丈夫だとは思うけど、気をしっかりと。ね?」
中性的な妖精がそう言うと、右目を閉じてかわいらしく微笑む。
やがて森がこれ以上進ませないように、木々が生い茂りだすが、小さな妖精が両手のひらを〝パンッ〟と合わせる。
その小さな手からとは思えない大きな音で、イルミスの鼓膜は破けてしまう。
耳からながれる鮮血を見て、中性的な妖精は声を上げて驚く。
「ッ…………」
「あ! ごめんね。お詫びに美味しいお水をあげるよ!」
「大丈夫ですわ。わたくしは不死者ですから、この程度秒で治りますわ。でも人間相手に、これはしちゃだめですわよ?」
「たはは、ごめんごめん。人間とこんなに一緒にいることはそうそう無いからね。でも、ほら。道は開けたよ?」
今まで鬱蒼としていた草木や岩までもが綺麗に消え去り、見れば森の奥へと繋がる道が出来ている。
「一気に消え去りましたわね。これは凄い光景ですわ」
「でっしょ? んじゃ、行こーよ!」
「ええ、それでは行きましょうか。あの黒い大木の下へと」
道の開けた先。そこにはよく管理されたような芝がある広場の中心に、幹も枝も葉までも、全てが漆黒の大木が生えていたのだった。
そこへ足を踏み入れる二人。芝生へ足を踏み入れたと同時に、背後の道も消え去り、隙間が無い密林へと姿を変える。
(逃げ場が無くなりましたわね……それに空も色が変。これはLの追跡は無理そうですわ)
じつはここまで来る間、上空からLがイルミスを見守っていた。だが、ここへと近づくに連れ、その視線が途絶えたのを感じる。
どうやら空間そのものが、特殊な状態のようだとイルミスは考える。
そのまま歩き、黒い大木のそばまでくると、一人の人物が木で出来たイスに座ってこちらを見ていた。
その姿は異様とも言えるもので、下半身が草に覆われており、まるで森の一部のようだ。
さらにその顔にイルミスは見覚えがあった。それは……。
(あの顔……そう、さっき戦ったトロールの顔そのもの。と、言うことはあの男が本体?)
そう考えながら、油断なく男へと近づく。だが男は焦点があっていないような瞳で、イルミスを見ているのかが分からない。
やがて男との距離が五メートルほどになると、イルミスは立ち止まる。
「ここまで案内してくれてありがとう。後は、わたくしでなんとかしますわ」
「そう? じゃあがんばってね! こっそりと見守っているからね!」
「ねぇ貴方。お名前は無いの?」
「名前はあるけれど、秘密なんだ。まぁ、あんたはいい人そうだから、そのうち教えるよ」
「そう……つぎに会えるのが楽しみね」
「そうだね、だから大丈夫だよ。じゃあ最後にさっきのお詫びと、また会えることを願って」
そう中性的な妖精が言うと、水の羽衣をちぎりイルミスへと渡すのだった。




