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404:ちいさなお家

 氷狐王はしばらく歩く。森はだいぶ遠くなり、一キロは離れたであろう場所に大きな岩を発見する。

 そこに流が行くように命じると、氷狐王は静かにその岩の後ろへと身を寄せ、ワン太郎へと変わった。


「ここまで来れば、あの『いやらしい視線』も感じないだろう?」

『うん。監視は終わったみたいだね』

「フッ……ワレは役者の才能があるワンねぇ。ねぇねぇ見たぁ? すっごい自然だったワン」


 三人はそう言うと、少し笑い合う。そして岩場の影から顔を覗かせて森を見る。

 森は変わらず、その存在をひっそりと隠蔽するかのように、そこにあった。


「えらいぞワン太郎。よしよし」

『あぁいいなぁ。私もワンちゃんをナデナデしたい』

「うへへ。もっと愛情を込めて撫でてもいいワンよ~。しかしイルミスも、よく女幽霊のあの『方言』が分かったワンねぇ」

「それな! 本当に美琴の機転ですんなりいって助かった。咄嗟にああは言ったが、どうイルミスへ伝えたものか、考えていなかったからな」

『ええ……何となくですが、忘れていた昔の事を最近思い出す事があって、それでもしかしたらと思ってね』

「昔? でもお前、完全に記憶を無くしたのでは?」

『そう。今まではそう思っていたんだよ。でも、流様と過去から帰ってきて、その後本当に断片的だけど、なんとなく……そう。幻のような感じで、真実かどうか分からないんだけどね……思い出すんだ』

「そうか……辛い過去は思い出さないといいな」

『うん。ありがとう、でも大丈夫。きっとこれも必要な事だと思うんだよ』


 美琴は本当に夢とも幻とも言える、わずかな過去を思い出す。

 それは一瞬の情景を切り取ったかのような、曖昧でセピア色に見える世界。

 色あせた向こう側に、美琴は誰か知らない……いや、多分あれが千石だろうと言う影と、話をしていた事を思い出す。


 ――ねぇ。今度はいつ来れるの?

 ――そうさねぇ~。美琴が望めばいつでも〝ひっくるけって〟来るさぁ。

 ――もぅ、何よそれ?

 ――ははは。こいつは最近覚えた方言でな、『引き返して帰る』って意味だよ。


 そんなやり取りがあった事を思い出し、そしてイルミスと千石の関係を考えれば「知っている」と思い、美琴はそう言った。

 イルミスも突然美琴が日本語でそういったので、驚いたのか言葉に一瞬詰まるも、そこはイルミス。そつなく言葉を紡ぎ、あの状態を作り出す。


 ちなみに日本語で話すと言う強い意思があれば、流も美琴もこの世界の住人に、日本語として認識させられる。それと言うのも、流が以前ファンとのやり取りで学んだことである。

 異世界側は、何も考えずに日本語で話せば、そうこちらへ通じるようだが……。

 そんな説明を流にすると、「なるほどねぇ」と頷く。

 

「そっかぁ。あまり無理をして嫌なことまで思い出すなよ?」

『うん、ありがとう。大好きだよ、流様』

「俺もお前を大事に思っているさ。何よりもな」


 美琴は何か後ろめたい気持ちになり、思わずそう口からこぼれてしまう。

 それを察したのか、流も悲恋の柄を撫でながら、そう返すのだった。

 そのまま無言の時がしばしながれる。それを見たワン太郎は、岩の上から二人を見下ろし、「やれやれだワンねぇ」とため息を吐きながら、遠くの黒雲を見上げる。



 ◇◇◇



 一方その頃イルミスは、一人で森の中を散策していた。

 流と分れてからと言うものの、森の妨害はなく順調に進んでいるように見える、が。


(やっぱりダメね。完全に遊ばれているわ)


 道は以前見たことがある感じであり、見覚えのある岩や樹齢豊富な大木もあった。

 それらを見て妨害は無いと思うも、一つ確信がある。それは「森の中心へは道は通じているが、そこ以外へは通じていない」ということ。


(あのトロール……ここの守りと言うより、森そのもの。ならばあるはず。そこへの道を探さないといけませんわ)


 イルミスは美琴と別れ際に、ある物を渡される。それは影が薄いが悲恋から飛び出た手に驚くも、そこから渡された青く輝く「髪飾り」を右手に持つ。

 それは美琴がイルミスの屋敷で、お風呂の妖精に渡された親愛の証。つまり――。


(この髪飾りの導きに期待しましょう。まずはこの子が一番輝けるあの場所へ)


 そうイルミスは思いながら、森の奥へと進む。そう、蜜熊の宴会場へむけて。

 そのまましばらく進むと、目的の場所が見えてくる。そこは蜜熊の宴会場を囲む湖からながれる、とても美しい小川であった。


「あった……。ここで千石様と休憩したっけ。バカやって、その水たまりに落ちましたわ……ふふ。懐かしいですわ」


 イルミスは目の前にある、とても水が澄んだ小川の水溜まりへ近づくと、右手を浸し昔を懐かしむ。

 水は冷たく、そして濁りのかけらすらも無い、美しい水。だからこそ「呼び出せる」。あのお風呂の妖精を。


「ねぇ貴方。ここなら出てきてくれるかしら? 貴方が髪飾りをプレゼント娘がね、今困っているの。力を貸してくれないかしら?」


 青い髪飾りを小川に浸しながら、イルミスはそう髪飾りへと願う。しばし。しばし。

 時が無情に過ぎ去り、だめかと思った瞬間それは起こる。

 突如水面に小さな家が出来上がると、そこの窓からイルミスを覗く複数の瞳。

 やがてドアが開くと、中からヒゲを生やした妖精が現れるのだった。

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