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403:森は静けさを取り戻す

「どうやら誘い込まれてしまったか?」

「そうですわね……氷狐王のお鼻は何か感じませんの?」

「ウム。何も感じぬが……なんと言うか、我は居心地が悪いな」


 そう氷狐王が言うので、流は何となく周囲を見回す。するとイルミスもこの森に入ってから、ヴァンパイヤの姿に戻っているからか赤い瞳が何となく不穏だ。


「俺はあまり感じないが、二人は何かを感じているようだな?」

「ええ……そうですわ。例えるならば、蜂蜜で体をコーティングされているかのような、ネットリしている感覚ですわ」

「ウム。言い得て妙と言うやつだな。我もイルミスと同様、まとわりつくと言った感じが近いかと」

「おいおい。そいつはかなりキモチワルイと思うんだが? まぁ感覚的には理解はした。が……」


 このまま進んでも(らち)がない。そう感じた流は、打開策が無いかと思案する。しかし見渡す限り不気味という感覚だけがある森なだけで、驚異は感じられない。

 流は焦る。ここまでは順調だったが、このまま時間を取られれば最悪の事態になりかねないと。


(だがどうする? 戻れば出してくれそうな気もするが……ん、いや。試してみるか)


「よし、俺は諦めた! もう帰ろうぜ?」

「ちょ、ちょっと流。何を言っているんですの? このままならエルヴィスの妹は死んでしまいますわ!」

「……我は(あるじ)の命のままに」

「ちょっと、貴方まで! そりゃ面倒でしょうけど、ここで帰っ――」


 イルミスは流へ考え直すように力説するが、そこを遮るように美琴が話す。


『ねぇイルミスさん。だって、馬鹿らしいじゃない? だからすぐ『ひっくるけって』帰ろう?』

「……美琴貴女!? もぅいいですわ! ここからは別行動としましょう。貴方達がそんなに冷たいとは思いませんでしたわ!!」


 イルミスはそう言うと、大きく飛び上がる。そしてそのまま森の奥へと消えてしまった。


「なんだあいつ。あんなに怒ることないだろうになぁ?」

『そういうお年頃なんですよ。さ、こんな場所に用はないから帰ろうよ』

「そうだな。しっかし美琴。お前は本当にいい女だな」

『えへへ。ちょっと嬉しい』

「お二人共よろしいので?」

「あぁ、かまわん。さ、行ってくれ。こんな鬱陶しい森なんて二度と来るかよ」

「……承知」


 氷狐王はそのまま無言で、元の道があるであろう方向へと向かう。

 すると先程まで不自然に草木が生えて、道を塞ぐようだったものが、一本道になり森の外が見える。

 そのまま氷狐王は疾走し、森の出口へと向かうのだった。



 ◇◇◇



「さ! いい加減いっぱい休憩したゾ? ほら、行くんだゾ! 出発するんだゾ!」

「あぁ~だから叫ぶなって言ってるだろ? ホント、あんたの頭はどうなっている!?」

「おにぃさんも叫んでいるぞ? まったく、これだから良識のない大人はダメなんだゾ?」

「「「お前が言うなッ!!」」」

「ぅ……すまないんだゾ。そ、それより静かに行くんだゾ。そ~っとだゾ?」


 シーラは緊迫した顔でそういうと、冒険者たちを見回す。

 それを見た冒険者たちは怒りを通り越し、呆れで脱力しつつも森の中心である「蜜熊の宴会場」を油断なく見つめる。

 そして、三星急(トリプル)の中でも実績のある男。三十代前半ほどのスキンヘッドがシーラへと指示を出す。


「いいか嬢ちゃん。これより先はコレまでとは違う。マジで命がけだ。分かるな?」

「う、うん。わかったゾ」

「だからコレまでのお遊びはもうしまいだ。ここからは俺の指示に従ってもらう。いいな?」

「分かったゾ。全ておにぃさんの指示通りにするんだゾ」

「ならいい。よし野郎ども。まずは斥候を二名だす。やってくれる者は?」

「なら俺と、ルッガとボルガ兄弟が行こう」

「ジェスと、ルッガ兄弟か。なら安心だな。お前達が戻ればこのまま進む。半時待って戻らない時は、すまんが撤退する。いいか?」

「あぁそれで構わん。そのかわり」

「分かっている。報酬は五割増しだ」


 ジェスとルッガ兄弟はそれを聞くと、ニヤリと口元を歪め一つ頷く。

 そのまま二人は静かに、だが足早に蜜熊の宴会場へと足を踏み入れる。そう、招かれざる客として……。



 ◇◇◇



 その頃、流を乗せた氷狐王は森の出口へたどり着く。森を抜けた瞬間、森はその入口を閉ざすように、今来た道を密林へと豹変させる。


「おぉ……ここまであからさまに嫌われていると、俺スゲーショック」

『本当だよねぇ……私もでしょ? この森きら~い』

「しかし良かったので? イルミスだけ置いてきてしまって?」

「いいんだよ。どうせアイツにしか出来ないんだからな」

「主、それはいったいどういう事で?」

『まぁまぁ。ワンちゃんも今は帰ろう。ね?』

「女幽霊もそういうなら……まぁ……」


 氷狐王は納得はしていないようだが、そのまま森に背を向けて歩き出す。ちらりと背後を一瞥すると、森は警戒心をとき、普通の森のように静まりかえっていたのだった。

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